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暁の聖女と宵闇の魔女


 深い森の奥、蔦の絡まるこじんまりとした洋館は、元公爵令嬢が住まうにしては小さすぎるが二人だけで暮らすのには丁度よい大きさだった。

 屋敷の小さな庭に設置された白いテーブルの上には数種類のクッキーが入った籠が置かれ、紅茶の注がれた小鳥柄のカップから柑橘系の香りが漂っている。

 庭の端にはタイムやバジルなど料理用のハーブが植えられていて、貴族の観賞用の庭とは違い生活感があふれていた。

 その庶民的だが優しい空間は、稀代の悪女であり最凶の悪しきものと噂される『宵闇の魔女』が住まう場所とは到底思えない。

 

「何がそんなに面白いの?」

 

 カップを傾けていたマリエルが、向かいで突然小さく吹き出した友人、アルメリアに怪訝そうに尋ねると、彼女は隠すことなく理由を告げた。

 

「まったく、失礼しちゃうわ!セリナお姉様を悪女だの最凶だの」

 

 器の小さいやつらだわ!とマリエルは憤慨した。

 国内で広まっている噂は王子を中心に守護者達がばら撒いたものだ。

 セリナとの婚約破棄はそもそも王子の独断であり、彼女が行ったとされるマリエルへの嫌がらせについても当のマリエルがセリナを選んだ今となっては真偽が怪しい。

 中にはマリエル欲しさに王子が作り上げたデタラメなのではないかという声まで上がった。

 そこで王子達は、婚約破棄をされたセリナは希代の悪女であり、彼女が転じた悪しもの『宵闇の魔女』は守護者達の力を持ってしても打ち破れるものではなく、『暁の聖女』マリエルが身を挺して封印したという話に作り替え、国中へと流布させたのだった。

 

 

「仕方ありませんわ。王家の威信に関わりますもの」

 

 当のセリナは小さく肩を竦めて平然と紅茶を啜った。

 

「王家にしっかりしていただかないと国が揺らぎますわ。王位継承者であるクリス様は良い方ですし、彼に迷惑をかけるのは本意ではありませんしね」

「でもまあ、リオン様もちょっと可哀想かも。嫌がらせの証拠を用意したのはアルメリアなのに」

「私が悪いみたいに言わないでよ。指示したのはセリナ様なんだからね」

 

 秘密裏にアルメリアと連携を取り、ありもしない嫌がらせをでっち上げたのは、セリナ本人である。

 セリナとリオンの関係は、貴族の間ではありふれた関係だった。

 所謂家同士が決めた婚約で、熱烈に想い合ってはいないが仲が悪いわけでもない。時が経てばそれなりに情が生まれる──そんな関係。

 セリナの方には淡い恋心があったが、リオンにとっては王家の、ひいては国のための婚約でしかなく、婚約者に対してもただ義務的な対応を取るのみ……それ故にマリエルからの熱烈な愛情は、婚約者からも公爵家からも道具としてしか見られなかったセリナにとって、初めてのものであった。

 マリエルと邂逅したあの夜をセリナは寝ても覚めても反芻した。

 その度に自分に向けられた朱色の真摯な瞳に胸が高鳴り、自分を慕っているという言葉に脳が甘く痺れる。

 と同時に、そんなにも自分を想ってくれているというのに身を引くなどありえるのかと繰り返し考えた。

 自分ならばどうするか──そう考えて、セリナは悟った。

 わたくしには、身を引くという優しい選択はできない。

 そう自分の気持を確信した時、対象として思い浮かべた相手はリオンではなく、マリエルであった。

 マリエルと結ばれる為には王子との婚約を破棄せねばならない。

 しかし、王家との繋がりを強めたい父はけして認めないであろうし、力を持つエルランデ公爵家を手元に置いておきたい王家もまた婚約を進めたいはずである。

 家の所有物でしかないセリナからの婚約破棄の申し出など──ましてや聖女と結ばれたいという願いなど、到底受け入れられるはずがなかった。

 だからセリナはわざと王子に婚約を破棄させた挙げ句、マリエルを攫うという暴挙に出たのである。

 

「お姉様が闇に染まった時はもうだめかと思いました…」

 

 頬に手を当てしみじみと呟いたマリエルに、セリナは扇子で口元を隠し目を細める。

 

「闇に染まった、ではなく、闇を取り込んだ、が正しくてよ?」

 

 マリエルを掻っ攫う為には、力が必要になる。

 守護者と対峙するどころか、公爵家や王家、何なら国の全兵力を相手にしても負けない力──故にセリナは早急に自身を鍛え上げた。

 失意の卒業エンドを目指しセリナとの戦闘にわざと負けていた当時のマリエルは気づかなかったが、実はあの夜以降、セリナのレベルはカンストしていたのだ。

 そしてその中でセリナは自身に闇の属性が備わっていることに気づき、一つの可能性を見出した。

 闇属性があるのならば、闇を制することができるのではないかという可能性を。

 希少な生まれながらの闇属性を使いこなせれば、今よりも強くなれるはず。

 更に、悪しきものとされる闇を纏った女を公爵家が受け入れるはずなどなく、王家が迎えることもないであろう。婚約破棄は確実なものとなる。

 以降、セリナは微量ずつ闇を操る訓練を積み、やがて完全に支配下に置く頃には、目論見通り他の追随を許さないほどに自身を強化することに成功したのである。

 そうして生まれた最凶と評される魔女は、いたずらっぽく微笑んだ。

 

「わたくしは希代の悪女ですもの、愛する人の為に身を引くなんて殊勝な真似できませんの。これからも、ね」

「大丈夫よお姉様。私の幸せはセリナお姉様と一生一緒にいることだもの」

 

 セリナの執着心丸出しな言葉を受けて、マリエルは得意げに胸を張る。

 そんな二人をアルメリアはやれやれと眺めながら、いつかの寂しそうな朱色が幸福に輝いていることに小さく笑みを浮かべたのだった。

 

 



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