第35話 楽ばかりしていては後で苦労する
森のあちこちから重い衝撃音が響く。確実に町にまで聴こえて居るだろうが止められるものではない。
トゲトゲが魔物を狩る間にヴィルとバクは魔物避けの杭の交換を進めていた。
「うーん早くに戻りすぎると目立ちすぎちゃうかな。けっこう狩ってるし」
「そうだね……僕もやろうと思ってたけどどこにも魔物が居ないや」
「そうだ、トゲちゃんが戻ってきたら魔物の死骸でも使ってナイフの扱いの練習でもするかい?解体が自分でできれば何かと楽でしょ」
「もしかして教えてくれる、の?」
「もちろん、やれることが増えると旅もきっと楽しいよ。それにナイフを買ったはいいものの……ん?そういやお父さんが作ってくれるって言ってたナイフもう出来てのるかな…?」
「お父さん……? って、ス、スミのお父さん?」
「え、そうだけど」
ぎょっとするヴィルに首を傾げるバク。
「スミのお父さんは勇者の装備を作るのに携わったり、本当に持つべき人を見極めてでしか武器を作らないんだ……国宝級とか、値段が付けられるものじゃないらしい」
「そりゃすごい。つまりは僕が勇者…でもそんなにすごいなら宣伝しなくてもお客はひっきりなしじゃ?」
「お店の場所が分かりづらいから……名前だけ有名なんだ」
「ああ…店構えも意外と小さくて地味だったしなぁ。地図でも書いてやらないと門前払い状態か」
まさか伝説にして世界最高峰の武具職人がいるとは思えないような古く小さい外装もあって知る人ぞ知る状態。一つ通りを挟んで手前に新しい大きな武具店があるのもまた大きな原因だ。
「せっかく湯治もするような羽振りのいい冒険者が多く来る町なんだ、宣伝できれば僕らのカモフラージュにもなるんじゃない?」
「な、なんか不穏というか不純な感じがするけど……宣伝するって約束をしたけど、どうすればいいかわかんなくって……」
「お兄ちゃーん、持ってきたよー」
ずしん、というかズドンという足音が近付いてくる。そちらを見やればヴィルは再度ぎょっとする。
うず高い死骸の山を軽々持ち上げて運んでくる全身血まみれのトゲトゲの姿がそこにあり
山はヴィルの目の前で下ろされる。見上げるほど大量だ。
「うわっ……す、すごいねこんなに……」
「絶滅。させなかったよ」
「聞こえてたんだ……ありがとう、助かったよ」
「ふふ、お兄ちゃんのためならこれくらい何てことない」
「トゲちゃん血みどろだしちょっと洗っておいで」
「うん」
トゲトゲが小走りで川の方へ向かっていったのを見送り、再び死骸の山に目をやる。
獣の魔物は全て首が深々と切り裂かれていて、キラーキャタピラーは頭部が潰れていた。あまりの光景に吐き気が込み上げたが堪えた。
バクは小柄な“盗賊狼”を一頭引摺り出す。
「初めて一から十までやるなら小さい方がいいよね」
「“スカーレットベア”より小さいだけで十分大きいんだけどね……」
「召喚で依頼が楽になった分ヴィルくんは勉強ができるのが強みなんだし、存分に学びたまえよ」
「よ、よろしくお願いしますっ」
「食べる食べないどっちにしても血が抜けてる方が軽くなって扱いやすいね。まずは内臓を抜いちゃおうか」
「さっそく敷居が高い……」
「冒険者って内臓とか触らないもんなの?」
“盗賊狼”を転がして腹を上向きにし、バクが切る場所を示すのでそこを慎重にナイフで裂いていく。スミが作ってくれたナイフの切れ味のお陰で苦労は無いけど内臓を傷付けないかが不安。
「ま、まぁ討伐したらギルドが丸ごと買い取ってくれたり……買い取りの無い魔物だと証だけ切り取るから解体はあんまりしないかも?」
「解体師の需要は高そうだねぇ」
「……バクは解体なんてどうやって覚えたの?」
「んー自然と?毎日捌き捌かれてると勝手に覚えちゃうよ」
「捌……捌、かれ? えっ?」
指示を受け解体を進めつつ雑談する。内臓は重いので一気には取り出せず、分けられる部位は先に取り外す。ベリベリと張り付いているものを引き剥がしていた、が聞き間違えだとしか思えないような言葉を耳にし動きが止まる。
「ん?聞いちゃう?」
「え、う、やめとくよ……でもバクの話もいつかちゃんと聞きたい、な」
「その前に君の話をいっぱいしてもらいたいもんだね。みんなも聞きたいだろうし…ほら、手が止まってるよ」
指摘されては作業に戻る。ブラックドックに毛皮を引っ張ってもらいつつ皮と肉の間をナイフで削いで剥がしていく。ナイフの切れ味が良すぎて毛皮にけっこう穴を開けてしまった。
「トゲトゲもお兄ちゃんの話、聞きたい」
「わっ、すごい、どこまでも聞こえてるんだね……?」
「お兄ちゃんの声はどこからでも聞こえるよ」
トゲトゲは小走りに戻ってきてはまたちょこんと膝を揃えて地面に座り話を聞く姿勢。
「ま、まぁ僕の話は後でするよ……今は練習しないと」
「お兄ちゃん頑張って」
見守られてるとちょっと緊張するな……
手順は覚えてきたけどまだまだ毛皮を切ってしまったり内臓を破いてしまったり、力が足りずに関節を取り外せなかったりと難航する。
“盗賊狼”は肉と内臓は価値が無く廃棄部位で、毛皮と爪や牙が主に必要とされている。
爪と牙を引き抜く作業は自分でやっていて痛々しく精神に来る。
必死になって解体を続けて、一区切りと言ったところで休憩する。いつの間にか服もドロドロだ。
血肉の赤ばかり見ていたので森の緑が目に優しく感じられた。
ふ、とトゲトゲに目が行った。大きな二本の尻尾がふりふりと控えめに揺れて、本人は隠しているようだがどこかそわそわとした様子で目線も浮かない。
……この感じ、どこかいつかに覚えが
そう、弟のアインと似ている。
アインは子供ながらに大人びていて真面目な子だ。だからか褒められたいという気持ちを我慢するような、遠慮があった。
周囲の誰もがその日を生きる為に忙しいことを知っていたから、面倒をかけまいとして。
トゲトゲももしかして、僕が解体の練習を始めたから邪魔をしないように遠慮してくれている、のかな
「……トゲトゲ?」
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「えっと……さっきはちゃんとお礼言えなかった気がするから、その、ありがとう。ほとんど一撃で倒してくれたんだよね? 損傷がほぼ無いからきっと高く買い取ってもらえ……この言い方はなんか現金すぎる……? ええっと、とにかく、すごい助かるよ! 今度はトゲトゲが戦ってるところも見たい、な~……?」
「…いっぱい褒められるとトゲトゲ、びっくりしちゃう」
トゲトゲは首もとのもこもこに顔を埋めて隠してしまった。仮面や声からは表情が読み取れないので間違えてしまったかもしれない、と慌てる。
「えっ、あっ、嫌だった……!?」
「ううん、びっくり…照れた。お兄ちゃんが喜んでくれるとトゲトゲも嬉しい」
「僕もみんなに何か……ちゃんとしたお返しとかできたらいいんだけど……」
「じゃあ撫でてほしい。いっぱい」
「撫でる……それだけでいいの?」
「お兄ちゃんに撫でられるのが一番、好き」
「それが一番なら……あ、宿で着替えてからにしようか……」
トゲトゲの期待の眼差しは今すぐにでも触れたいのだと物語っており、それに応えようとして自分の掌を見れば真っ赤になっていて流石に今はできなかった。
「えーズルい、僕も撫でられたーい」
「バ、バクも!?」
それは完全に予想外だよ




