第23話 退路の用意は甘え
「暇だったので連れて来たのデス。その白っぽいヤツがさっきヴィルくんが倒したシージャッカルのつがいデス」
勝った、と油断した。背後からの強襲で左脚を浅く裂かれた。ブラックドッグがいち早く反応して避けてくれたからこの程度で済んだ。
三頭のシージャッカルはヴィルとブラックドッグを包囲して回り、背後を取った個体が次々と襲いかかってくる。
なんとか紙一重で避けていくものの三頭に囲われては常に最低一頭には背後を取らせてしまう。
「っ……走って!」
「ヴォンッ!」
包囲網を抜けて駆け出すが砂に足を取られる。
海岸を狩り場とするシージャッカルにはあっという間に距離を詰められてしまう。
「あはは、安心して戦いなよ。治癒薬とかはいっぱい買い込んであるからさ」
バクの言葉が意味するのはヴィルには“あの戦法”を主体とするしかない、という事実。
だがブラックドッグならばここまでの苦戦はしなかった。
────“共感覚”を研ぎ澄ませて、ブラックドッグと一つになることができれば?
召喚獣との距離が近いほど深く繋がれる、はずなのに痛みで意識が散らされる。ここは一旦治癒薬を飲ん……
「無いっ!?」
「残~念、没収済み」
ポーチに入っていた治癒薬がいつの間にか一つ残らず取り上げられていた。そこまでしなくても、と文句が込み上げてる間にも掠り傷が重なっていく。
攻めあぐねていたらシージャッカルが蹴りあげた砂がヴィルの顔に降りかかり視界を奪った。ブラックドッグは無事だったようだがヴィルは目を開けられない状態に
視覚を失ってはブラックドッグの動きを予測できずバランスを取れない。ぴったりとしがみついて少しでも邪魔にならないようにするのが精一杯だ
「あ、れ……?」
感じる。暗闇の中にシージャッカル達の気配が確かにある。
そうか、僕の感覚が余計だったのか。
自分の感覚を遮断して代わりにブラックドッグに全ての感覚と意識を委ねる。そうすると気配はより鮮明に感じられる。“共感覚”が研ぎ澄まされていく。
すると不思議なことに痛みが和らいでいく。
ああ、君はあまり痛いと思ってなかったんだね。
ブラックドッグ越しの感覚、世界を知る。痛みばかりを共有して知り得なかったものをようやっと手にいれた。
「攻撃っ!」
「ヴォオッ!」
ブラックドッグが狙うのは眼前の引き付け役の個体。この隙を突いて死角の強襲役が襲いかかってくる──これを僕がカバーすればいい。
目で見えなくともブラックドッグの感覚がシージャッカル達を捉えている。
ただ、来るのが分かっていても戦闘経験も訓練もほぼ無い僕の攻撃なんかを避けるのはシージャッカルにとって造作もないこと。だから極限まで引き付けなくてはならない。
爪が背中にかかる。まだだ
熱い吐息が間近に感じられる。まだ
ローブに牙が触れる。ここ
人も獣も好機と見て攻勢に出た時こそ最大の隙になる。
ナイフを背後目掛けて振り払う。切っ先は何の抵抗も無く肉に沈んだ。
大きな叫び声が上がるとブラックドッグと対峙していた引き付け役の個体がびくりと身を固めて、背を向けようとした。
『逃がすな』と本能が叫んだ
「今だ!」
ブラックドッグの大きな牙がシージャッカルを捉え、強靭な顎で細い首を簡単にへし折った。
二頭同時撃破、残るは────
真っ直ぐに此方へ駆けてくる。此方の反応が追い付かない程の全速力のままブラックドッグの牙と爪を避け、僕に飛びかかってきた
シージャッカルに突き飛ばされ、ブラックドッグから転げ落ち砂浜に投げ出される。
体の上にシージャッカルがのし掛かり前足で押さえ付けてくる。抵抗を試みようとしてナイフが手に無いことに気づく。
突き飛ばされた時にナイフを落としていた
──攻勢に出た時こそ最大の隙になる──
「う、あっ!」
ずらりと並んだ牙がヴィルの首に刺さる。
ヴィルを助けようとするブラックドッグには脇目もふらず白っぽい毛並みのシージャッカルは牙を弛めず頭を振り回してヴィルを仕留めにかかる。
振り回す度に牙は首を抉り傷を広げる、救助よりもヴィルの細い首が裂かれるのが先か────
「う~ん30点くらいはあげま死ょうカネ」
首が落ちる。
ごろりとシージャッカルの頭が転がって、体はヴィルの上に崩れ落ちた。
勝敗が決まればバクも近くへやって来て治癒薬の瓶の口を取り、中身をヴィルの傷口へ振り掛ける。
じゅくじゅくと泡立ちながら傷が治っていく。
「鎮痛効果付きのちょっと高いやつだよ。にしても惜しかったねぇ、家族を想う母の力は人の想像も越えるのかもしれないね?」
「ヴィルくん才能はありますヨ。“適性”なんかじゃ測れないイイ才能が」
この一連で僕に一体どんな才能を見出だしたのか……
治癒薬の効果で怖いくらいに痛みが引いていく。
「こうでもしないと君は真の意味で強くなれないワケだけど、…まだ強くなりたいって思えてるかい?」
「……」
「僕らは君の隠れた才能を知っている。それを生かすなら文字通り死ぬ気で、死んででもやらないとダメなんだ」
「死ぬ……気で」
「君に必要な物の答えは“狂気”さ」
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