第57話 時には他人の妄想力に任せる方が効果的な時もある
呪いの杖を握る手の感覚はもうとっくに無い。杖がまだそこにあるのかも分からない。
体を揺さぶるほどうるさかった鼓動が今は遠くに聞こえる。
もっと配分を慎重に見極めるべきだった、あの時に使わなければ、もっと早く使っていれば。まだ戦えていた、勝てていた、はず……ああ、これが慢心か
僕は、もっと……
────“春の陽射しは萌黄を繁らせて、命に目覚めの朝を教えるでしょう”
どこにあるかも分からなくなっていた自分の手が温もりに包まれる。これは、トゲトゲ……いや、違う誰か、自分より少しだけ大きな柔らかな手の感触。
その手から伝わる温度が冷えきって搾りカスのようになった体に染み渡る。僕はまだ杖を握っていた
────“夏には命を焦がし、昇る雲は方々に恵みを還すだろう”
声。誰かが詠唱する声が聞こえてくる。僕でない誰かの声が力を貸してくれる。
冷え固まった心臓が再び痛む、熱を持つ。
もう一回分の力が漲ってくる。
────“秋に熟れる穂と実を蓄えて、来る長い夜に備え我々は鉄を握る”
光が見える。実際に目で見えてるわけではない、感覚がそこにある光を捉えている。
肌に吹き付ける風は密度を増して、強く強く叩き付けて、厄災を渦に呑み込んで削ぎ、解かしていく。
「なッ、ア、!? 馬鹿な、馬鹿なァッ!? あの儀式を経て魂の形を未だ残している、等、有り得ん、ヒト如きにこんな、奇跡を起こしうるハズ、がァア!!?」
────“その小さな営みから英雄は生まれ出でて、我々と同じ大地を歩くのだ”
風は北方を覆っていた暗雲を掻き消した。
誰も見たことがないくらい真っ青に澄んだ空と目も開けられないくらい眩い太陽がやっと顔を覗かせた。
もっとも、ヴィルはそれを見ることは出来なかったが
──結界を直してくれてありがとう
──君はきっと偉大な冒険者になるだろう
──どうかあなたの旅路に幸多からんことを
「日向ぼっこ日和だね、お兄ちゃん」
トゲトゲももう凍えなくて済みそうだ。
────────
「どうせ自己修復で直るとタカを括って結界をブチ破るとは、イヤハヤ誰かさんに似て随分な破天荒になりマシたね?」
「お兄ちゃんの成長は留まるところ知らずだね、英雄だね」
「エエ、あの町のジジババも今際の際に伝説の誕生が見れたのデスから満足しま死ょうて………サテ、後はワタシがオマケしてさらに脚色彩って差し上げマスかね~」
「ところでお兄ちゃん、コレ、どうするの?」
「ウン?アア、有効活用するんデスよ。英雄譚に名を刻めるなんて役者冥利に尽きマスで死ょう?」
「お兄ちゃん伝説の登場人物になれる、それはとてもよいことだね」
かくして、少年は王国騎士団も近寄れなかった魔の軍勢を撃ち払い、魔王降臨を目論む高位魔族との死闘を繰り広げ、囚われていた魔術師達の魂の呪縛を解き、トドメの一撃は北方を長らく氷に閉ざしていた魔界の煙を掻き消し春をもたらした。
陽射しは荒れ狂う魔物を鎮め、枯れ行くのを待つだけだった森は若い緑に覆われて、故郷を離れることを余儀無くされていた者達の帰還で北方は賑わった。
しかし、少年は帰ってこなかった。後に王国騎士団や町の人々が大穴とその周囲を捜索したが見付かったのは血にまみれた少年のローブと一本のナイフだけ。
少年──英雄を見送ったティリェの住民達の話
『故あって彼の名や詳しいことは話せませんが、彼は本当に心優しく、それでいて勇敢な召喚士でした……そして、英雄であるのと同時にただ一人の少年でした』
『どこにでも居る、大人しい子供でした。彼が我々の話を聞いて大穴に立ち向かってくれたというのは、本当に勇気を振り絞ってくれたことなのだと思います』
『ああ……もしかしたら英雄などと語られるのが恥ずかしくて姿を隠してしまったのかもしれませんね。あなたが落としてしまったこのローブとナイフはこの町で大切に預かっておきますから、いつかこっそりで良いので、取りに来てほしいです』
誰もが憧れた勇者の姿ではなかったが、誰もが夢を見られる等身大の英雄。
信じがたい話の連続であったが事実として北方は救われ魔王降臨は阻止されたのだ。信じる他無いのだ。
何時も何処からでも遠くを望めば必ず目に入っていた北の暗雲が無くなったことは直ぐ様世界中の話題の中心になった。
やれどんな姿の英雄か、やれ何処の誰が英雄になったのかだとか、召喚士を志す者が急増したとか少年少女を冒険に駆り立てただのと……
また英雄の落としたナイフを製作したのが“鎚と鉄床”であると特定されるや否や客や取材が殺到したとか。
世界はあっという間に“等身大の英雄”、“少年英雄”、“召喚士の頂”ブームに包まれた────
「────……は」
起きる。見覚えのない天井。見覚えの無い衣服。
全く記憶に無い部屋、木目の温かい印象のある内装、綺麗な観葉植物、森の中のような安らぐ木の香り、恐らくは宿なんだろうが
……いや本当にどこ? まるで記憶がぽっかり無い、辛うじて思い出せるのは雲の上まで飛んでいった辺りまでで……
とにかく、現在地の確認も兼ねて陽射しを浴びようと体を起こす、が、めちゃくちゃ体が重い。まるで自分の体じゃないかのような、高熱を出して寝込んだあとのような重さ。
のしのしとどうにか窓辺へやって来て、窓を開け放ち外を眺める。
「……え!?」
暖かな風と木々のざわめき、人々の活気。
町を抱える巨大な樹がいくつもの橋で繋がっている様はまるで超巨大なツリーハウスだ。
見下ろせば地面が見えないほど高い位置に部屋があることに気付いてひゅっと息を飲む。
吊り橋を行き交う人と同じくらいに箒や魔法で空を行く人々が目についた。目につく人の殆んどが魔術師のようだ……
「こっ、ここ……“森林都市 アマルシャス”……!?」
魔法の本場、魔女の聖地。西方最大の都市アマルシャス。
太古の大魔女が大穴を塞ぐ為に生やした大木がそのまま都市となっている非常に歴史のある場所だ。
だけどなぜこんな所に? と理解が追い付かずぼんやりしていたら背後からバーーンと大きな音がし肩が跳ねる。
「ヴィ゛ル゛く゛ん゛」
「えっ!? うわっバク!? えっ?」
ヴィルが振り向く頃にはもう背後に接近していたバクに凄い力で抱き締められた。それはもうすごい力で、骨が軋むし呼吸もできない。
そういえばバクには何も言わずに出掛けちゃったんだよなぁ……心配させてしまったかもしれない
「どぉ゛し゛て゛僕゛を゛連゛れ゛て゛ってくれなかったの僕も戦いたかったよ何か強いやつが居たんだって?????ねぇ」
「アッ」
全然そんなことなかった心配してなかったみたい戦いたかっただけみたい。
「う、え、あ、あの、えっと、ほ、他の二人は!?」
「………トゲちゃんは日光浴に行ったし、ドレッドは散歩じゃない?みんなのんびりしてるよ」
「そっ、そそっか……あー……僕もちょっと外歩いてみたい、な~……?」
「ああ、そう、積もる話は歩きながらしようか」
「アッ」
怖い!
「その前にヴィルくんには伝えなくちゃならないことがあるんだ」
「え……えっ何何何……」
はた、と思い出した風なバクはヴィルをぐいぐい押して姿見鏡の前まで連れてきた。
何をされるのか気が気でないヴィルであったが、体の違和感の正体に気付いてしまった。
硬い爪、頑丈な鱗、後方へ伸びる角、鼻と口は前へ伸びてまるでマズル。おまけにふっくらと太い尻尾。
「ヴィルくんちょっとドラゴンになっちゃったんだよね」
「ヴィルクンチョットドラゴンニナッチャッタンダヨネェェ!?!?!?」
理解不能の言葉の並びは復唱しても意味不明だった。もしかして積もる話がありすぎるんじゃないの!?
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