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第48話 祝福に呪いあれ

 なんと情けない“詠唱”か。

 ヴィルが思い描いたのは死を、敗北を回避するイメージ、救われたいと言う願望、赤。


 今でも鮮明に記憶に焼き付いている。深緑の中に佇む赤が、怪物よりも鮮やかな赤が、鮮血よりも濃い赤が




「────え?」


 間の抜けた声が頭上から聞こえてきた。倒れ伏すヴィルの眼前に忽然と立ち竦む赤。長い尾のように束ねた髪が風に靡く。


 アーマードラゴンが振り下ろした爪をすらりと高く持ち上げた足で受け止める、否、蹴っ飛ばした。

 重い衝撃に積もった粉雪が払い退けられ一瞬真っ白に染まる世界。


 視界が拓けた次の瞬間にはアーマードラゴンの規格外の巨体は半回転して宙を舞っていて、仰向けに雪に突き刺さった。


「………?僕なんで此処に居るの?」


「……え? 再、召喚……? っげほ! 痛っづ、づ~……」


 帰還もしていないバクを再召喚、とは。状況としては転移させたの方が近いか。


「おや、骨をやっちゃった?それじゃ指示出来ないねぇ」


「ぇ……っ!?」


 勿論と言うか案の定、大怪我を負ったくらいではこの遊びは終わらせてくれない。

 ヴィルは震える脚に鞭を打つ、つもりだったが意外とすんなり立ち上がれた。しかし声を出そうとすると胸に激痛が走るのは相変わらずであり、すぐに次の作戦を考えねばならなかった。


 この大怪我ではバクにしがみつくことも出来ない。なら無理をしてでも声を出すしか────良い案が浮かぶのをアーマードラゴンは待ってくれない。


 ぐるんと勢い付けて起き上がったアーマードラゴンは憤怒の咆哮を上げてこちらへ突っ込んできた。岩山を簡単に掘り進む力を余すこと無く向けてくる。

 だと言うのにバクは呑気にヴィルの方を見て指示を待っている。


 いくら自分が大丈夫だからってそんな、無茶苦茶な!

 自分が轢かれて跡形も無くなることは勿論のこと、またさっきのようにバクが叩き潰されるような光景は見たくない、なんでもいいから止めてくれ


「止゛────」

「ん。………んん?」



 バクは振り向きもせず片手でアーマードラゴンの頭を掴んで突進を止めた。

 ピタリと止められた反動でアーマードラゴンの体は大きく跳ね、二人の頭上を飛び越えて、またも仰向けに雪に突き刺さった。


 バクはきょとんと目を丸くして、確かめるように手を閉じ開きさせる。


「…指示した?」

「……、……っ」


 ヴィルは首を小さく横に振って否定する。

 止めて、と言うより早かった。つまりは指示は間に合っていなかったのだが、バクはアーマードラゴンを止めてみせた。

 二人して何が何だか分からず困惑していると背後の殺気に体が反応した。


 ────平たく巨大な尾が雪を掻きながら水平に払われる。アーマードラゴンが仰向けなままにこちらを攻撃してきた。二人を直撃する軌道、瞬きを上回る速度


 だがバクはそれをも楽々と飛んで回避した。

 そして“ヴィルも飛んで回避した”


「えっ!?」

「……!?!?」


 二人して同じくらいの高さにまで跳ねて、目線が揃う。

 着地するなりとんとんと尻尾の射程から逃れる、ヴィルも。


 当然のことだがヴィルにはそんな身体能力も危機察知能力も反射神経も無い。だが“出来た”。これは不可解なことである。


「ハハァ~呪いの杖…ねェ」

「杖?…ああ、盗賊のアジトで拾ったアレ。の効果ってこと?」


「エエ、ヴィルくんの召喚士“適性”を補助という形で強化してるみたいデス。見る限り、再召喚したバクチの能力の一部を“共有”しているようデスが…」



 ドレッドがいかにも『戦闘に参加する気はありませんヨ』な様子でふんわりと二人の上に浮かんでやって来た。

 視線の先はヴィルの血塗れの左手に握られた黒い杖。


「頭というか体に指示のような物がビビっと来てさ、気付いたら動いてたんだよね。口で指示するよりストレートに動きに直結してくる、面白い感覚だ」


「その辺は恐らく召喚獣と召喚士の在り方と通じたので死ょうね~。ワンちゃんやスライムはイメージするだけで動かせてたようデスし?それがバクチでも出来るようになった、と」


「え~!最高じゃ~ん!ヴィルくん急に強くなっちゃったねぇ」


「…………」

「あはは、喋れないんだった」


 困惑がまだ渦巻くが二人の話を聞きながら状況を整理する。

 確かに高位の“召喚士”は召喚獣の能力を一つ己の身で行使することができる。強い召喚獣を出せばそれだけ“召喚士”の能力も底上げされるわけだ。


 しかしどれだけ身体能力や魔力が底上げされようと扱う“召喚士”側の技量や才能が追いつかなければ意味がない、本来は。


 現在のヴィルの場合は無い筈の技量までもが補われている。本来は一つの所を二つ以上、バクの身体能力や戦闘技術、センスなんかを行使出来ている。

 流石に思考や意識は追い付いてこないので今の自分がどんなことが出来るかは完全に未知数であるが


「マ、流石にバクチの100%を扱えるワケでは無いようデスが、十分で死ょうネ」



 再び体が反応する。アーマードラゴンが起き上がり大口を開けている。まだ相手が何もしていない段階だと言うのに体は避けるべき方向を感覚的に捉えている。


 アーマードラゴンの超高温の吐息、鉱物を溶かす熱が一瞬で周囲の雪を蒸発させながら迫る。

 バクとヴィルはそれを見ている。


 高温のブレスが到達する寸前まで、待つ。なるほど此処からでも避けられるだけの身体能力があるからこそ可能な引き付けか。


 バクは上へと跳躍した。アーマードラゴンの敵視は今バクへ強く向いている。

 アーマードラゴンは頭部の庇のせいで頭上への視界が取れていないのでバクを追う為に体を反らせて二足で立ち上がる。


 ────そうしてがら空きとなった懐へ駆け込むのは、ヴィル。“召喚士”にあるまじき肉薄、肉弾戦。


 言葉にせずともバクへ指示が出せるのならこんなことをする必要は無い、筈なのに、体が動きたがる。高揚している。

 恐怖と痛みの中で確かな好戦的欲求が体を突き動かす。


「挟み撃ちだ、ヴィルッ!!」


「ん゛……っ!!」



 頭上のバクへ狙いを定めたアーマードラゴンが再び口を開いた所をヴィルが下から顎を蹴り上げて閉じさせる。

 バゴンッと遠くまで響く衝突音、顎下の比較的甲殻や鱗の薄い場所にヴィルの足がめり込む。


 僅かな昏倒、その隙に今度は上からバクの強烈な蹴りが振り下ろされアーマードラゴンの分厚い鉄板のような頭部に大きな亀裂が走った。


 これくらいでは頑丈なアーマードラゴンは死なない、動きを止めただけだ。バクは戦いを求めつつも目的であるのが甲殻の素材であることを意識して加減をしたようだ。


「よーしトドメの一発!一緒に殺っちまおうか!」



 脳が揺れ前後不覚に陥り震えるアーマードラゴンの脇腹へ二人が揃う。助走を付けて、二人同時の飛び蹴り。足から堅い甲殻と肉の内側で飛び回る内臓の生々しい感触を感じた。


 衝撃はアーマードラゴンを内部から破壊し、巨体は血を噴きながら突き飛ばされ、岩肌を転げ、大きな岩にぶつかって止まった。

 痙攣しているがもう命は戻らないだろう。


「っ、はぁ゛……っ」


「ヒュウ!ゴールイン!息ピッタリだ」



 はしゃぐバクの隣でやっと緊張から解放されて膝から崩れ落ちるヴィル。呆然とアーマードラゴンの亡骸を眺める。


 勝てたのは幸運だった、としか言いようが無い。爪が直撃しなかったのも、杖が手元に戻ってきたのも、杖が呪われていたことも全部。

 針に糸を通し続けるような奇跡の上で生きている。そしてこの幸運を確かなものに出来る可能性を手に入れた。


 この呪いを使いこなせたなら、きっと────!


ボタ



「……? づ、あ゛ぁ……っが!?」


 突然大量の鼻血が溢れ出した、と思えば全身に筆舌に尽くし難い激痛が荒れ狂う。筋を引き千切られるような、肉を挽かれるような、骨が砕けるような、体を捻り切るような、考えうる限り最悪の痛み、死を覚悟する暇も無い痛み。



 ────ぶつり。脳が処理の限界を迎え、幸運なことに早めに気を失うことができた。

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