□第34話 属性は盛ればいいってもんじゃない
受けた依頼は
・魔物避けの杭の交換
・スカーレットベアの駆除
・盗賊狼の駆除
・キラーキャタピラーの討伐(損傷が少ないと報酬が増える)
ブラックドッグを召喚し魔物避けの杭の匂いを覚えさせ、探しながら町の外に広がる広大な森を探索する。
町の近くはきちんと管理され間伐もされているので見晴らしがいい。古い杭は回収し新しい杭を埋めては周りの地面を踏んで固めておく。
それから肝心の召喚を行う為に町から離れ木々の密度が増えて濃く深い森を進み、ヴィルは大木を背に短杖を構えてイメージを練る。
「やっぱそろそろ女の子を呼ぶべきじゃないかな」
「このまま人外ダラケなのも捨てがたいデス死ね」
「あんまり鬱陶しくない感じの子がいいよね。うちの人外女子けっこうやんちゃな子が多いから、どうなんだろ」
「胸に媚びるなと怒られそうデスねェ………しかし女を呼ぶなら手始めに巨乳がいいデス」
「そうそう、胸のささやか~な子はその次くらいに仲間になる偏見ある~」
「あと性格が過度極端なのは止してほしいデスね~御し易く無いと面倒デス死ね」
「し、静かにしててもらえる……? 変なイメージ混ざっちゃいそうだから……!」
僕の両脇であれやこれと要求してくる二人。全く集中できない。
この召喚がかなり過剰な強さの人を呼ぶものだと言うのは理解しているので慎重にイメージを練りたい。バクなんてずっと帰還しないし、相手の都合によってはずっとそこに居ることになるのだから────
「人外娘にしたってほぼ人間だと人外の強みが無いデスからね!一目で人外なのが伝わるようにお願いしますヨ!」
「僕は露出控えめの子が好みだからよろしくね!」
「やめてってば!? くっ……このままじゃ埒が明かない!」
「無数の敵と戦ってる時の台詞じゃないデスか」
二人がちょうど静かになったタイミングを見計らい────今だ!
「女女女!」
「人外人外人外!」
「巨乳!」
「ああああ流れ星じゃないんだぞ僕はーっ!!」
詠唱が頭に浮かび上がるその瞬間に色々と割り込まれ、そして詠唱の構築が完了してしまい、するりと口からこぼれ出る
「────“我が妹よ、毎朝我を優しく揺り起こしたまえ”──うわあああ!! やっぱりなんか変になったぁ!」
バッチリ二人に聞かれる形ですごい詠唱が出てしまった。回を重ねるたびに変になってってる気がする。この前の分身を作ってくれたオクタを召喚した時もかなりの長文だったし
顔から火が出るような羞恥は怒りと見分けが付かなかった。猛烈に恥ずかしい。哀れむような目で見ないでほしい。
「ああ…弟と女のイメージが混ざっちゃったか…」
「何かスンマセン………」
さすがに申し訳なさそうな二人。
もう召喚は止められない。巨乳人外妹が召喚されてしまうのだ。
杖は光らない。バク達を召喚する時は決まってこうで、つまりは背後に現れ
────ずしん。
重さが森に響いた。震源は僕の真後ろ、枯れ枝が踏み折れる音と樹皮に大きな爪が食い込む音が耳を突く。
大きい。頭上から聞こえる獣の吐息。これはスカーレットベアが背後に迫っていたと考える方が、自然──
ハッと振り向けば、想像は外れてスカーレットベアなんかではない“何か”が大木の影からぬぅと姿を現す。
四つ目の仮面、頭部には湾曲し前方へ突き出す巨大な角とまるで二つに結んだ髪のように揺れる甲殻。
僕が両手を広げたくらいはある巨大な胸の横幅。丸太のような太い手足に鋭く大きな爪、背後にはまた大木の如し巨大な尾が二本。“何か”と聞かれれば返答に困るが、印象としては“ドラゴン”────
「やっと呼んでくれたね…お兄ちゃん」
「でっっっ…………」
仮面越しのような僅かにくぐもった声は想定されていた妹のそれではない、男声寄りの中声
シノノメの海の荒くれ冒険者より頭一つ飛び抜けて大きかったドレッドを優に越える巨体。距離が詰まれば胸のせいで顔が見えない。
絶句。
「「ツインテール仮面巨女ロリ妹属性ドラゴン人外娘だとォ!?」」
二人は絶叫。
────なんとか一行は冷静になる。
巨大な妹ドラゴンはちょこんと膝を揃えて地面に座った。それでも僕より大きい。
「え、えっと……お名前は……?」
「トゲトゲだよ。もう、お兄ちゃんは忘れん坊なんだから」
「い、いや僕は……もがっ」
「お兄ちゃんっていう体でいかないと危険だからお兄ちゃんになるんだ、わかったね?」
バクに口を塞がれて耳打ちされる。僕は今からお兄ちゃんになることが決まってしまった。
「でもお兄ちゃんがトゲトゲを何度忘れても、何回だって教えてあげるから大丈夫」
「あ、ありがとう……?」
「お兄ちゃん、トゲトゲが必要で呼んだんだよね。何でも言って。何でもするよ」
「あ……この魔物をなるべく沢山狩ってもらいたくって、頼めるかな」
依頼を受ける際に貰える目的の特徴なんかを絵や図で記した資料を差し出すとトゲトゲは大きな爪で器用にそれを受け取って眺める。資料が紙くずかミニチュアに見える。
しげしげと熱心に資料を読み込んだトゲトゲが顔を上げて、バクの方を向き
「…ね、お兄ちゃん」
「んー?なんだい」
「どっちがいっぱい狩ってこれるか、勝負。しよ?」
「あ~僕今ちょっと目立っちゃダメって言われてるからできないや、ごめんよ」
むぅ、と小さく唸ったトゲトゲは次にドレッドの方を向いて
「じゃ、お兄ちゃんは?」
「オニーチャンこれから他の町に行かなきゃなンないのでまた今度デスね~」
「あ、みんなお兄ちゃんなんだ……」
全員お兄ちゃんという異常地帯になってしまった。
「しょうがないなぁ…、じゃ、お兄ちゃん、行ってくるね」
「あ、一緒に探すよ」
「お兄ちゃん優しい。でも今日はおやすみしてて、トゲトゲがいっぱい役に立ちたいから」
「そ、そう? じゃあ、よろしく……」
「うん」
トゲトゲはぬっと立ち上がり遠くへ狙いを定め、脚に力を込め、一瞬にして跋渉する。突風と枯れ葉を派手に巻き上げてあっという間に姿が見えなくなる。
「……あ! ぜっ、絶滅はさせちゃダメだからねーっ!?」
やりかねないと気づき慌てて付け加えるが、届いたかどうか怪しい。




