第51話 風呂敷は大きい方がなにかと便利
業者とバクにアーマードラゴンの解体を任せ、ヴィルは冒険者ギルドから近い小さな公園へやって来た。ここは昔は足湯があったそうだが、現在は全て雪に埋もれてだだっ広いだけの場所になってしまっている。
利用者も居ないので湯は別の場所へと引かれ本当に何もない寂しい空間だ。
当然誰も居ないのでここで訓練の続きをする。
呪いの杖でブラックドッグを召喚する。感じる情報量が一気に増える。体も軽やかなものだ。
慎重に、軽く、体を動かす
「よっ、ほっ、おお……結構飛べる」
「ヴォフッ」
その場で何度か軽く跳ねる、少しの力でも自分の背丈くらいは簡単に飛び越えた。着地のし方も感覚が補助してくれて難なく静かに、大きな負担もなくできた。
ブラックドッグも真似して一緒に跳ねてくれるので何だか久しぶりに遊べたみたいで楽しい。
お次は軽く走ってみることに。速度の出る姿勢、バランスの取り方に自然と体がなってくれる。
極度な運動音痴で幼い頃は走れば大抵転んでいたし木には登れなかったし、とにかく体の扱い方にずっと慣れなかったのだがこの力があれば全て補えた。
段々と速度を上げてみる。深く積もった雪の上でもバランスを崩さず、顔に触れる風は一層冷たく、体で感じる全てが今までとはまるで違った、世界が変わったかのようだ。
ブラックドッグがヴィルの隣について走る。
「あ、はは……っすごい、君とこんな風に走れるなんて……!」
「ヴォンッ!」
レッサーファングだった頃からもだが、彼はいつもヴィルの足に合わせてくれていた。一緒に走ってもあっという間に距離が開いていたのが今では隣に並び立てる。
“適性”が低い自分では一生召喚獣達と同じ世界を見れないのだと思っていたから、嬉しい。
もっと立体的な動きを試したくなったが町の中では流石に迷惑になるので外へ出ることに。ブラックドッグと共に静かすぎる町を歩く。
静かだからこそ今のヴィルには住民達の生活の音がよく聞こえた。
大きな建物、恐らくは町役場を通りすぎようとした所で室内の会話が聞こえてきた。
『あの少年がアーマードラゴンやサーベルマンモスを討伐したのは本当らしい……』
『あんなに傷だらけになっていたのだし、真実なのだろう……』
『彼になら出来るのでは?』
『しかし、冒険者とは言え孫と同じくらいの少年に……酷なのでは』
『実力があるのだとしても、あんな大ケガをしたばかりの子に頼むのは……』
『だがこのままではこの町だけでなく、北方はどうなる……?』
『王国騎士も未だに手をこまねいている問題を彼に背負わせる訳には……』
自意識過剰とかではなく、僕の話をしているらしい。住民達の声色からしてもその深刻さが伝わってくるほど重々しい。
背に腹は代えられないと言いたいところではあるものの、彼らの良心が良しとしない様子が感じられた。
どんな問題かは何も分からないが、偶然とは言えこんな話を聞いてしまうと放っておけない気持ちが湧いてくる。
話だけでも、と思ったが、自分の力量も弁えず衝動的に人助けをしようとして何もできず結局他の人の手を借りる、なんてことばかりだった僕が足を引っ張った。
出来ない、出来なかったで人の期待を裏切るのは……もう……────
「面白そうデスね、助けてやりま死ョ」
「えっ、あっ!? えっ」
「えっ!?」
「なっ……君、もしや今の話を……」
突然のドレッドがむんずとヴィルをひっ掴んで役所へ無理矢理突入させた。役所の中には壮年、老人が椅子に腰かけて暖房器具を囲んでいた。
突入してきたヴィルに皆一様に驚いて固まっていたし、ヴィルも固まっていた。
ヴィルにはアドリブの“適性”があったのかもしれない。
「あっ、ああの偶然、話が聞こえてきちゃって~その~あっ宿のご恩もありますし! 僕なんかでよければそのお話を聞かせて、もらえない、で、しょう……か?」
「…………話すだけなら……そうね」
「相談するだけなら、構わないか……ああ、此方へどうぞ、寒かったでしょう」
顔を見合わせた住民達は意を決したように固唾を飲み込み、ヴィルの椅子を用意した────
「この北方が大雪に閉ざされた理由はご存じでしょう」
「は、はい、大穴から出る魔界の煙なんかが空に停滞して日の光を遮ったり、とかですよね……」
「ええ、魔界の煙と言えど時間が経てば空気や地に溶け無くなっていくものですが……湧き続けているというのが問題なのです。大穴を塞ぐ結界に綻びがあるが故に……」
「結界に綻びが……!?」
地上と魔界を隔てる結界と言うのは世界中の高位の魔術師なんかが何十何百人と力を合わせて張る最高位の術だ。定期的な検査はあるが、基本的には一度張ってしまえば永久的にそこを閉ざし続ける。
魔界の瘴気すら結界を保持する動力として変換する術式が組まれている為、綻ぶなんてことがあるとしたら……
「何者かの手によって結界の一部が解れているのです。それは現在も続き、綻びは大きくなっているのです」
「王国もこの事態を認知しているものの、豪雪に加えて強大化した魔族や魔物の巣窟と化した大穴付近へは近寄れないまま……状況は悪化していくばかり」
「魔族に気取られずに大穴へ近寄るには少人数でないとならず、長らく名のある冒険者達に依頼を送っているのですが……誰も解決に手を貸してくれなかった」
「あなたに頼みたかった事と言うのは、冒険者達が大穴へ向かい易い道の確保だったのです、が……ああ、話せば話すほど無謀な話だと思い知りました。老人達の戯言です、どうか気にしないで頂きたい……この町には話の種など無いのですから」
話が進むほどに住民達は俯き声を落ち込ませた。戯言とは言うが本気でもあったのだろう、それだけ逼迫しているのだ。
どうにか手を貸したいのは山々だが、王国騎士団すら手を出せないような話にそもそも触れていいのかすら分からない。
「───なら、結界を脅かす何者かを僕が打ち倒してしまっても構わないですよね」
「えっ?」
「え?」
「え……っ」
僕は足を組む。組むな。えっ? 違うんです口と体が勝手に
「そのまま僕が結界を修繕してしまっても構わないですよね?」
「ええっ?」
「ええ!?」
「えぇ……??」
待って待ってそんなこと出来ないよ僕!? 口からでまかせってレベルじゃないよ!?
「で、雲を晴らして雪もどうにかしてしまえば皆さん助かるんですよね?」
「???」
「????」
「?????」
僕は不敵に笑む。笑むな、僕はそんな顔しないよ!? ああ、もう僕の体で────
「宿や医療品を提供してもらったご恩がありますから、そうですね、今から行って解決してきマス♡」
────とんでもない大見栄はらないでドレッド~~ッ!?!?




