□第1話 恩は返しなさい
“冒険街 竜の巣”
空を仰げば巨大な竜の亡骸がどこからでも見える。冒険者の聖地
そしてドラゴネス大手の大規模クラン“竜の背”
新米冒険者の受け入れと育成を掲げており、そのためクランの構成人数は全国でも指折の上位。
冒険者になりたくばまずは“竜の背”に乗れ、と言われる程だ。人数の多さ故にギルドからの依頼の多くがここのメンバーに独占されているようなものなので入らねばならないと言った方が正しいが。
「始めっ!」
「うおおーっ!」
「やぁっ!」
「そらっ!」
“竜の背”の訓練場では新米冒険者たちが各々武器を振るい魔物──スライムを相手していた。
監督しているのは古参メンバー“闘士”のルグナ……と
「おい! ぼさっとするな、次を出せ! 皆が待ってるだろう」
「は、はいっ──“小さき同胞達、我が声に応えよ”」
同じく初期からのメンバー“召喚士”のヴィル。目元を覆うダークブラウンの癖の無い髪、低めの身長、グリーンの古いローブ、地味な容姿は冒険者とは呼ぶには頼りなさすぎる。
だが彼が召喚する“召喚獣”を倒せば野生の魔物を討伐するよりも経験値が多く得られ、召喚士には絶対服従のため無抵抗と楽にランクを上げることができるのだ。
“竜の背”が新人育成に舵を切ったのはヴィルのこの特性に目を付けてからのことだ。
「へへっ、また強くなった気がするぜ」
「一撃で倒せるようになったわ!」
「フン、楽勝だな……」
「ふむ、やはり成長が早いな。流石は冒険者の卵だ……よし! 次はレッサーファングを出せ!」
「え……レッサーファングは、その……」
「何をしてる! 後輩にお前がしてやれることは“これ”だけだろ!」
「……わかったよ──“小さき牙達よ、我が敵に傷を”!」
次に召喚したのは小さなの獣型の魔物。野生のものは群れをなし連携して狩りをするため始めの難関とされるが、スライムと同様にただじっとしているだけだ。
新米冒険者たちの武器が、魔法がレッサーファングを打つ度にヴィルの顔が苦痛に歪む。
それでも全て撃破されれば次々と召喚し直す。ヴィルの“マナ”が尽きれば回復薬を飲み、限界ギリギリまでこの訓練は続く。
「────はぁ……っ! は……っ」
「……よしっ、止め! 筋が良いぞお前たち、これならすぐ強くなれるだろう。ではしっかり休憩を取って次の訓練に備えるように」
「はいっ!」
「ありがとうございました!」
地面に膝をつきボタボタと汗を流すヴィルとは対照に、新米冒険者たちは爽やかな汗をタオルで拭って小走りに去っていった。
まだ息の整わないヴィルの肩にポンと大きな手が添えられる。
「ヴィル。すまないが備品の受け取りに行ってくれないか? 外せない用事ができてしまってな」
「え……? でも、今日は僕の当番じゃ……」
「新人どもの面倒も見てやらないといけないんだ、頼んだぜ! なっ」
「ぅぐっ!?」
ルグナの大きな掌がヴィルの薄い背中をバンバンと叩き、有無を言わせずそのまま軽快に立ち去ってしまった。
彼がやらないのなら僕がやらないと、色んな人の迷惑になってしまう。戦えない僕が“竜の背”でやれることは……これくらいだ。
──ヴィルの持つ致命的な欠点、召喚獣と自身の感覚がリンクする“共感覚”なるスキルの制御ができない。召喚獣の痛みがヴィルにも伝わる。
おまけにスライムとレッサーファングの二種類だけしか召喚出来ず、攻撃もサポートも不充分。
冒険者以外の職につこうにも“適性”不足。“竜の背”に居られるだけ幸運なのだ。
「ほんとどんくさいよなぁ」
「万年低ランクじゃしょうがないさ。依頼もまともにできないだろうし」
「もう俺らの方がランク高いもんな」
「あんなのが先輩ってのはちょっと、やる気出ねーっつーか」
「なんで“竜の背”に居るんだろうね?」
「私の方が凄い召喚獣出せるわよ、ほら見て!」
「“適性”がほとんど最低なんだってさ」
「マジ? それじゃ本屋にだってなれねぇよ」
ヴィルを視界に捉えた新米冒険者たちは口々に笑う。
そうだ全部事実。そんな僕を拾ってくれて給与まであるんだから文句なんて言えない。これでいいんだ
──夕暮れまであちこちから押し付けられた雑務をこなしてようやく一段落、一息つく。
クラン拠点の裏手、日陰で人通りも無くメンバーもほぼ来ない、僕が落ち着ける場所。
レッサーファングとスライムを抱えて目を閉じる時間が一番安らぐ。2匹はいつも心配そうに僕の顔を覗き込んで触れてくる。
「……僕が強くなれれば、君達にあんな思いさせなくて済むのに、な」
「クゥーン……」
「モチョ」
「やぁヴィル! 今日も暗いね」
「わ、ス、スミ」
突然背後の屋根の上から身軽に降りてきて隣に腰かけてきたのは三つ編み赤髪の快活な少女、武具屋の娘スミ。
“竜の背”に武具を卸しており、時たまこうして話しかけてくれる。
「顔に元気がないね、仕事が順調じゃないのかな?」
「……順調だよ、でも、作業が遅いってよく言われてる」
「あは! キミは慎重が過ぎるんだ、キミの丁寧さは道具屋のおじちゃんも褒めてたから安心してさ、肩の力抜いていいんだよ」
スミは若くして“鍛冶師”の適性と才能に溢れ、誰に強制されるでもなく、己の好きなこととして武具屋を継ごうとしている。彼女の作る武具はいつも完璧だ。僕にとっての自由の象徴
「作業が遅いって言われるなら……そうだ! この子達にも手伝ってもらえばいいんだよ! 」
「!……なるほど……嗅覚で薬品の種類や質を確かめられる……? 革製品の種類も……撥水性の確認……いや、共感覚で目視の……はっ、あ、ごめん」
閉じてた目が開かれたような閃き。つい考え耽っていたらスミが僕の顔を覗き込んでにまにまと笑っているのに気が付いた。
「いーのいーの元気出たなら良し! ほれ、差し入れ。それ食べてもーっと元気出しな! そんじゃ」
むい、と顔面に押し付けられたのは温かい紙袋。紙の香り越しにいい匂いがする。
「あ、ありがとう……!」
風のように日向の表通りへ駆けていくスミ、曲がり角に消える前に此方に大きく手を振ってくれた。遠くからでも彼女の笑顔はよく見える、気がする。
彼女に何度救われてきたことか。何度も折れてきた心に温かさが戻ってくるのを感じた。
「……よし、頑張ろう!」
「あら。アンタこんな所に居たのね、手間かけさせないでよ」
「わぁっ!?」
自分の両の頬を叩き、活を入れ直す、し、す、していたら背後のドアが開かれて鋭い声が頭に降りかかってきた。
腰まである長い深紫の髪と大きな三角帽子、切れ長の目の煙管を吹かす女性。古参メンバーのクジマ。いつも不機嫌そうだがヴィルが視界に入ると更に機嫌が悪くなるのでなるべく刺激しないように努めている。
召喚獣たちを慌てて帰還させ、立ち上がってクジマへと向き直る。
「な、何かご用でしょうか……」
「そうよ、リーダーがアンタに大事な大事なご用事があるんだから。早く来なさい」
「はい……」
リーダーから用事、なんだろう。随分前だけど僕のランク上げを手伝ってくれるという話をしたから、それかもしれない。
そう、ランクが上がれば今考えていた召喚獣を活用する方法をさらに改良することだって────
「──“竜の背”から降りてもらう」
「え?」
“竜の背”クランリーダー、ルキの執務室。
初期メンバー達がヴィルを囲うように集まっている。
「まず第一にミスが目立つ。備品の数が合っていなかったり、無駄な発注が多すぎる」
「な、えっ、備品の数!? ちゃんと確認してます! それこそ、間違いが無いように慎重に……!」
ルキの眼光に怯む、彼の碧の双眸から窺えるのは強い苛立ちと蔑み。ランクの圧倒的な差もあってか声が出なくなってしまった。
ルキだけでは無い、周囲のメンバーの向けてくる感情が切っ先を突き付けられているような感覚になってビリビリと肌を刺してくる。
「初期から良くしてやってたのに、こんな仇を返されるとはな……金に困って着服したんだろう軟弱者が」
「病気の弟さんが居るからってぇ、やっちゃいけないことってありますよぉ? めっ」
普段の気のいい表情は無く眉間にシワを寄せる“闘士”ルグナと甘い声に甘い笑みを浮かべる“治癒術士”スオナ。
「そんなことっ、してない! どうしてそんな話が出てるんですか!?」
「そらぁ色んなメンバーからの証言さ。お前さんの確認したっつー備品を数え直したら足りなかったとかよ、倉庫に何度も出入りしてるのを見たって話もある」
「倉庫を調査した結果、魔物の毛が落ちていたことも確認済みです。自身は人前でアリバイを作りつつ召喚獣に回復薬や高価な薬草を……件の弟とやらに使っているのか、常に高い需要のある品々ですし売却したかのどちらかでしょう」
迷彩柄の外套に黒いマスク“斥候”のトーカスと冷ややかな視線を隠すスクエア型眼鏡にピンと綺麗な白衣“解析師”にして“竜騎士”のテンエイ。
「ち、違う……そんなこと考えたことも無い……! 受け取りの時には先方とも確認を取ってるし、倉庫に出入りしてたのは使用記録を取ってたからで……!」
「だからよォ、その記録が間違ってるか記録の後に盗まれてんだよ。それとも証言してる奴らが嘘ついてるってのかァ!? オメーより“適性”のある奴らがよォ!」
「ま、他に犯人が居る線も全然ありえるんだけどねぇ……アンタを降ろす理由は他にもあるわよ、ねぇ? ルキ」
派手な逆立つ青髪見た通りな好戦的な表情、分厚い装甲“重装兵”のドルーシと興味無さげにソファーで足を組み紫煙を燻らせる“魔術師”のクジマ
「戦力外、だな。戦闘は出来ない、召喚以外に特別秀でてることも無い。新人達は育ちきったし、疑惑のあるお前をうちで育てる訳にも置いておく訳にもいかない。“竜の背”が更なる高みを目指す為には全員が強くあるべきなんだ」
「そ……んな……」
「今日中に拠点の部屋からも出ていってもらう。空きが無いんでね。数日食い繋げる程度の餞別はくれてやる。」
足元に放られる小さな袋、硬貨の音は軽い。
それでも、身を屈めて震える手で摘まみ上げたそれは異様に重く感じられた。
何を言っても、多分、きっと、ダメだ。疑惑が晴れたとしてもこの空気を吸い続けるのは僕には無理だ。これからどうすれば? 働かないと、お金が無いと弟が。スミに頼る? いや、彼女は助けてくれるだろうけれど僕が使えるようになるまでどれくらいかかる? ダメだ、彼女にまで捨てられてしまったら、僕は……