第2話 あまり遠くまで行かないこと
元々荷物は少なかったので部屋はすぐに片付いた。
“竜の背”が軌道に乗って拠点を手にいれて、一人一部屋を与えられた思い出がこんな形で失われるなんて。
とにかくまずは冒険者ギルドに向かう。クランを抜けた報告手続きと僕でも出来る依頼を探さないと
「ああ、クラン側の手続きは既に完了しておりますので此方にサインだけください」
「あ、はい……」
手が早い。そんな速度で切られているとは、悲しさと意識の遠くなる感覚が蘇る。もっと前の段階から僕をクビにする案はあったんだろうな……
気を取り直し、最も低いランクの依頼を幾つか紹介してもらった。
・薬草(標準品質)の採取と納品
・琥珀燃料(標準品質)の採取と納品
・スライムの粘液と核の採取
「あ、琥珀燃料の採取なら今は西の森林がオススメですよ。スライムと薬草も付近に生息してると思います」
「そうなんだ……ありがとうございます」
諸々を終えた頃にはすっかり空は暗く沈み、街には明かりが灯る。優しい光に胸が詰まる。
もう此処に居られないかもしれないと言う疎外感のような、また居場所を失ったという恐怖に押し潰される閉塞感とも言えて
「そこのキミィ!!」
「えっ? ……え!?」
俯いてとぼとぼと歩いていたら不意に背後、頭上高い所から鼻にかかる陽気な声色で無遠慮に語りかけられた。自分が声をかけられたと理解できるくらいには近い声、だが振り向いた先にあったのはまるで黒い壁。
ぐ~っと壁のような体を上へ辿り声の発生源を見付ける頃にはヴィルの首はほぼ真上を向いていた。
大きい。大きすぎる。巨人とか大型種族なんじゃなかろうか。人間であっていいサイズ感では無い。
真っ黒なローブを着込んだ巨大な男。
「人生のドン底ってツラしてンねェ!!」
「え? いや、まぁ……」
「人生逆転して~よなァ、逆転するには金がいるよなァ~、ンで金を稼ぐにはやっぱ力!パワー!欲しいよなァ!!」
「あ、はい。はぁ……? なんなんですか……あなたは」
たじろぎつつ後退る。流石の僕も世間知らずのままではない、弱った心に漬け込んでくる人間が沢山居ることを知っている。幸いにもまだ街中、いつでも逃げられるし助けも呼べる。
此方の警戒心などどこ吹く風な巨大な男はバッと長い両手を広げて楽しげに。巨大なローブはコウモリの翼のように広がってヴィルに特大の影を落とす。
「通りすがりの親切なおにーさん、ですっ! 今にも死にそうな死にかけのツラのガキンチョに明日がハッピーになれるアイテムを売りにきたンよ~はいどーぞ!」
「ぅえ……!? う、腕輪……?」
ローブからぬるりと伸びてきた指の異様に長い手が想像してたより大分シンプルなデザインの腕輪を差し出してきた。
金属、のようだが光沢は無い。黒と赤の四角が交互に連なる模様が彫られている。
「今ならなんと金貨5000万枚!」
「あ、じゃあ要らないです……」
「え~~~~んウッソ~!ウソウソ!ただ!無料だから!プレゼントしまァ~す!あ、使うンならちゃァんと装備しないと意味がないゾ!一度ハメたらもう二度と手離せなくなるくらいバツグン効果はおスミ付きィ!」
「はぁ……」
「お守りとかナントカと思って持っといて~よ、弟キュン元気になるといーな!そんじゃ!」
無理矢理腕輪を押し付けては巨大な男は颯爽と雑踏の中へ消え……なかなか消えない、大きすぎて何処からでも見える。ああ、やっと曲がり角に消えていった。
ポカンと呆けて両手に握らされた腕輪を見る。
「……弟の話、したっけ……」
結局その日は少しでも節約しようと人目を避けて外で眠った。レッサーファング達を召喚して暖を取った。
────────
街を出て直ぐに広がる平原。一面に敷き詰められた草花の背丈は短く見晴らしが良い、遠くでは背の高い草食の獣が呑気に首を覗かせている。
「よし、ファング達は薬草を探すの手伝って」
「フンフン……カッ!」
乾いているが手持ちの薬草の匂いをレッサーファング達に覚えさせる。匂いを嗅ぐなりみんなカッ! と牙を剥く。薬草が刺激臭を放ってるとかではなくてそう言う習性らしい。
「フォン!」
「お、もう見付けたの? ……あれなんか小さ……」
案内に従い駆け寄ってみれば確かに薬草。しかし想定よりずっと小さい。現実は甘くなかった。
「……い、いやまだだ! 僕の指示が曖昧だったんだ! 小さかろうが見つけられて偉い! ファング、これより大きくて濃い匂いの薬草を探して!」
「オン!」
探索再開。
「フォン!」
「よし今度こ、そ……あれ?」
遠くから見つけた合図が上がる。それを聞き付けすぐに駆け出す。もう異変がある。
そこそこの距離があるのだが、見える、薬草が、薬草らしき高く伸びた草が
「でっっっ」
か。僕の首の高さまである。この薬草こんなに大きく成長するんだ、平原にちらほら伸びてる背の高い草はこれだったんだ。ここまで大きいと葉も茎も固く繊維質なのが見ても取れる。
逆に感心してしまった。身近な物でも知らないことがあるんだな、と
遠回りになってしまったが最小と最大を見つけられたなら中間を探せばいい。再び指示を変更して捜索を再開する。
そうしてやっと三度目にして正解にありつく、群生もしていてまとまった数を手に入れられそうだった。
夢中になって薬草を辿り草を掻き分けていたら不意に固く軽い感触を覚えた。
「ん、うぉあっ!? 骨ぇっ!?」
真っ白な骨。すぐに人骨かと脳裏を過ったが、草食動物の骨のようだ。しかしなにか粘液がこびりついている。
正体は直ぐに分かった、お目当てのスライムだ。目視で見つけられなかった理由も理解する
半透明の触腕は土の中から伸びていた。
僕の想像を越えて、野生のスライムは狡猾なのかもしれない。
恐らく薬草は“罠”だ。スライムは薬草を必要とする動物を待ち伏せる。そしてスライムから養分を分けてもらって薬草が繁茂する。
ヴィルとその召喚獣は万年低ランクと言えど平原の魔物の平均よりは高い。数の有利もあるなら、確実の
「でやぁっ!」
「あれっ、うわっ!?」
「この……っ! ふんっっ!」
筈だった。
まず第一に速い、よく動く。なんとも器用に弱点の核だけを攻撃から逸らしたりするし細い触腕を素早く伸ばして来るので避けなくてはならない。触腕の攻撃は此方のスライムの核に届きそうだ。
そして硬い。まるで液体が急に固体になったよう。
ナイフを振り下ろしてもスライムの体を貫通するにも至らなかった。弾力もあるので生半可な攻撃だと弾かれた。
────どうにかこうにか、攻撃役のスライムとヴィルがローブを広げ体を大きく見せて気を引きつつ、レッサーファングが隙を見て体表近くに移動してきた核を抜き取った。
「はぁっ、はぁっ……!やっと、一つ!」
「ウゥォーン!」
「モチョ」
皆で苦労してやっとこ倒したスライムの核を握り締め思わず召喚獣達を抱き寄せて喜びを分かち合う。
スライムの核と粘液は別々に専用のガラス容器に入れる。分けて入れておけばスライムは復活できない。
スライムを倒すのが想像よりずっと大変すぎたから一旦この依頼は明日に回そう。琥珀燃料の採取依頼も終わらせてしまいたい。
──── 一方その頃、冒険者ギルドでは
冒険者ギルドは朝から晩まで人は多い。依頼を終えた帰還者達もこれから向かう冒険者も居て、パーティーの待ち合わせをしているテーブルも多い。
そのため冒険者ギルドの職員は結構な人数が居て、求人情報もよく出ている。常に慌ただしく働いている。
そんな忙しさが和らいだ午後。受け付けの人の流れも穏やかで職員は眠気を誘われていた、が
「た、た、大変だぁーーっ!!!!」
「うわーっ!? 大丈夫ですか!?」
大怪我を負った男がギルドに飛び込んできた、鮮血がバタバタと床に大きな円を描いていく。
冒険者達のどよめきの中、男は人の居る所にまで来れたと安堵感からかその場に膝から崩れ落ち、職員達は連携を取り救護にあたる。
「治癒術士はいらっしゃいますかー!? ご協力お願いしまーす!」
「話せますか?何があったんですか?」
「う……西の……森林に、ブラッドオークが……!」
「なっ!? そ、それは確かですか」
問いかけに対する男の小さな肯定で再び周囲がどよめく。
ブラッドオーク。本来ならこの一帯に居てはならない存在。単体なら中位ランクの上に当たる強さだが、基本は複数匹で活動しているため上位ランクに食い込む。非常に凶暴かつ肉食傾向の強い雑食性で、狩りやすい人間を積極的に狙うと言われる。
ここからずっと西に遠く、険しい山脈を越えた渓谷を中心に生息している魔物のはずだが
一体であれば今此処にいる冒険者達でも十分対処は可能だが、恐ろしいのは何匹居るか分からないブラッドオークが街のすぐ近くにまで来ていること。
「“竜の背”に緊急依頼を! 門番にも連絡して! 住民には外に出ないよう警報を!」
「「はい!」」
職員達は直ぐ様最善を尽くす行動に出る。
そんな中、ある職員は嫌な予想に固唾を飲んだ。低ランクの子、ヴィルが琥珀燃料の採取依頼を受けていたことを覚えていた。彼に西の森林が良いとアドバイスをしてしまった。
顔が青ざめていくのを感じる。
──── 一方その頃ヴィルは西の森林を探索していた