あやしい雲行き
真夜中の遭遇、先に持ち直したのはセリナだった。
「何をなさっているの」
こんな所で、と続けようとして、自分もまた同じであると気付いたセリナは口をつぐむ。
お互いが規則違反をしている気まずさの為か、そこから先の会話が繋がらない。
「意外でした」
しばらくして、ぽつりとマリエルが呟く。
その呟きにセリナは怪訝な顔をしながらも目で続きを促した。
「セリナおね……セリナ様は規則に厳しいから、こんな所で会うなんて」
「貴女は平気で規則違反しそうですものね」
ツンと言い放ったセリナに、マリエルは笑みをこぼす。
「何を笑ってるんですの」
「セリナ様だなぁって」
どういう意味かと睨まれて、それでもマリエルは嬉しそうに頬を緩ませた。
「……どうせ、相変わらず嫌味な女だと思っているのでしょう?高慢で口を開けば嫌味しか出ないのかって」
「いえ、ツンとしたセリナ様大変美しいです」
マリエルの言葉に、セリナは呆れたように首を振った。
「リオン様のいない所でわたくしを持ち上げるような無意味なこと、お止めなさいな」
やはり、マリエルの愛の叫びはセリナにまったく届いていないようだった。
眉をしかめたマリエルは、白いネグリジェが汚れるのも構わず勢い良くその場に両膝をつくと、驚いて無防備になったセリナの冷えた両手を握る。
「セリナ様」
真剣な朱色の瞳に見上げられ、セリナは息を呑む。
「リオン様は関係ありません。私は本当にセリナ様をお慕いしています。セリナ様は確かに嫌味が口をついて出てしまう方ですけど、それは強がりだって、私知ってます」
それから、貴族社会のルールを、貴族令嬢としての嗜みを説いているだけなのに、元の口調がキツイせいで嫌味だと誤解されていることも。
マリエルの言葉に、セリナの白い頬が赤く染まっていく。
「初めてお会いした時、なんて美しい方だろうって思いました。気高くて、努力家で、知れば知るほどセリナ様が大好きになりました」
だから。
「私はセリナ様とリオン様の邪魔をするつもりなんてありません」
むしろ、幸せになってほしい。
そう言うと、セリナのアイスブルーの瞳は戸惑いに揺れた。
「そんな、こと、あるんですの…?」
「あるんです!」
マリエルは胸を張る。
「私は、セリナ様が大大大好きですから、幸せになってほしいんです!」
笑顔で言い切ってから、でも、とマリエルは少しだけ視線を落とした。自身のネグリジェを握り締める。
「私がセリナ様を想っていることは、ずっと忘れないで欲しい……です」
そしてセリナが言葉を返す前に、マリエルは笑顔で立ち上がると、ちょこんとカーテシーをし、走り去った。
後に残されたセリナは、ただただマリエルの去った暗闇を見つめ続けていた。
その夜以降、マリエルはセリナと二人で会うことは無かった。
本当はまた裏庭に行きたい気持ちはあったが、逢瀬を重ねてしまうとリオンとの仲を応援できなくなってしまう気がした。
ただ今まで通り、目が合った時などはとびきりの笑顔を送る。
自分が想っているのはリオンではない、セリナであると全力で伝え続けるのだ。
けれど、段々とセリナは顔を背けるようになっていた。
以前のような、ぎょっとして顔を隠すのではなく、無表情のままスッと視線を移してしまうのである。
自分の気持ちは受け取り難いものだったのかもしれない。
マリエルはズクズクと痛む胸を押さえた。
だが、それならきっと、マリエルの好意はセリナにあることをきちんと理解して貰えたに違いない。
それならばいい──しかし、マリエルにはもう一つの不安が頭をもたげる。
あの無表情、もし、矯正力が何かしらの影響を与えているからだとしたら……
マリエルは勢い良く首を振った。
いや、きっと考え過ぎだ。
両手を強く強く握り締め、マリエルは祈るように目を閉じた。
──そして、ついにその時がやって来るのである。