第33話 女の気配はキケンな香り
前話にて「えっ!?」となってくださった方々ありがとうございます!
「えっ、ヴィル……くん、お兄様がいらっしゃったのぉ……?」
「え、あの、まぁ……はい、実は」
スオナもヴィルも歯切れが悪い。
ヴィルも今までの経験からこれはすぐに話を合わせた方が面倒が無いな、と判断した。
「兄弟と言っても遠く生き別れて血の繋がりも薄いんですけどね。つい最近に再会できたので一緒に旅をして回ってまして……ヴィルから“竜の背”の話はよく聞いてましたから、スオナさんにこうして会えたのも何かのご縁かもしれませんね」
「え゛っ……ぅ、そう、なん、ですかぁ……ち、ちなみにどんなお話をしたんですかぁ……? ヴィルくん?」
「えっ、あ、そんな、大したことは……ね?」
急に僕に話を振らないで……! 咄嗟に話を組み立てるのなんてやったことないんだから!
僅かに顔を引き攣らせたスオナからひしひしと『余計なこと言ってないだろうな?』の圧が伝わってくる。
バクへ助けを求める視線と一緒に話を投げ渡す。バクは仕方ないなぁって感じに肩を竦ませて話を続けた。
「“竜の背”の功績の数々やそれを縁の下から支えられることを誇りに思っていました。僕との旅に際して脱退してしまったようですが、ヴィルにとって本当に忘れられない経験になったと思います。面倒を見て頂き、ありがとうございました」
「あ、いやっ、そんなぁ、当然のことをしたまでと言いますかぁ……! 私なんかは特に心配してただけっていうかぁ! ヴィルくんにはと~ってもお世話になりましたしぃ! ねっ!?」
「は、はい」
深々と頭を下げるバクにわたわたと困惑するスオナ。ありとあらゆることが畳み掛けてきたのだし困惑しても仕方ない。僕も困惑しているのだから。
バクは顔を上げて申し訳無さを滲ませた柔らかな笑みをスオナへ投げ掛けた、そっと手を取り握手を交わした。
スオナがまた恋に落ちる音がした。
「折角の機会でしたが、僕らの旅もまだまだ半ばですのでこの辺でお暇させていただきます。また、どこかでお会いした日には是非スオナさんの英雄譚を僕に聞かせてくださいね」
「ぁううっ!? よ、よ喜んでぇ! ああああお困りのことがあったらいつでも“竜の背”を頼ってくださいねぇ……!!」
別れを告げスオナは小走りに去り、バクはヴィルを連れて冒険者ギルドへ────
通りを駆け適当な所でスオナは一息つく。一息ついたくらいではたわわな胸をときめかせる鼓動は収まらなかった。
「───は、はあぁわぁ~~っ!! 手、手、手繋いじゃったぁ……! 手おっきかったぁ……! チンチクリンにあんなかっこいいお兄様が居るなんて聞いてないんですけどぉ!? え~~嘘ぉ……どうにかうちに来てくれないかなぁ……!?」
「どうしよ~~ルキくんより童顔っぽくて睫毛長くてかわいい系なのに脚が長いの良すぎるよぉ……おまけにめっちゃ強いってマジぃ!? 着込んでて分かりづらかったけどルグナくんくらい筋肉密度すごかったし……魔物にも薬草にも医学にも政治にもファッションにも詳しい特大天才じゃん……! “適性”ぜんっぜん宛になってないじゃん!」
「とんでもない有料物件なのにぃ~~!! うわ~~んルキくんのバカっ! なんでチンチクリンを追い出そうなんて言ったのぉ!?」
「はっ……このまま誰かがチンチクリンを無理やり連れ帰ったらバク様に嫌われちゃうんじゃ……!? え~~~~やだやだやだぁ!! も~ど~しよぉ~っ!?」
スオナの慟哭は虚しく響いた。
────して、ヴィル一向に話が戻る。
ドレッドが息も絶え絶えに笑い転げていた。骨なのに。
「ヒーッ!なんデスあの空間!二人して鉄砲くらった人間みたいな顔してマァ!ハーッ白々しい人たらしにまんまと掻き回されてくの、外から見てるのはオモシロいデスね~~」
「やだなぁ、スオナさんのこと知りたかったのは本音だよ」
「にしても、なんであんなバレそうな……」
超長身のドレッドが大笑いしてるのは迫力がある。他の人には見えなくてよかった。すごく目立つ。
僕は早くも疲れ果てた。
「どーせヴィルくんの家族構成ナンテ誰も覚えるほど興味なんて無かったんで死ョ。仮に兄は居ないって話をしてたと死て、生き別れ設定ならどうとでもなります死ね」
「そういうものかなぁ……あ、そう言えば、なんでスオナが僕とバクの繋がりを知ってるって分かったの?」
「開口一番に名前を呼ばれたんだ。僕は噂にはなってるけど冒険者達に名前を教えてない、シノノメでも通り名でしか呼ばれてなかったろ?」
「確かに……周りに名乗ってなければ名前はギルドの職員と依頼主にしか知られないはず……」
「で、僕の名前と容姿が一致してるのなんてギルド職員しか無いってワケ。天下の“竜の背”なんだからギルドと繋がっててもおかしくなかったんだ」
ギルド職員には他人の耳に入るような場所では冒険者の名を呼ばない規則がある。依頼受注の際の書類も覗き見は出来ない。
多くの冒険者は名を馳せることを良しとしているので名乗らない冒険者は珍しい方だ。二つ名通り名文化は名乗らない冒険者のことも話のタネにする為に生まれたようなもの。
「バクの名前を知ってるならパーティーを組んだ記録のあるヴィルくんとワタシの情報も漏れてるワケデスか。内部情報を漏らす職員なんて大問題デハ?死なせマス?」
「んーん、上手く使えば撹乱になるんじゃない?て、ワケだからドレッドちょっと違う町で依頼やってきてよ」
「エーーッ!またワタシが貧乏くじ引いてるじゃないデスか!!」
「だって僕ヴィルくんのお兄ちゃんだもん、一緒にやらないとバレちゃうよ。てかそんなにヴィルくんと居たいの?」
「バクチばっか目立ってるのが腹立つだけデス!いいんデスかヴィルくん!?コイツと組んでも魔物は殺してくれませんヨ!」
「ええ……じゃあ採集依頼受ける?」
「いいねぇ」
「違う違うそうじゃナイ!」
「殺しは罪悪感を伴ってやるもんじゃないよ、相手に失礼じゃん」
「なァ~にが罪悪感デスか!死ね!討伐系の方が報酬がウマいで死ょ!ヴィルくんもお金必要デスよね!?」
「う、う~ん……バクが目立たなければいいなら……他の人を召喚してみる、とか……?」
「「それだ!」」
かくしてヴィルはバクとパーティーを組み、報酬の良い依頼を幾つか受けて町の外へと繰り出した。




