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第30話 アナタの勝利はどこから?ワタシは拳から

 不意の背後というか最早頭上からの声にクジマは驚いて振り返る。見上げる。まだ顔に辿り着かなくてさらに見上げる。


 笑顔の道化師面を被った超長身の男には流石のクジマも面食らって言葉を失った。


「なっ、あ、アンタは……ああ、ここらで噂の“海の死神”ね……? まさかコレと知り合い?」


「改めて面と向かってそう呼ばれるのは恥ずかしいデスネ……かく言うアナタはかの“竜の背”のクジマサマ!同じ魔術師としてお目にかかれて光栄デス。魔術師を志した日にはアナタの功績や論文の数々を読み耽り深く感心していた次第デスから……」


 ドレッドはクジマの高さに合わせるよう深々と丁寧なお辞儀をする。

 クジマはヴィルを捕らえられた余裕と、頭を下げられたことに気を良くしたのか表情は元通りの若々しい美貌を取り戻していた。


「して、そんなクジマサマがヴィルくんに何のご用事ガ?何やらただ事では無い様子……」


「ええ、申し訳ないけれどこの子には“竜の背”での横領の前科があるの。その件で連れていくわ」


「横領!?いやはやまさか、何かの間違いか誤解デショウ、ヴィルくんは何もしてませんヨ!」


「……あなたは何も知らないでしょう?」


「ヴィルくんはそんなことをするヤツじゃないって知ってますヨ」



 今までの会話を聞いていたのか。

 狙い澄ました返しの得意気な気配はクジマの琴線に触れた。


「あのね、コレが横領した証拠が山のようにあるのよ。あなたがどう思おうと確定していることなの」


「ハテ、山のように証拠があるのにかの“竜の背”の“最高適性”をお持ちの皆々様方の誰一人もが“適性皆無”のヴィルくんの犯行現場を取り押さえなかったのデス?不思議デスね~?」


「なっ……! そ、それは取り押さえるまでもないくらい証拠が上がってたから……っ」


「もし、免罪だったらば真犯人はのうのうと横領を続けられマスよね?しかもどの手口がバレたのかも学習されるんデスから被害は増えるデショウし…現行犯で捕らえないのはイササカ可笑しいのデハ?」


「コイツが居なくなってから被害が無くなったのが何よりの証拠よ!!」


「被害が無い、と言う確認をしているのは何方なのデスかね?アナタが直接一つ一つ手作業で確認したのデ?帳尻合わせなら犯人が複数であればあるほど簡単になるのデスよ」



 ドレッドはけろりとした態度で、ちょっとした雑談のように詰めていく。対してつい今さっきまで機嫌を取り戻していたクジマがみるみる不機嫌になっていくのを感じる。


「お気持ちは分かりマスよ?ヴィルくんに罪があった方が便利デス死ねェ?」


「────詭弁は結構よ!! アンタは所詮部外者、口出し出来る立場に無いの!」


「オヤ、部外者と言うのは追放されたヴィルくんもデハ?」


「それが詭弁だって言ってるの! コイツが犯人かどうかなんてまた調べてやるわよ、それで満足でしょう!?」


「申し訳ないのデスが、彼とワタシはパーティーを組む間柄。通すワケにはいかないのデスよ───此処は一つシノノメ流に、正々堂々と…喧嘩で!白黒つけまSHOW!」



 ドレッドが大きな声で喧嘩を宣言すると街行く人々が反応し、いつの間にか人だかりに囲われていた。喧嘩のスペースを確保するように距離を開けて人の壁ができあがる。魔術師同士の喧嘩はとても珍しいようだ。


 クジマは大きな舌打ちをしてドレッドを睨む。


「私とやろうって言うの? 正気かしら」


「時間が惜しいと言うのならワタシの不戦勝ということで手打ちにして差し上げマスよ?」


「────“万物万障を拒む壁よ、檻となれ”」



 杖を構えたクジマの詠唱が人だかりを押し退けるように広まり分厚い魔力の壁を張った。ヴィルも外へと押し出されたがもちろん拘束はそのままだ


「加減は無しよ、私の時間を無駄にさせた罪の重さをその身で味わいなさい」


「ええ、薄味じゃないことを願いマス♡」



 ドレッドも杖を構える。というか大鎌以外も持っていたんだなぁ。それにしても安っぽい杖に見えるけど


「何よその安っぽい杖! そんなの使ってて恥ずかしくないのかしら! 魔術師の恥も良いところよ」



 クジマにも安っぽさが伝わったらしく鼻で笑っている。野次馬も確かにと笑っている。


「デハ皆々様方、この杖をよ~く覚えていてくださいネ~これからこの杖であの女の頭を垂らして見せマス!」


 ドッと野次馬が沸き立つ。

 同時にクジマの苛立ちも頂点を迎えた。



「“焼き尽くせ”!」


「“押し流せ”」


 障壁内を満たす爆炎に野次馬から驚きの声が上がる。クジマの炎属性魔法は最大火力となれば竜をも骨も残さず焼き尽くす。生身で受けられる物では到底ないが、ドレッドは水属性魔法の水流の壁でそれを防いでいた。


「短縮詠唱……それくらいは出来なきゃ“海の死神”なんて大それた二つ名は付かないわよねぇ」


「それ恥ずかしいので止めてもらえマス?」


「──“凍てつき、貫け”!」


「“砕けよ、吹雪け”」



 ドレッドを守っていた水流が一瞬で凍りつき氷の槍となってドレッドに襲いかかったが、寸前で粉雪のように細かく砕けて散り、突風が粉雪を巻き上げて視界を真っ白に染め上げた。

 しかし目眩ましは“マナ感知”が行えるクジマの前では無意味──


「──“焼き尽くせ”っ!!」


 障壁の内部の色と温度は目まぐるしく変化する。

 吹雪は瞬時に消え失せて灼熱に塗り替えられた。


「お遊び程度じゃ埒が明かなそう、ね……」


 炎が消える視界が開けばそこに居たはずのドレッドが居ない。正確にはクジマの視界“には”居ない。


 野次馬が熱を持ってどよめく。

 その騒ぎを察してクジマが振り返る頃にはドレッドは杖を振り上げていて────


「“暴力だ”ァ!!」


「ぐ、ぅぶあっ!?」



 杖でぶん殴った。女性には、とかそういうの一切無く振りかぶって頬をぶん殴った。

 クジマは吹き飛んで障壁にぶつかり、跳ね返って地面に伏した。


 目を丸くして静まり返る観衆の目をドレッドの勝利宣言のように上げられた両の拳が惹き付ける。

 ワンテンポ遅れた熱狂の歓声が沸き立つ。魔術師同士の喧嘩は珍しいがやはり暴力こそがシノノメの住人を掻き立てるのだろう。


「はっ、ちょ、待ちなさいよ……っ! アンタ、杖で殴ったの!? 魔術師がそんな野蛮な真似してっ、恥ずかしくないの!?」


「魔法ならちゃんと使ってマスよ?ほら、杖に“術式付与(エンチャント)”して重く、頑丈に」


「っの……! “縛れ”っ!!」


「ほいっ」



 クジマの“複合束縛魔法”が放たれたがドレッドはそれを杖で弾いて消してしまった。唖然とするクジマを他所にドレッドは杖を見せつけるように先端を摘まんで両手に持つ。


「キチンと術式付与(エンチャント)してやればその辺の海で拾ったテキトーな流木でも魔法を弾けるんデスよ、覚えておきましょうネ♡」


 「へ~!」と観衆が感心の声を上げる。あれは杖ですらなくただの棒だったらしい、どうりで安っぽいわけだ。


 ドレッドは簡単に言っているが、熟練の魔術師が放つ魔法は展開形成までの速度も段違いに速く、弾くなんて芸当はやろうと思って出来ることではない。



「一方的に殴るのは印象悪いデス死ね、“立ってください”?」


「っく、あっ!?」


 地面に座り込んでいたクジマがスッと立ち上がる。その反応から意に反した動きであることが見て取れた。


「偉いデスね~、デハ今度こそ加減は無しでお願いしますヨ」


「……ッッ馬鹿にしやがってぇ!! 消し炭になりなさいっ!! “天地焦がす煉獄の焔よ────」


「……! ドレッド!」



 クジマは暴力を警戒し自身に障壁を張ってから詠唱を始める。すると周囲のマナが吸い寄せられ、熱と光を帯び始める。

 これこそが最大火力、クジマの“極魔法”この障壁も恐らく耐えられない強大な破壊をもたらす


「──我が眼前の一切を灰塵に──”」


「詠唱が長ァいッッ!!!」


「ぎゃほぉあっ!!??」


「ええっ!?」



 またぶん殴った。クジマの身を守っていた障壁を粉々に粉砕して再び杖みたいな流木が頬を打ちクジマを薙ぎ倒した。

 歓声がまた上がる。


「時代は無詠唱(暴力)デスよ!」

「もうそれはただの暴力だよ!?」


「ゆ、許さない……っ絶対に許さないわよアンタ達……っ!!」


「達!?」


 僕も許されない対象に入ってしまった。

 すると突然障壁が消えた、解除された。驚く間も無くクジマの詠唱が僕へ向けられていることに気が付いた。



「──“焼き尽くせ”……っ!!」


「えっ」



 歓声が悲鳴に変わった。



「“彩れ”」


 そしてすぐまた歓声に塗り変わる。

 爆炎は色とりどりの花火と化してパチパチと散り、お陰で観衆は軽い火傷で済んだ。


「おっと失礼、守り切れませんでしたネ。お詫びに派手なの一発キメますのでご容赦を!いきますよ~せーのっ」


「また……っ“万物万障を拒む二重の壁よ──!」



 ドレッドは棒を僕に押し付けては拳を握り締めて踏み出す。クジマは直ぐに二重の障壁を展開したが



「アァ~~ッ!!敗者の音ォ~~ッ!!」


「ぎゅぶぉあっ!?」


 壁を壁とも思わぬ強烈なアッパーカットがクジマの顎をかち上げて宙へぶっ飛ばした。おおよそ魔術師がやることではないが観衆にとってはそんなことはどうでも良かった。派手に、爽快に、明快に勝敗が決まることがシノノメにおける“喧嘩”なのだ。


「魔術にかまけて体術を疎かにするなど冒険者としては三流デスネ」


 骨なのに説得力がある。やはり実力が物を言うんだ。

 そうこうしていたら拘束魔法が解けた。クジマが気を失ったのだろう。


 興奮冷めやらぬ野次馬達が噂話で余韻を楽しんでいた。


「コイツらなんで喧嘩してたんだ?」

「最初から見てたけど、そこの女が少年に濡れ衣着せて無理やり連れてこうとしてたのを“海の死神”が助けてたんだ」


「濡れ衣だぁ!? そいつは粋じゃねぇな」

「この人、もしかして“竜の背”のクジマじゃないか?」

「そういやコイツら“竜の背”がどうとか話してたな……」


「知ってるか? ちょっと前に“竜の背”が痴漢泥棒したって話……!」

「なんだ? つまり痴漢泥棒の罪を少年に擦り付けようとしてたってことか?」


「“竜の背”の団員の女が子供に痴漢したってマジ?」

「しかも鎖で縛り上げて罵ってたんだとよ!」

「痴漢っつーかプレイじゃねーかすげェな……!」



 瞬く間に尾ひれが付いていくのを見てしまった。こんな風に事実は捻じ曲がっていくのかと戦慄した。


「あわわ……またとんでもない話の広がり方を……」


「この女は適当な店で休ませてやりま死ょ、情けをかけて屈辱ポイントを倍にしてやるんデス」

「う、うーん、確かにこのまま放っておけないけど……」


 ぐったりと伸びるクジマを前にどうしたものかと悩んでいたらポンポンと方を叩かれた。

 振り向くと見慣れない明るいブラウンのベストにキャスケット帽を目深に被った長身の男性が微笑んでいて


「お疲れ~」


「あっ、バク? その格好は……?」


「裏方に徹して見物してたのさ」

「ああ…通りで火の回りが早いと思いマシタ」



 シノノメでは件の噂はまだ入って来てなかったらしく、バクが方々で広めて回っていたそう。

 面白い噂の渦中の女と、一躍有名人となった謎の新人冒険者“海の死神”の喧嘩とあれば盛り上がるのも仕方がない。


「さっ、クジマが起きる前にさっさと次の目的地へ向かおうか。どこ行く?」


「えっと……その前にちょっと寄りたい所があって……」


 クジマを近くの店に迷惑料と共に預け、十分に距離が取れてから話を続ける。



「弟のお見舞いに行きたいんだ」

30話毎に章で区切ろうかな~一段落です。

面白かった!続きが気になる!と思ってくださったら是非評価★★★★★★やブックマークをお願いします!嬉しくなります!



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