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そしてエンディングへ


 宵闇の魔女への転化を防げなかった──

 崩れ落ちそうになる膝に力を入れ、マリエルは闇に染まってもなお美しいセリナを見据えた。

 まだ、諦めてはいけない。

 諦めるわけにはいかない。

 両手をぐっと握り締め、お腹に力を入れて声を張り上げる。

 

「私は、マリエル・オーブはセリナ・フォン・エルランデ公爵令嬢から嫌がらせなど受けていません!」

 

 王子や周りの守護者に訴えるのではダメだ。どうせすぐマリエルは優しいからなどと言葉の意味をすり替えられてしまう。

 訴えるべきは周囲に、そしてけして弱々しく見られてはいけない。

 ドレスの下、両足でビロードの絨毯を踏みしめる。

 

「これは何かの誤りです。確かに庶民の出から貴族の常識を知らず注意を受けることはありましたが、それはあくまで指導です。それ以外に偽りの手紙で裏庭に呼び出されたことも、悪しきものに襲われたことも、ドレスを切り刻まれたこともありません!」

 

 マリエルの凛とした佇まいと訴えた内容に、ホール内がざわめきに包まれる。

 マリエルの周りの守護者達も彼女の強い意志を見て取ったのだろう、いや、でも、と言葉にならない呟きを口の中でもて余すだけだった。

 いける、とマリエルは確信した。

 矯正力だかなんだか知らないけれど、展開が無理やりすぎるのだ。

 大体、当の本人に覚えがないのだから、証拠も何もあったもんじゃない。

 だから周りには被害者とされる自分がはっきりとセリナの無罪を主張すれば通るはず、あとはセリナ自身を正気に戻すだけだ、そう思って拳を握り直し、マリエルが一歩足を踏み出した時だった。

 

「マリエルは知らないだけよ」

 

 セリナを挟んだちょうど反対側から、周囲の動揺した空気を制するように、深く落ち着いた声が上がる。

 タイトな赤いドレス姿の女生徒が人垣の間からゆっくりと進み出ると、両手を腰に当て足を開いて立ち止まった。

 フェンダーの貴族令嬢であれば絶対にしない立ち振る舞い──いつも通り高く結い上げた黒髪を払ってマリエルを強い瞳で見つめたのは、友人であり味方であるはずのアルメリアだった。

 

「知らないって、なに……?」

 

 予想外の人物の登場と言葉に、マリエルの声が微かに震える。

 アルメリアは小さく息を吐くと、やれやれと言う風に口を開いた。

 

「セリナ様からの手紙は私が先に回収したのよ。怪しいと思ったの。それからこっそり裏庭を覗きに行ったら、案の定悪しきものに襲われたわ。ま、私にかかればあんなの一瞬で消炭だけど」

「そんな、そんなこと……きっとそれは偶然だわ!大体証拠だってないでしょう?」

 

 アルメリアはマリエルがセリナを慕っていることを知っている。こんな結末を望んでないことも知っているはずだ。

 それなのに何故急にセリナを追い詰めるようなことをするのか。

 マリエルは縋るようにアルメリアを見た。

 だがアルメリアはそんな視線を断ち切るように手を打ち鳴らす。

 すると何処にいたのか、二人の従者が彼女の元に何かを運んできた。

 一人は手紙を、もう一人は何か光沢のある薄桃色の布製の何か──今マリエルが身に着けているドレスと同じ物だった。

 ただ一つ違うのは、そのドレスが刃物でズタズタに切り裂かれているということ。

 周囲から悲鳴じみたどよめきが起こる。

 

「このドレスはあなたが気付く前に私が回収したの。あなたは今日までドレスを見てなかったでしょ?製作元は分かってたし、あなたが気づく前に作り直してもらったのよ」

 

 たしかに、このドレスはアルメリアと一緒に作りに行ったので製作した店は知っているだろう。

 それに確かにマリエルは納品されたドレスを一度試着しただけで、あとは今日まで目にすることはなかったのだ。

 アルメリアの突きつけた証拠に、マリエルは言葉を失う。

 ゲームではこんな展開はなかった。

 しかしこの世界はそんなイレギュラーを引き起こしてでも、セリナが宵闇の魔女となるストーリーに矯正……いや、ここまで来ると強制である。

 ヒロインに正規ルートを歩ませる為の強制力が働いているのだ。

 

「マリエル、あなたは知らなかっただけよ」

 

 自分の無力さに茫然とするマリエルに、アルメリアが諭すように言う。

 周囲から見れば、マリエルは信じていた者に裏切られたように見えたのだろう。

 そしてその言葉を引き金に、再び周囲のセリナへの糾弾が始まった。

 先程まですっかり消沈していたリオンが、意気揚々と一歩進み出る。

 

「マリエルを傷つけようとしたのだろうが、彼女は周囲に守られ無事だった。それはひとえにマリエルの人徳の為せる業だろう。貴女にはないものだ!そしてそのような人間を王家に迎えるわけにはいかない!……再度宣言しよう、セリナ・フォン・エルランデ公爵令嬢!貴女との婚約をここで破棄する!」

 

 リオンの宣言に、もはや為す術もないマリエルはギュッと目を瞑った。

 そしてその二度に渡る婚約破棄の宣言に、それまで沈黙していたセリナはゆらりと顔を上げる。

 その顔には幾筋もの長い髪がかかって、表情を窺い知ることはできない。

 

「わたくしは、もう、貴方の婚約者にもどることはありませんの…?」

 

 覇気のない掠れた声は、最終決戦へのカウントダウンが始まっていることを示している。

 

「まだそんな戯言を……そもそも、悪しきものへと堕ちた者が王家に入るなど断じて赦されない。身の程を知るがいい!」

 

 リオンから放たれた決定的な言葉に、セリナは高らかに笑い声を上げた。

 ──ついに、ついに始まってしまった。

 マリエルは爪が食い込むほどに拳を握り締める。

 体を折り曲げ笑っていたセリナはやがてゆっくりと上体を起こすと、深い闇を宿した生気のない瞳をマリエル達に向け……るはずだった。ゲームの通りなら。

 しかしセリナの瞳は星屑を散りばめた夜空のように輝いていたのだ。

 漆黒に染まったはずの髪も、確かに黒ではあるが淡い銀の光を放っている。

 その姿はマリエルの記憶にある宵闇の魔女とは似て非なるものだった。

 そしてゲームでは闇に飲まれ正気をなくし問答無用で襲いかかってくるはずの宵闇の魔女は、くるりと華麗に一回転し、乱れていた髪を整えると美しく微笑んだ。

 

「わたくしは王子の婚約者ではなくなった、つまり自由」

 

 そしてマリエルに手を差し伸べる。

 

「つまり誰と結ばれようと、問題なくってよ」

 

 会場内がしんと静まり返る。

 やがて波のようにざわめきが広がっていったが、マリエルだけは時が止まってしまったかのように固まったままだ。

 セリナの言葉はマリエルの耳のあたりで反響し中々進もうとしなかった。

 しかし次第に染み込むように脳へと辿り着くと、じわりと涙が盛り上がってくる。

 マリエルは、セリナが幸せになるなら自分の想いは叶わなくてもいいと思っていた。

 どんなに苦しくても気持ちに蓋をして、遠くからでも想うことができたら、と。

 だが、今目の前では、王子に婚約破棄され絶望の中闇に堕ちたはずのセリナが、自由になったと晴々とした表情で自分に手を差し伸べてくれている。

 正直何が起こっているのか、マリエルには分からなかった。

 けれど、優しい目をして微笑む宵闇の魔女に、マリエルは弾けるように駆け寄ったのだった。

 

 



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