第24話 言われてないことはやらなくて良い
ブラックドッグと“共感覚”で強く深く繋がる。そうすることでヴィルも優れた感覚を手に入れることができて攻撃指示のタイミングも完璧になりつつあり、背後からの強襲にも対応できるようになってきた。傷を負わずに済むようになってきた
と思っていたのも束の間で、ドレッドとバクが次々と魔物を追加してくるので結局肉を切らせて骨を断つような戦法にならざるを得なくなる。
傷だらけになって、ブラックドッグから落ちる度に治癒薬をじゃぶじゃぶに振り掛けられて、傷が治り次第次々と戦わされる。
“トキシックニッパー”に挟まれて傷口から毒が回り鼓動が早く、呼吸が難しくなり、全身が震える苦しみ
“海嵐”の飛ばす大きなトゲが脚を貫通した焼けるような痛み
“シージャッカル”の群れに全身を噛まれ振り回される恐怖
痛みには慣れてると言ったけれど“竜の背”の訓練よりも遥かに苦しくて痛くて怖い!
クジマと戦いなんてしなければこんなことしなくても済むのでは? そもそも何故“竜の背”と戦うことになっているのか
あまりの過酷さに弱音ばかりが頭を巡る。
「そろそろ心が折れてきたかな? もう止める?」
「う……止め……」
止めたい、やりたくないのが当然の本音だけどやってもやらなくても“竜の背”が立ち塞がる問題なことは変わらない。
弟に誇れる冒険者になるには捕まっちゃいけないんだ。凡才以下が何かを得ようとするなら手段を選ぶ余裕なんて、無い。
「止め、られない……“竜の背”に負けたくない」
覚悟、目標を改めて固めるヴィルの背後、散らばる死骸の臭いにつられてか続々とシージャッカルや様々な死肉喰いの魔物が集まり始めていた。
彼らは知っている、少年を仕留めてからでないと食事にありつけないことを。
「あはは、集まって来ちゃったね。じゃ今日はこれ全部何とかしたら終わりにしようかな?」
「……」
バクはけらけらと笑ってヴィルにその場を任せようとする。
『流石にそんなの無理だよ』と慌てふためく様は想像に易い……はずが、喚く声が聞こえてこない。バクが振り返って様子を見ればヴィルの表情は緊張こそあれど落ち着いて、迷いなく再びブラックドッグに跨がっていた。
一匹の魔物が駆け出したのを皮切りに一斉にヴィルに向かってくる。鋭い爪、いくつもの牙、毒針、嘴。どれも人を死に至らしめることが可能な凶器────
「──“ドレッド”魔物たちに死を」
瞬間、その場に張り詰めていた敵意や殺気の息遣いがプツリと絶える。魔物達がバタバタと砂浜につんのめり動かなくなる。
経験値がヴィルへと流れ込む。
「…おや、一体全体どーいうつもりデス?」
「えっと……ドレッドは僕が失格になった時に残った魔物をみんな倒してくれてたし…ルールの“追加の召喚は無し”は破られてない、よね?」
「ははァ、今気付いたんデス?」
「いや…二人に手伝ってもらう覚悟が無かったのもあるけど、二人に頼らなくても大丈夫なくらい強くなりたい気持ちも本当だから、そうしなかった」
バクの方へと振り返る。バクは驚いたような、嬉しそうな顔をしていた。
「…この街での僕の目標はクジマを倒せるくらい強くなることだけど、“僕一人で”とは言ってなかった……だから、僕は強くなる為に召喚獣を──
凡才以下が天才を越える近道を使う…!」
「………いいね、やっと楽しくなってきた。もうちょっと時間かけるつもりだったけど、仕上げに入っちゃおうか」
「それは急ぎすぎデハ?…っていうかただヤりたいだけじゃないデスかぁ~?」
「えっ、もう仕上げ? なにするの……?」
文句か何かを言われると思っていたが二人は乗り気な様子を崩さない。本当に使われることに何とも思ってない様子だ。
バクはいつもより濃く笑みを浮かべて、分かりやすく浮き足立っている。
「次の相手はこの僕、バクチクさ」
「…………えっ!?!? さ、さ流石にそんなの無理だよ!?」
「今それ言わないでよ…や、もちろん僕のハンデは盛り盛りにしておくよ?ドレッド、僕にいい感じの弱体化かけて、あと両手縛って」
「はいはい、ドーゾ」
ドレッドがバクを後ろ手に魔法で拘束した。
バクは弱体化を負った調子を確かめるように肩や脚を回す。
「うん、調子最悪。これならヴィルくんが死ぬほど頑張れば勝てるんじゃないかな?わかんないけど」
「え、あ、本当にやるの……?」
「“竜の背”じゃよくやってたんでしょ?君の召喚獣を倒してランク上げ」
「自分の召喚獣は倒しても経験値入らないよ!?」
「僕となれば話が別だよ、君から生まれたワケじゃないんだから。よしんば経験値が入らなくたって君は確かに成長できるさ」
バクは軽い足取りで距離を取りながらルールを説明する。
「ヴィルくんが使っていいのはワンちゃんとスライムくんだけ、数は無制限」
「戦闘はこの海岸一帯でのみ行う。君が気絶したらやり直し」
「君の勝利条件は僕を一回殺すこと」




