第38話 合理性や必要性は度外視で技名はとにかく口にした方がいい
縄張りに入ってからあっという間に盗賊達に包囲されてしまった。
「テメェら、俺らが何なのか分かっててカチ込んで来たんだろうなァ!?」
「“ジュグーム”の名を知らねぇってこたねぇだろ?」
「迷子っつーなら有り金置いて帰りゃ殺しはしねぇぜ!」
「やっぱり幹部はザコ倒してからじゃないと出てこないかな?うは~テンション上がるなぁ~!」
「バクが行きたそう過ぎなのデもう殺っちゃいま死ョ。トゲはヴィルくんとあの洞窟の中でも探索しててクダサイ」
「うん、お兄ちゃんのこと守るよ。いこ」
「あ、ありがとう……洞窟すごく大きいね、トゲトゲでも余裕がありそう」
しかしバクはそわそわと気合いの入った準備運動をしてる。合図があれば直ぐにでも弾け出しそうな様子。
盗賊達が四方八方から怒鳴り散らかし威嚇をしてくるが皆はまったく意に介さず呑気に手筈を整える。
トゲトゲはヴィルを抱え直しては包囲網の頭上をひとっ飛びで越えて岩壁にぽっかり開いた巨大な洞窟へ駆け込んだ。
「舐、め、やがって……! 生きちゃ出らんねェぞテメェらぁ!!」
「そりゃ此方のセリフなんデスけどネ」
「生きて出られた人は後で僕と殺り合おう!」
盗賊達は痺れを切らし一斉に襲いかかってくる。
だがその刃はどれも誰にも届かない。金属が破れるけたたましい音の後にガラガラと折れた切っ先が大量に地面に落ちた。
バクの目にも止まらぬ斬撃が、ドレッドの嵐のように振り回された大鎌が盗賊達の武器だけを破壊した。
「僕こっちがわ半~分」
「んじゃ線でも引いときマスカ」
武器の一つが壊れた程度では盗賊は止まらない。盗賊達は隠し持つ武器をさらに取り出して襲いかかってくる。
それをドレッドは片手で軽々といなし武器を払い落としては一人の盗賊の首を捕まえて締め上げる。
「ぐぎっ、ぃ!? は、離゛ぜェ……っ!」
「“死線”」
バツン、と何か大きなものが途切れる音。捕まった盗賊は頭だけを残し、後の全ては真っ赤な“線”となって縄張りを縦断し、その線上にあったものは例外無く断ち切られた。
ドレッドは盗賊の頭を投げ捨てる。
「頭だけありゃ十分身元は分かりマス死ね」
「君達も頭だけになりたくなかったら本気を出しなよ」
赤い線から左半分をバクが担当。
十人以上を同時に軽々と相手取る。一人の手を捕らえ引き寄せて盾にしつつ背後から振り下ろされた鉈を靴底で受け止める。
盾になった盗賊を振り回して投げつければ三人を巻き込み隙を作る。
物見やぐらから飛んでくる矢を瞬時にしゃがんで避け、その勢いのまま低い位置で回転足払い。
盗賊達を転ばせる、ためではない。バクの切り裂くような足払いは周囲の盗賊達の脚の骨を粉々に打ち砕いた。酷い悲鳴が響き渡る。
「やっぱり盗賊ってその辺の村とか襲いまくって酒池肉林してるの?あれいいよね、僕も生で見てみたいな~」
「お、俺達はンなこと……ッギャア!?」
「おっと、仲間ごととはね」
物見やぐらからの銃弾の雨が盗賊達を巻き込みながらバクを狙う。
バクはその全てを避け、弾きながら駆け出す。銃弾は服を掠めることすらない。
物見やぐらの柱を一瞬で駆け上がれば銃口が待ち構えていたが、引き金が引かれる頃にはバクの手が銃身を掴んで上を向かせていた。
「お返し」
「ぐわっ!?」
「ぎゃっ!! クソッ、何なんだよお前らは……っ!?」
バクはやぐらに至るまでに素手で取った弾丸を指で弾き出し二人の射手の脇腹を撃ち抜く。
銃と矢を没収しやぐらの外へ投げ捨て、倒れた射手の目の前に屈む。
地上からは銃弾と怒声がやぐらに向かって撃ち込まれているがお構い無しにバクは問う。
「ねぇ、君たち“特一級盗賊団 ジュグーム”なんでしょ?何で盗賊なんてしてるの?下に居たやつは村を襲って酒盛りなんてしないとか言ってたんだけど…」
「っはぁ……? ンでそんなこと、聞くんだ、よ……」
「お、俺達が狙うのは腐った金持ち連中ばかりさ! この世界のゴミ共をっ、掃除してやって……!」
「ええ?そんな義賊みたいなつまんないことしてるの?…聞かなきゃよかったかも」
バクの表情が冷える。呆れ、落胆。ガックリと肩を落とす。
射手二人は脇腹の痛みに脂汗を流しつつも何が何だか分からないといった顔。
「………まぁ、そうは言っても殺しはしてるんでしょ?君は…憎しみとかあんまり無いね?金に困って盗賊してそう。で君はそうだな~領主に不当に搾り上げられた恨みとかかな?」
「っ、なんで……ああ、そうだよ……! 死ぬしかねぇ俺らをボスが拾っ」
「───“テキサスホロウ”」
射手二人の呼吸が詰まる。口をパクパクとするばかりで息が吸えない、吐けない。自分の身に何が起こったのか確認しようにも体が動かない。
バクはそんな二人の軽い首根っこを掴みやぐらから飛び出す。盗賊達の頭上を越えてもう一つの物見やぐらへと迫る。
助走をつけて射手の一人をやぐらの中へ投げ入れればそこに居た盗賊達が後退り、戦慄する。
「っ、……、…か、っ…は」
「おまっ……!? その体────!」
爆発。
やぐらは真っ赤な爆炎に飲み込まれ、夥しい量の黒煙が上がる。燃え移ることはあまりなかったがやぐらは崩れ落ち、焦げた肉片が辺りに飛び散った。
「偉い人はそこの小屋かな?出ておいでよ~」
丸太と土で作られた小綺麗な小屋。荷物は適当な外に野晒しにある。仮拠点のような場所にそこそこしっかりした作りの小屋を盗賊が建てる理由なんて限られる。
もう一人の射手を小屋へ投げつけ、爆破。
「…あれっ、凄いや全然壊れてない。土壁と木造建築を舐めてたかもしれない」
爆炎と煙が晴れるとそこには煤けて汚れただけの小屋が健在だった。
バクは興味津々に小屋に近寄る。
「んっ?うわっ!とっ、とぉ!?」
ドアをノックでもしようと手を伸ばしかけた瞬間、小屋の建材である丸太がまるで生き物のようにうねり、鋭い尖端をバクの顔面目掛けて突き出した。
丸太を仰け反って避けたかと思えば今度は足元の地面から何本ものうねる丸太が突き出し、バクはそれを横へ体を捻って飛び退き、全て避けきった。
ふぅ、と一息ついていると小屋から三人の盗賊と、一際質が良く体のラインが出る扇情的な服を着、細身ながら筋肉質な茶髪を後ろに結った女。相手に目線を悟られない為の物か目隠しのような物を身に付けている。
「どんなヤツが派手にやってんのかと思ったら、こんなヒョロヒョロの優男とはな」
「ははぁ、思ったより若くて可愛い子が出てきたなぁ…君が此処で一番強くて偉い人かな?」
女は軽く辺りを見渡す。空まで結界のようなものに覆われていて、縄張りの中心には覚えのない赤い線。
「……はっ、お前が今居るこの“半分”の中じゃあそうだな! 死にたくなるくらい後悔させてやるよ、お坊ちゃん」




