第39話 話のテンポは度外視してとにかく戦いたい
バクと盗賊女が睨み合い空気が張り詰める。一触即発、に見えたが
「ねね、君の名前は?何で盗賊やってるの?」
「……調子狂うなコイツ。ンなもん教えてやる義理がねぇ……が、気に入ったら教えてやるよっ!」
地面が盛り上がり大量の木の根が飛び出し、地面を多いながら急速に伸びバクを狙う。
「ひゅう~っ!嬉しいことづくめじゃないか!戦いの中で君のこと教えてもらえるなんて好物に好物を盛ったようなものだよ!」
「なんだコイツ!」
バクは根を半身で避けながら前へ出る。その身を捕らえられなかった根は横へ枝分かれしてバクを絡め止めようとするがナイフで切り開き盗賊女へ迫る。
「なら僕も応えてやんなきゃ失礼ってもんだ!強めの一発、生き抜いてくれよっ!」
「────っ!?」
「“パクナステップ”」
盗賊女はぞくりと本能的に背が後ろに引かれるような感覚に陥る。『避けろ、防げ』と頭の中で囁かれ、半ば無意識に無数の大木を伸ばし重ねて壁を作る。
高い密度としなやかさを誇る大木はあらゆる衝撃を吸収してしまう、筈だが。バクの蹴りの威力は許容量を越え朽ち木を踏み抜くように大木を粉砕する。
その蹴りは一度に終わらず、雨のように高速で何度も打ち付ける。一蹴りごとに大木の壁は一層ずつ木っ端微塵になってあっという間に最後の層を────
「舐、め、るなァッ!!」
「おわっ!あはは、木が操れるだけじゃなかったんだね~」
踏み抜き破壊した瞬間、洪水のように溢れ出す大量の蔓植物。圧倒的な物量だがバクは全てを捌き切り、束にして抱えて捕らえてしまった。
「んなァ!?」
「うん、とこ、しょっ、と」
蔓植物を根っこごと力任せに引っこ抜く。足元が掘り返され千切れた蔓や根が鞭のように跳ね回るのを盗賊女は飛び退いて避けたが、バクは蔓を振り回して周囲を薙ぎ払う。
盗賊女こそそれも上へ跳躍し避けられたが他の盗賊達はそうもいかず蔓に打ち付けられ絡め取られていく。
盗賊を一網打尽に巻き込んだ蔓を遠心力のままに遠くに放り投げる。
「────ッシャァ!!」
「おっ、やっと直接来てくれた」
バクが蔓を投げるために体を捻った極僅かな隙を狙って盗賊女が肉薄する。卓越した武器の扱いと身体能力、戦い慣れているのはもちろんのことだがバクはこの盗賊女が“戦いを楽しむ人間”であると直感した。
息つく暇もない、一つの動きがいくつもの攻撃に派生する。両者は笑みを向かい合わせ火花を散らす。
速度は互角なように見えるが単純な力比べではバクが圧倒する。砲撃のような蹴りは直撃せずとも衝撃を伴って盗賊女の姿勢を崩す。
そうして生まれた隙を突かせまいと蔓や大木を操り抉じ開けられた突破口を塞いでいく。
バクの長くしなやかな全身を使ったナイフの薙ぎ払いを盗賊女はククリで受け止め、衝撃をいなそうとするがさらに踏み込まれては受け切れずに後方へ飛ばされた。
「……づ、くっ! はぁっ、お前、何者だよ?」
「あ、名乗ってなかったね。僕はバクチク、ただの冒険者だよ」
「冒険者ァ? ……王国騎士のバケモノ並じゃねーか……だが、まぁお前になら教えてやる。オレは“ジュグーム”が幹部の一人、“木棺”のガジだ──冥土の土産に覚えて逝きやがれッッ!!」
バクの真下から木の槍が突き出す、しかしバクは靴底で受け止め突き出される勢いのまま宙へ跳ね上がる。
それを蔓植物が追いかけバクを取り囲むと大きなつぼみが蔓から生え、破裂。色とりどりの粉が撒き散らされる。破裂の衝撃はおまけ程度だ。
粉の中から咳が聞こえたかと思えばバクが受け身も取らずに地面に落ちてきはそのまま伏せてしまった。
「“毒華狂咲”──猛毒、麻痺、火傷、睡眠……ハハッ凶悪な毒花共の花粉の味はどうだ? あー喋れねぇか、そのまま寝ると気管が塞がって死ぬぜ」
「げほっ!……っ、っ……!」
バクは起き上がろうとするも体に力が入らないのかガクリと額を地面に突き、背を丸めて喉の奥でくぐもった咳をする。
「お前が毒でゆっくり死ぬ間に知りたがってたことを喋ってやるよ。オレが盗賊やってる理由だったっけか? 他の幹部のヤツらと違って難しいことは性に合わなくてよ、ただ自由を求めたのさ」
ガジは地に伏すバクに近寄り一方的に続ける。
先ほど蔓に絡め取られて投げ飛ばされた部下達が脱出し駆け寄ってくるのが遠くに見える。
「自分の力を自由に振るえる場所、存分に強いヤツと戦える場所、どんな手を使っても許される場所がここだっただけだ……ま、殺す相手はあんま選べねーけどな」
「こふっ、……ふ、っ!」
「流石にしぶてぇな。刃で死ぬのがお好みかよ?」
「────ガジ!」
「あぁ?」
駆け寄ってくる部下が叫び、ガジは怪訝な顔を上げる。
「まだだっ!! ソイツから離れろぉ!!」
「あはは、───バラすなよ…」
「はっ……なッ!?」
“いつの間にか”起き上がっていたバクの顔はガジの呼吸が触れる程に近く、手にはナイフ。
咄嗟に弾かれたように頭を引くが驚愕で身を固めてしまったせいで体が避けるよりもナイフが到達する方が速い────
「う、っおおお! “加速”ッッ!!」
部下の一人は身体強化能力を瞬間的に最大の力を引き出しバクとガジの間に割り込み庇う。腹に深々とナイフが突き刺さる。
バクは防がれたのも構わずガジの部下を刺したままさらに前へ猛進。ガジは避ける間も無く部下の背に押し付けられ身動きが取れなくなる。
ナイフがどんどん深くへ食い込み部下は苦悶の叫びを上げる。
「っっぐあぁぁあッッ!!」
「お、前……っ!」
「嗚呼、これが“絆”なのかな?いいものだね、参考にするよ」
バクは鬱蒼と、滴るような笑顔で目前の劇を楽しむ。
そこにさらに強く踏み込み加速すればとうとうナイフはバクの腕と共に部下を貫き、その向こう側に居るガジの腹を刺した。
部下が吐き出した血をバクは顔面で浴びるがそれすら心地好いといった様子。
ガジの背には冷たいものが走り、またしても本能が警告を発した。
「ぐっ、ぁがっぼ……っ! ガ……ジ……!」
「ガッ……! く、そったれェ!!!!」
「───“テキサスホロウ”」
部下は力を振り絞りバクを足を絡ませて妨害しにかかるが一瞬にして振りほどかれる、ゴキゴキと骨が折れるような外れるような音を立てて。
それでも僅かにバクの猛進は緩み、ガジはその隙に腹を横に裂きつつも脱出し、地面に転がった。
その次の瞬間には真っ赤な炎が視界を呑み込んだ。
頭の奥を引き裂くような爆音。肌に吹き付ける熱風。
炎が失せても尚、辺りは真っ赤なままだった。
呆然とするガジの目には爆心地ゼロ距離に居た筈のバクが平然と立っている姿がある、全身を隙間無く真っ赤に汚しているので無傷かは断定できないが。
バクは指についた赤を舐めては渋い顔をした。
「うーん、火薬の味で台無しにしちゃったなぁ…申し訳ないことをしてしまった」
「な……おま、え……あれは演技か……ッ!」
「ん。仮病は得意でね…弱ったフリするとみんな優しくしてくれるんだ~」
「────ッッ!! “木棺”!!!!」
真っ赤な顔を拭いながらけろりと笑う。呆然としていたガジに再び怒りによって闘志が、否、殺意が沸き上がり鋭い木々が広範囲の地を砕いて乱立して生い茂る。
隙間を埋めるように木々は組合わさり、太く長く成長する様は樹海というよりは一本の巨木。
これに囚われた人間は骨をも細かく擂り潰されて何も残らない。
「よしっ、今回はここまで。傷の治療も必要でしょ?」
ポン、とガジの頭に暖かく優しい掌。
振り返ろうと体が反応するより前にガジの視界は暗転した。
もうバトル描写が楽しすぎて止まらないので止まりません。




