第13話 命を頂く勉強
ブックマークと閲覧ありがとうございます、感無量です、がんばります
バクがマッドボアを誘い出すと言って一瞬で姿が見えなくなった。ほぼ初対面なドレッドと二人っきりになってしまいまた少しの緊張が走る。
「…キミは本当に、死なせていい人間なんて居ないと思ってるんデス?悪人罪人、ろくでもないモンなんて居ない方がハッピーデスよね」
「え……そ、そうかもしれないけど……それを決めるのは僕じゃないし、生きて償うことにも意味がある……と思う、よ……確かに法律としては悪い人を手にかけても罪にはならないんだけど……」
「イヤ~に模範的に理性がありますネ~…大事ィな家族が私利私欲の為に虐げられた果てに殺されても、同じことが言えますかネ」
家族、と聞く度に胸がざわつく。
家族と故郷を失った日、病に伏せる弟。取り返しのつかない存在をいたずらに奪われた時に僕はどうなる?
「罪は見る者の視点により重さが異なります死ね。例え被害者が万死に値すると断じても、聞き及んだ程度しかない“他人”にとっては数年の労働刑にしかならないことだって世の常がちデス」
「キミが理性を保てるのはまだ他人事だからデス。…なんで急にこんな話をしたンだって顔してますネ?」
「えっ、いや、まぁ……罪とか、考えたこともなかった、から」
俯く。自分や家族に何かがあったら嫌だけど、それをどう裁くかなんてきっと誰だってあまり想像しないだろう。
感情的になるのか、理性的でいられるのかなんて分からない。
じっと考え込んでいたら突然ドレッドが僕の両肩を掴んだ
「ワタシ、興味があるんデス!“成長したキミ”が己に降りかかる理不尽をどう感じどう断ずるのカ!…バクチがキミを気に入った理由がなんとなァく見えてきま死た」
「どっ、どういうこと……?」
「キミに手を貸す理由を探してたんデス。で、無事に見付かったのでキミの望むままに死を振り撒いて差し上げマス♡」
またあの笑顔。優しさの底にある企みを見せた上で隠してる。しかしヴィルにはまだ、良く分からなかった。
その後と言えばまたドレッドは上機嫌に人懐こく雑談を始め、ヴィルは一抹の不安感を覚えつつそれに応じていた。
そうして時間を潰していたら足に振動が伝わってきた。遠くから木々が砕け倒れる音と無数の怒声──
「──────」
大量のマッドボアを引き連れたバクが帰ってくる。何か言っているが様々な轟音で掻き消されてて何も聞こえない。けど多分大したことは言っていなさそうだ。
マッドボアは一等大きな白い体毛の、恐らくはこの森の主であろう個体を筆頭に大量に列をなしていた。
え、あの主って倒して大丈夫なの?
「このイノシシって食べられるんデス?」
「え、うん。ちゃんと処理すると美味しい……」
カツン、とドレッドは大鎌の石突の音を響かせる。
するとたちどころにマッドボア達は崩れ落ち、勢い余って転がったり地面を滑って、動かなくなる。
どさっ
「バクーーーーっ!?」
「あ、巻き込んじゃいま死た♡」
バクもぐったりと倒れたので慌てて駆け寄る。起こそうと触れてみると
「……あ、あれ?息も脈もある……」
「血が抜けるように脳の一部だけを死なせたんデス。つまりバクチはまだ生きててこのままだと戻れないカラ一回死なせま死ョ」
「ぎゃわぁぁーーーーっ!?!? ちょちょちょっとぉ!?」
ドレッドが大鎌でバクを滅多刺しにする。とんでもないものを見せられてしまった
「そっ、それ! もう禁止!」
「え~?冗談なのにィ」
「ハッ…あれ、僕転んだ?」
「転んだどころじゃないよぉ……」
復活すると血の痕や傷も裂かれた服も全て元通りらしいが色々なショックでヴィルはそれどころでなかった。またしてもべしゃべしゃに泣くしかなかった。
「じゃ、血抜きをよろしくデスよバクチ」
「え?僕?僕はほらイノシシ集めてくる仕事したし」
「ワタシだってイノシシ死なす大仕事しました死ね」
「……え?」
「ヴィルくん頑張ろ」
「ぼ、僕!?」
「まーまー教えてあげるからさ。ほら命を頂く勉強しようじゃないか」
「で、でも解体師さんが近くに居るならプロに任せた方が……」
「そんなこと言ってたらいつまで経っても一人前の冒険者になれないよ?プロだって馴れるまではいっぱい失敗しただろうし」
「うう……そう言われると弱い……わかった、やるよ……」
スミが作ってくれたナイフを初めて使う時だ。
横たわるマッドボアを前にナイフを持ち、息を飲む。
覚悟を決め──る瞬間後ろからナイフを持つ手を掴まれて
「首の付け根、この辺の動脈を切るんだよ」
「うわーーっ!?」
「そのナイフ切れ味いいねぇ、ヴィルくんじゃ皮を切るのも苦労するかと思ったよ」
サクッと刃が肉に沈む感覚。皮膚を裂いて肉を割って管を切る感触。そして大量に溢れ出した血を正面から浴びた。
当のバクは一滴も血に触れてない様子。どうやったんだ一体
「腕の付け根と頭の間、ここに切れ目を入れてー」
「うわ、わ」
「で、横。見える?ここね、頸動脈。はい」
「うわーーっ!」
2頭目。これも血を浴びすぎて勉強どころじゃない。バクに手を取られてされるがままにナイフを入れる。
だから何故バクは血を浴びないでいられるのか。まさか避けているのだろうか
「…もっと小さい動物で練習させる方がよかったデスね。初心者です死ね」
「それはそう。ま、大きい方が見やすいでしょ!」
流石のドレッドも哀れみの目で常識的なことを言ってくれる。
しかし乗り掛かった船は下ろしてくれない。血抜きの練習はさらに続いた────
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「おお……すげぇな坊主、まさかこんなに仕留めるなんてな……」
「一度にここまで大量に狩ってる奴ぁ初めて見やしたね親父……」
「町がずっと手を焼いてた主まで……やってくれるじゃねぇか!」
「そうなんですよ~!ほんっとに彼スゴくて!身体能力も魔法もその卓越っぷりは“竜の背”すら飛び越しますよ!」
「は……はは……」
解体師の目に映ったのは無数のマッドボアの死骸を前に立つ全身血濡れでナイフを持つヴィルの姿。そう思われても無理は無い。
「こりゃ応援を呼ばねぇとだな。お前らは肉を冷やしといてくれ」
「うっす」
「ほぇー、魔法で冷却するんですね。便利だなぁ」
「解体師にゃ水属性魔法だとかを扱える奴も向いてるんだ。近くに水辺が無くても清潔に解体できるからな」
「ヴィルくんも見学しようよ、すごいよ」
「う、うん……」
「ああ……ついでだしお前も洗ってやるよ」
バーッと全身水洗いされた。ま、まぁ血で濡れているのと比べれば何てことない。町に帰ったら洗剤でちゃんと洗おう……
何名様かに継続して読んでいただけてるようで嬉しい緊張です。まだまだ続くのでよろしければ評価をつけてもらえれば露骨にメチャクチャ元気になります。