第16話 †この十字は好きだが今や使いづらい
ヴィルは咄嗟に柱の影に身を細くして隠れる。しかし視覚的に逃れただけであり、クジマの“マナ感知”の範囲に入ってしまえばすぐに位置を特定されてしまうだろう。
「ク、クジマ。“竜の背”の魔術師で古参メンバーだ……」
「ははぁあの女か。確かにヴィルくん探してるっぽいね。こりゃ一本取られた、どうやって先回りしたんだろ?」
「彼女は“占術”が扱えるんだ……マナの痕跡を頼りに探し物をしたり、未来を予知する……本当によく当たるんだ」
「えー?すごい便利じゃん、ちょっと舐めてたな“竜の背”。あの女がいる限りずっと動きにくいと来た………でも、ん~?なんで一人なんだろ」
バクは手摺に軽く身を乗り出して、辺りを眺めるフリをしつつクジマの動向を追っている。
「? 数人で都市のあちこちを手分けしてるんじゃないかな……」
「いや一人っぽいデス。他にそれらしいのは見えませんデス死ね」
「だよねぇ。未来が見れるたってこんな都市で一人ってよくわかんないね」
「???……」
ドレッドも手摺から身を乗り出して眼下を見渡してそう断言する。だから何故わかるのか。もしやこの距離から歩いてる人達を一人一人判別したのだろうか?
クジマは以前この都市のことを人が多くて無駄にうるさく匂いもキツくて嫌いだと言っていた。宿に泊まることすら拒否する程だった彼女が都市に訪れてるのはヴィルを見付けたからに違いなかった。
「……もしかしたら、他のメンバーを出し抜いて差をつけるため、かも。彼女はプライドが高くて自信家だから……」
「ア~絶~対ソレデス。あの女もう勝ち誇ったような顔してます死ね、あーいう顔されると突き落としてやりたくってしょうがねェデスね。死なせマス?」
「ダッダメダメダメ……!」
「例えヴィルくんを捕まえられなくてもその性格じゃあ取り逃がしました~なんて他のメンバーに報告はしないだろうけど、邪魔だなぁ」
ヴィルも頭を捻り考えを巡らせる。彼女の脅威は“占術”による未来予知と“マナ感知”による捜索。変装は通じない。
“竜の背”拠点にまだ残る僕のマナの残滓を頼りに探しているのだとしたら、占術の精度は少し下がっているかもしれない、マナ感知だって彼女が僕の特徴を覚えてるとはあまり思えない
「……誤魔化せればどうにかなる、はず」
杖を取り出す。イメージを練り、固める。
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「……ほんっと相変わらず最悪な都市よ此処は」
クジマはまた一つ苛立ちを隠すよう髪を指先に巻きいじりながら歩き続けていた。しつこい客引きやナンパが後を断たないし、姿を隠蔽しても料理や香に獣の臭いの入り乱れる空気はずっと最悪。
都市の上部は無数の電線に輸送トロッコとレール、洗濯物に看板なんかが複雑に存在していて空を飛んでの捜索は困難を極め
かと言って地図を頼りに地上をあるけば地図が少しでも古いと役に立たないほど建物が増築されていたりする。
──それでもボンクラを捕まえればお釣りは来るわ。
“竜の背”の威信を汚したヴィル、役に立たなかったトーカス、執務室でふんぞり返るだけのルキ、自分じゃまともにボンクラ一人探せないその他。
私の魔法は完璧。魔法の真髄、魔法の何たるかを教えてあげる。私こそが“竜の背”を統べるのに相応しい。
「……あぁ、見付けたわ。そう、少し高い所に居たのねボンクラ」
“マナ感知”に記録した反応が引っ掛かる。
頭上、積み上がる建物の上を歩いているらしい反応。クジマはにたりと口角を吊り上げる。“空中歩行”で階段を登るように虚空を歩く。
建物の上は幾らか見通しがよく、すぐに目当ての人物の背を視界に捉えた。古っぽく薄汚い緑のローブに泥みたいな色の髪、小柄な体格。何度見ても腹立たしく惨めな姿。
小さな背中に狙いを定めて杖を掲げる
「──“縛れ”」
クジマが編み出した独自の“複合束縛魔法”。マナで編んだ鋼鉄より硬い鎖、空気中のマナを凝縮し空間を固める魔法、そして対象の様々な能力を下げて力を奪う“弱体効果付与・大”など。そして詠唱を限界まで短縮した、クジマの才能の証明
「うちに喧嘩を吹っ掛けて伸び伸び逃げ回る日々は楽しかったでしょうけれど、それも此処でおしまい。観念なさい」
コツコツと高いヒールを軽快に鳴らしながら歩みより、縛られてるヴィルの前へ回り込み顔を見てやる。
目元を覆う長い前髪はうじうじとしていて昔から嫌いだった……一房分の赤いメッシュが入っている。こんなものは確かボンクラには無かったと思うけど
ランクが上がり体内のマナ総量が増えたり、偏った属性を扱い続けるなど様々な要因が身体や容姿に変化をもたらすことは珍しい話ではない。
ブラッドオークを一人で討伐したと言う話が真実ならボンクラにも変化か隠し種があったと考える方が自然。
──何より、反応が気に入らない。いつもみたいにおどおどびくびくと震えていればいいのに、まるで何も感じてないですよと言った顔。
「アンタ、何? その顔。何時から私にそんな態度を 取れるようになったのかしら」
「……オバサン、誰? 俺に何か用?」
「オバ……ッ!?」
落ち着き払った声がクジマに突き刺さる。言葉の衝撃はすぐにカッと熱になって頭のてっぺんまで駆け上がる。
クジマは杖を握り締め束縛を強める。この魔法は拷問としても使えるのだ。
「全身の骨をへし折ってから運んでやってもいいのよ? スオナが優しぃく治してくれるでしょうからね」
「……あんたの顔は覚えが無いけど、俺を付け狙ってこんなことしてくるのは……っは!」
「ぇっ?」
複合束縛魔法が粉々になった。尋常で無い力に魔法が耐えきれずはち切れた。
並のドラゴンでは破ることは出来ず、“竜の背”リーダーたるルキでも抜け出すのにかなり時間を要した複合束縛魔法。が掛け声とともに一瞬で
ヴィルのような少年は軽く体を伸ばし、ローブの下に携えた黒い剣を抜く。
「────十三死宝の教団の手先しか居ない」
「は、ぇ???」
本当に何?
全然聞いたこと無い教団の名前が出てきた。
ヴィルのような少年から湧き出す異様な殺気と剣気。魔力の渦が長い前髪を吹き上げればそこにはギラリと憎しみに染まる紅の瞳。
いや待って? 他人の空似? マナまでそっくりな他人?
「ちょっ、待ちなさいっア、アンタ一体何者っ!? 何なのよその力っ!?」
「何も知らされずに向かわされたの? ……舐められたもんだね。なら教えてやる、俺はルヴィー、ルヴィー・スカーレット……お前達の尽くを屠る者だ──」
「違っ違違違! 待って! 人違い、人違いだったの!」
「──人違いでいきなり縛ってくるヤツがあるか!」
「止め────」