第50話 ただのお人好しは損をする
間が開いてしまいました。でもまだまだ続きます
“麓町 ティリェ”。鉱物資源や温泉で賑わっていた町。だが今は豪雪極寒の過酷を極める環境となり多くの人々がこの地を離れ、また訪れる者もしだいに少なくなっていった。
残った住民たちが細々と雪掻きをしながら暮らしている。
日々の生活も決して豊かとは言えないのにティリェの住民たちは暖かく、精一杯のもてなしをしてくれた。
死にかけたヴィルが担ぎ込まれてきたのを見ればすぐに宿へ入れてくれたのだと言う。
今日は相変わらずの曇りだが風は無く、防寒着があれば問題なく外で過ごせる。
ヴィルは“呪いの杖”を構え、ブラックドッグと向き合っていた。
「……すごい、不思議な感じだ。ブラックドッグの感覚が僕の感覚として完全にひとつになっているような……?」
説明の難しい感覚だ。自分の視点とブラックドッグの視点の二つを当然のように処理できる、頭が二つになったような感じ、と言うのだろうか。
その上で確かな身体能力の高まりを感じる。体は熱く、鋭敏な嗅覚は町の人々を嗅ぎ分け、遠くから大きな竜車が雪を踏み締める音が聞こえてくる。
そのどれもが未知の感覚のはずが自然と受け入れられる。
ブラックドッグを帰還させ、慎重な深呼吸。運動はしていないので前のようなことにはならないと思いたい。
「……、……ふぅ、大丈夫だ。でもなんかちょっと頭がくらくらする……」
存在しない機能を使ったのだからこれくらいで済めば安いものだ。寝起きのような、立ち眩みのような、風邪を引いた時のような頭がぐわぐわした感覚にわずかによろめく。
覚束ない体を不意にしっかりと支えられた。
「やぁ、訓練はどう?」
「わ、あ、うん、何となく掴めてきたけど……使いこなすなら僕自身もランクを上げたり鍛えないといけない、かな……」
「まぁ使う度に死にかけるんじゃあね~とは言え鍛えても僕の身体能力をつかうってなったらただじゃ済まないだろうけど」
「で、でも僕が動きさえしなければ反動は最小限だったから……」
「なるほど、小さい動きから体を慣らして鍛えてくんだね~!」
あ、僕が動くことは確定だ、これ。
つまりはそんな生温い戦い方は通じないということで
「ああ、そろそろ“業者”が着くだろうしギルドに行こうよ」
「そうだね」
アーマードラゴンとサーベルマンモスの牙を入手したと病院へ連絡を入れた所、運送業者を手配してもらえた。
とても驚かれた。こんなに短時間に二つも手に入れられるとは思ってもなかっただろう。
実際、冒険者にこれらを依頼するとなればかなりの時間と費用が必要になる。足場の悪い雪原で群れで生活する巨大なサーベルマンモスと戦うのは難易度が非常に高いし、アーマードラゴンは本来なら地中棲で捜索に時間もかかれば討伐も難しくこれまた時間がかかる。
麻布と雪に覆われたアーマードラゴンの亡骸を前に業者を待っていればゴトゴトと竜車がやって来た。
寒冷地でも走れる種の竜は初めて見た、色艶の良いアイスブルーの美しい体色。
竜車からもたもたと降りてきたのは小柄で恰幅の良い男性。茶色のちょび髭に人懐こそうな丸い目。
「ややっ、あなた様がヴィル様ですか!? アーマードラゴンの入手ご苦労様ですぞ~!いやはや本当に……」
「あ、僕じゃなくてこっちの子がヴィルくんです」
「へっ?……ああ!こりゃ失礼しました! どうも“テンペスト運送”のザックルと申します、以後お見知りおきを!」
「ど、どうも、よろしくお願いします」
ザックルは真っ先にバクの方へ行っては握手を交わす。そりゃこんな子供がアーマードラゴンを入手したなんて誰も思えないから仕方ない。
ザックルの温かい手に握られてぶんぶん振られる。中々興奮しているようだ。
「それで、此方がアーマードラゴンでございますか……? 通常より大きいとは聞いていましたが想像していたより随分と……」
「す、すいません。正確な大きさを伝えるべきでしたね……」
「いえいえいえ! 多少の想定外なんぞ運送をしていれば慣れっこですぞ~! とはいえ一度解体しないと運び入れられないので……おぅい! 来てくれ~!」
ザックルが竜車へ呼び掛けるとぞろぞろと10人以上が出てきた。どこにそんなに乗っていたんだろうか……?
皆がそれぞれ解体に必要な道具なんかを持っている。どれも質がよいものであるのが見て取れた。
「皆解体とマジックバッグの高い“適性”を持つ優秀なうちの社員ですぞ! アーマードラゴンの解体にはひじょ~うに時間がかかるのでお二人はお休みになられ」
「時間かかるなら僕も手伝いますよ~」
「えっ、いやいやそんなお疲れのお客様にそんな手伝いなど!」
「アーマードラゴンと戦ったのはヴィルくんですから、僕は元気いっぱいですし!ねっ」
「それなら僕も手伝……」
「ヴィルくんはまだ傷も癒えてないし疲れてるだろうから休んでなよ」
「え、いや傷はもう……」
「でもまだ万全じゃないでしょ?訓練の続きとかしてなよ、ね?」
「う、うーん……じゃあ、そうしよう、かな?」
半ば追い出されるようにその場を後にするヴィル。何だか解せないが確かに手伝えることは少なかっただろうし、それなら呪いの杖に慣れるために時間を使う方がいいだろう。




