第46話 死ぬくらいなら誰でもできる
防寒具をも突き抜ける零度の息吹が二人に吹き付ける。視界は真っ白に染まり、口を開けば冷気が体内を突き声も満足に出せない。
だが指示を出さなければバクは一歩と動かない。
バクがヴィルにこんな戦い方を強いたのは単純に遊びの延長に過ぎないだろう。その遊びの中でヴィルが死ぬような目に遭っても大した問題ではないのだろう。
何せ、一発毎に即死の威力を打ち込まれる特訓を経たのだから、寸前で助けてくれるなんて希望はヴィルには無い。
────バクを召喚獣として扱う。
ブラックドッグやブラッドスライムとはまるで勝手が違う、感覚的に動かせない。
“共感覚”が届きにくい。バクからは一方的に意思を伝えることはできるがヴィルからではバクを動かせるほど鮮明なイメージが出来ない。
声にするしかない。声を出すには吹雪を遮るしかない。
「んっ!」
「────っ、ナイフを、吹雪の中心へ投げて!」
バクの首に腕を回し、ぐい、と上へ持ち上げ上体を起こさせる。バクを盾にして吹雪を遮った。それでも冷気は口内を凍てつかせ喉が痛むが治癒薬を飲んで雑に治しておく。
バクは指示を聞き届けるなり即座にナイフを放つ。軌道は正確に吹雪の中心を穿ち──
「バォォオォォオオオッ!!!!」
吹雪が止む。サーベルマンモスが戦慄き巨体を仰け反らす。バクの放ったナイフは長い鼻を貫き頭蓋へ届いたか、苦痛の咆哮を上げ鼻を振り回している。
頭蓋骨は特に分厚いようだ。狙うなら、喉か
「距離を詰めて! 目標は喉!」
「走る?」
「走って!」
バクはけらけら笑っては氷に突き立てたナイフを足場にして跳ね上がり駆け出す、氷の僅かな凹凸すら加速を得るのに十分な足場になる。
苦痛に喘ぐサーベルマンモスも駆け寄る敵を見定めれば長大な鼻を振り上げた。
どんな攻撃が来て、次にどうなるかという予測はバクからの“共感覚”を受け取ることで判断ができる。
ただ、それを口にするという段階が不便であったが
「右へ避けて!」
サーベルマンモスは鼻を真っ直ぐ叩き付け、その衝撃は地面を破砕し巨大な氷が持ち上げた。
バクは寸前でそれを避け、氷の壁を駆け抜け
「喉! 切り裂いて!」
バクのナイフが堅牢な毛皮を、厚い皮下脂肪を、鉄のような筋肉を引き裂き、血が噴き出す。熱い血潮からは湯気が濛々と立ち上がる。
悲鳴を上げるサーベルマンモス、だが、まだ目は怒りに燃えている。まだ倒れないどころか致命傷にもなっていない?
今のバクには弱体化は入っていない筈で、加減するとも言っていない筈。バクの力が致命傷に届かない訳が無い。
指示が曖昧だったのか? それとも、本気を出していない、出せない────?
両方か
サーベルマンモスは巨体を飛び退かせ一度距離を取ってから鼻を横薙ぎにに振るう。砕けた地面を平らに均す一撃は直撃すれば鎧を来た人間をもバラバラにすると言われている。
「距離を詰めて、飛んで! 高く!」
高く、と聞けば『なんで?』と疑念が“共感覚”越しに伝わってきたがすぐに実行された。
駆ける勢いのままに高く飛び上がって薙ぎ払いを避け、周囲一帯を見渡せる程高くサーベルマンモスの頭上を取った。
あまりの高さにひゅっと体が縮み上がりバクにしがみつく手足に力が入る。離したら死ぬ。ああ、でも!
試す意味と価値がある!
するりとバクから手と足を離し、とんとその背を蹴ってヴィルは自らを宙へ投げ出す。寸前にバクの驚嘆が“共感覚”を通じてきたが
バクは振り返らない。ヴィルへは視線の一つも寄越さず|サーベルマンモスの喉笛《目標》を見詰めている。
「、ぁ、爆発っ、加速してっ!全力で首を断てッ!!」
「あはは、いいねっ!」
バクは満足そうに笑い、身を翻し頭を地面へ向け、放り出した爆弾を蹴る。
発破。爆風を足場に空を駆け降り、矢のように真っ直ぐ、サーベルマンモスの首を捉える
「“リターニャカタパルト”」
体を捻り回転を加えた一刀両断。カツン、と山肌を割るような高い大きな音が響く。バクは割り開かれるサーベルマンモスの肉と肉の間を抜けて地面へ降り立った。
硬く積み上がった長年の氷は真っ直ぐ割れていた。強めに蹴れば一帯が全部こそげ落ちてしまいそうな程深く、長く。
転がったサーベルマンモスの首はその亀裂に引っ掛かったお陰で下山せず留まってくれた。
「う、わ、あ、あああぁぁぁあっ!!」
一方ヴィルは落下の最中であった。
なるべく積雪の深そうな場所目掛けて飛んだがそのまま降りたのでは良くて全身複雑骨折だ。ブラッドスライムを沢山召喚して受け止めてもらうしか────
「やるじゃんヴィルくん」
「あぁぁあっおわっ!? た、助かったぁ……!」
と思っていたらバクが拐うようにヴィルを宙で抱えて身軽に地面へ帰還した。
正に命懸け。腰を抜かしてしがみつくヴィルと楽しそうに笑うバク。
『倒せ』『殺せ』『勝て』なんて指示ではバクはつまらないと一蹴し相手にしてくれないのが目に見えていた。ヴィルがバクを動かすには相応に“面白くなければ”ならなかった。
召喚士として最低限の“適性”しか無い僕はどう戦うべきなのか、また少し見えてきた気がする。
横たわるサーベルマンモスの死骸を見上げる。近くで見ると最早山そのもののようだ。傷口からは血と湯気が溢れている。
モコモコのトゲトゲドラゴンがそっと近寄ってきてはまだ熱い死骸の腹と脚の隙間に収まって暖を取り始めた。かわいい。
「必要なのは牙だっけ?残りはどうしようね」
「毛皮と骨が換金できるけど、流石に僕じゃ解体できないから……うーん、一度町へ戻る方がいいかも。象牙は横取り業者も居るから……ん?」
地鳴り。この振動には覚えがある。
「え、いや、まさか……」
そのまさかが斜面の向こうからぬっと顔を覗かせた。サーベルマンモス、それも二頭。今しがた倒した個体と同じくらいのサイズが並んで壁のように走ってくるではないか。
「えええーーっ!? に、二頭ぉ!?」
「おかわりとはね。ん、いや違うな」
「え……」
言われて気付く、先程の個体と違いこちらへの敵意を感じないというか、ただ必死に走っているだけのような────
「グオォォオオーーッ!!」
二頭に次いでさらに巨大な影が斜面の向こうから飛び出して、振りかぶった鋭い爪で一頭を殴り倒し、大剣のような尾でもう一頭を両断してしまった。
全身を白銀の鎧で覆い、頭部には庇のようなスコップのような三角形の兜が突き出し、岩場や氷を自由に走り回る為の刺を手足に生やす巨大な、ドラゴン。
「ア、アーマードラゴン!? そんな、いや、大きすぎる……っ」
それも規格外に大きい。通常ならサーベルマンモスより大きい筈がない。
通常の二倍か、いや三倍はあろうアーマードラゴンがゆっくりと此方に目を向けた




