第28話 不意打ち
召喚獣の動きは完璧に警戒されているため、不意を突いてバクに腐食の毒を食らわせるには捨て身でなくてはならなかった。
その際に何らかの攻撃を受けて動けなくなることも予測できた。
そこをカバーする為にこの“臭い”を同時にバクに付ける必要があった。
バクの鋭い蹴りが放たれるが間一髪でブラックドッグがヴィルの首根っこを咥えてその場を離れる。
すぐに追ってくるが異変に気付く。
「ははぁ、この臭いのせいか!」
急接近する多くの気配。海岸の魔物達が一斉に寄ってくる。
バクに付けた臭いの正体は“獣寄せの香”、魔物が好む臭いで誘引する道具。今までの倍以上を相手取らせることで時間を稼ぎつつ、激しい動きで毒の巡りを早まらせる。
「でも、いい加減わかるだろ?コイツらは僕の敵じゃあない───」
爆発のような蹴りが魔物の側面に突き刺されば粉々になった肉片や骨が散弾となって周囲を薙ぎ払った。
足が無数のトゲを持つ“海嵐”の横腹を貫いて死骸を持ち上げたかと思えばヴィルに向けて蹴って寄越した
巨大ブラッドスライムがそれを受け止める──
「武器だ」
爆発。横腹の穴に仕込んだ爆弾で内側から破裂させ、海嵐のトゲを四方八方へ飛び散らす。
ブラッドスライムは面の衝撃には強いが点の貫通には弱い、ある程度威力を弱めることができたがトゲは突き抜けてヴィルの脚や腕に突き刺さった
「胃に穴を開けてやろうと思ったんだけど、やっぱりちゃんと狙わないとダメだね~」
「づ、っぐぅう……っ!」
バクを蝕む毒の持ち主はヴィルの胃の中に居る個体だ、それを始末すれば体を巡る毒も全て消え失せる。それがバクの狙いだ。
海嵐のトゲには細かい返しが付いており無理に引き抜けないのでそのまま貫通させて取り除く方が負担が少ない。ヴィルは痛みに奥歯を食い縛りながらトゲを抜く、迷う暇は無い。
次々と死骸の散弾が襲い掛かってくる。まさに惨劇だがそんなことに一々気をやっている余裕も無いので絶えず召喚獣による物量でバクを食い止めにかかる。
バクの足が魔物達を踏み荒らす。魔物に紛れた召喚獣には特別警戒を払い、ことブラックドッグへは二種類の対応を行う。
一つは顎を潰し、手足も折る。
二つに腹を蹴り大打撃を与える。
───バクは戦闘が始まる前から既に召喚されていたブラックドッグを覚えている。
この何もかもが入り乱れた戦場で正か否を見極め続けている。始めから居る個体にはヴィルや“獣寄せの香”と同じように体内に仕込みがあると判断したらしい。
「が、っぎ……ぃっは……っ!!」
ブラックドッグ達から伝わる苦痛に声とも言えない音で呻く。頭が痛みに拒否反応を示す、意思に反して体が痙攣して胃の中のブラッドスライムを吐き出しそうになる。
痛む度にどうしてこんなことをしているんだろうと怒り混じりの疑問が沸いてくるけれど、こんなことは“竜の背”で何年もやってきた。
誰かの為じゃない、自分の為の苦痛と思うと不思議と止めようとは思えなかった。
「う゛っ!? ぐあぁっ!」
飛んできた“トキシックニッパー”の巨体を避けたと思いきやまたも破裂、鉄板のような甲羅がヴィルの全身を強く打ち付けた。
ブラックドッグの背から突き飛ばされて砂上に転がり、手にしていた杖を落とす。
杖を拾おうと伸ばした手の甲にトゲが突き刺さった。バクが蹴って飛ばしてきた、すぐに二射三射が飛んでくるがブラックドッグが身を挺してヴィルを守った。
杖はマナの収束や方向指定の補助を行う魔道具で、“適性”の低いヴィルには必須であったが、拾いに行く余裕は無い、やるしかない、やれなきゃ負けるだけだ。
引き抜いた海嵐のトゲを握り締める。
「───“漆黒の牙達よ、我が敵に罰を”!!」
新たな詠唱。真っ黒な光が一瞬辺りを覆った。その光の中をも突っ切ってくる音、バクは召喚の隙も許してはくれない────!
衝撃に備えて身構えたヴィルだが、衝撃はおろか破片の一つも触れなかった。
ハッと顔を上げると巨大な黒い影がヴィルに覆い被さっていた。
影が体を起こし、光が差せば全貌が明らかになる。
「……“ヘル、ハウンド”……?」
「ヴルル……」
ブラックドッグの倍以上は優にある巨大な黒い犬。手足や背、尾の末端は赤く燃え盛り爆発の熱を吸収しているようだった。
「げぇ、っ…はぁ、いいタイミングの進化だね。こりゃ本格的にやらないとだ」
「……やっと、バクに少しだけ並べた」
「いつか本気の僕を倒せるくらいに強くなってほしいなぁ」
ほとんどの魔物を蹴散らしたバクが立ち止まりどす黒い血を吐き捨てた。片目が酷く充血している、毒は確実に回っている。
ヘルハウンドはヴィルを咥えてひょいと投げ、背中に乗せる。炎のたてがみは炎同然の高熱を持っているのだろうがヴィルには温かく心地よかった。
「ま、今回も勝ちを譲る気は無いけどね!」
どん、と大きく砂が蹴り上げられバクが急接近する。
「今度こそ……君から勝ちを奪ってみせる…っ!」
ヘルハウンドが大きく息を吸い、炎の息吹を吐き出す。前面を広く焼き払う炎を真っ先に突っ切ってきたのは、ナイフ
「カァッ!」
「いい反応だ」
ヘルハウンドは牙でナイフを弾き、次いで炎を抜けてきたバクの蹴りを前肢で受け止めた。力は同等
バクは体を捻りヘルハウンドの前肢を受け流して駆け上がりヴィルを目指す。
それを巨体による体当たりで阻止した、が
「ガアァァッ!!」
「痛゛づ、ぁ……っ!!」
バクは拘束された後ろ手に海嵐のトゲを隠し持っていて、体当たりされた拍子にヘルハウンドの左目に突き刺した。
そのトゲを持ったままぐるりと回転し、勢いをつけてヴィルの頭上へと跳ね上がる。
「あ゛、ぅが───炎ぁっ!!」
「ヴルルァッ!!」
頭の奥まで掻き回されるような痛みを堪えて声が裏返るほどに強く叫ぶ。呼応したヘルハウンドが頭を持ち上げてバクを炎で呑み込んだ。
「飛べっっ!!!」
ヘルハウンドは飛び上がりバクを迎え撃つ。回転を加えた牙の一撃が───バクを捉えた。
牙が背中に食い込む。バクは寸前で身を丸めて下顎に足を突っ張らせて耐える。
「あ、は、はっ!一緒にぶっ飛ぼうか!」
「─────あ゛」
内側からの爆発。バクは逆にヘルハウンドの口内へと体を押し込めて自らも巻き込む大爆発を起こした。
熱こそ無効にしたが、体を内側から震わせ、膨張させ、直接内臓を叩きつけてくる衝撃に一瞬意識が飛び、目を覚ますと同時に襲い来る吐き気
ヴィルはブラッドスライムを吐き出してしまい、間髪入れずに飛来したナイフが核を寸断した。
バクは爆発の衝撃によってヘルハウンドの大顎から逃れ再び宙に身を翻していた。
胃が何度も跳ね意識も朦朧とする最悪の状態だが、伝わってくる、ヘルハウンドがまだ戦えると闘志を燃やす熱がヴィルを叩き起こす。
力強く四肢が砂を蹴り、もう一度飛びかかる。空気を焦がす炎をバクへ吹き掛けると連鎖する炸裂がそれを薙ぎ払う。
爆煙の目眩ましはバクの味方をし、回転蹴りがヘルハウンドの顎を蹴り上げた。脳が揺れ昏倒しかけた隙は見逃されない。
ギロチンのように真っ直ぐ落とされた足がヘルハウンドの頭蓋を打ち砕く。衝撃で跳ねた背からヴィルがバクの方に向かって投げ出される。
バクは微笑み、膝で待ち構える
「はは、惜しかっ」
「お……───
───お兄ちゃん……っ」
「、た、ぇっ?」
バクは突っかかった変な声を上げ目を丸くした。
初めて出会った日に、そう呼んでもいいと言われていたから。
そして当のバクも『そういえば、そんな風に呼んでもいいって言ったかな』と一瞬、過去に意識をおいて“しまった”
『刺す時は刃を横に寝かせるんデスよ』
二人はもつれ合ったまま砂浜へ落ちて勢いのままごろごろと転がった。
バクの驚いた顔が記憶の最後に焼き付いた
──────目を覚ます。
「……ぁ…っ!?」
飛び起きる。喉が掠れて『は』も出なかった。
海風が泥々の前髪を撫でる。
「……あ」
全身がべっとりとした赤に染まっている。
見下ろすと仰向けのバクの上に居たことに気が付く。
綺麗だった背広服はシワだらけになって、胸には深々とスミが作ってくれたナイフが刺さっていた。
「あ、あぁっ! バク……っ、ごめ……!!」
「……、…」
酷い同様、望んだ結果なのに途方もない罪悪感が込み上げて咄嗟に、本能的に、反射的に謝罪の言葉が出かけたが、バクの手が口を塞いだ。
声も出せない状態なのに満足げに笑っている。
“共感覚”が『楽しかった』と僕に伝える。
バクのまだ熱い手を取って、今本当に言うべき言葉を理解する。
「あ……ありが、とう……ありがとう、バク」
「………」
バクは咳をするようにこんこんと笑って、動かなくなった。




