目指すのはバッドエンド
「セリナお姉様、夏服姿もお美しい……!ああ、白い腕が光り輝いて眩しすぎるぅ」
雨の季節が終わり、よく晴れた昼下り。
中庭の東屋で取り巻き達とお茶をしているセリナを眺め、窓枠に肘をついたマリエルはよだれを垂らさんばかりの表情で呟いた。
「うわ、気持ち悪い」
そんなマリエルに容赦なく言葉を浴びせるのはアルメリア・シャリーフ。
浅黒い肌に艶々とした長い黒髪を高く結い上げた彼女は、ラセルフィートルートのライバルキャラである。
南国から留学生としてやって来た彼女は開放的な性格で裏表がなく、マリエルの奇行に手厳しくツッコみつつも付き合ってくれる奇特な人物だ。
セリナはともかく他のライバルキャラ達はみな貴族社会の一員であり、何というか堅苦しく陰湿な所があって付き合いづらい。
その点アルメリアは竹を割ったような性格のため、前世も今も庶民出身のマリエルにとっては気取らず付き合える良い友人だった。
まあ、アルメリア自身はどう思っているかは知らないが。
「由緒正しき学園の窓に張り付くもんじゃないわよ気持ち悪い」
「気持ち悪いって言いすぎ」
むぅとむくれたマリエルにアルメリアは呆れたような目を向ける。
「見た目はまあまあ可愛いのに、残念な子」
アルメリアの言葉に、マリエルはうへへ、と照れ笑いを浮かべる。まあまあ可愛いという言葉の方を採用したらしい。本当に残念な子である。
「あ、セリナお姉様がこっち見た!」
全身で窓に張り付いたマリエルの視線の先を追うと、中庭のセリナはぎょっとした顔の後、サッと扇子で顔を覆った。
貴族たるもの感情を出しすぎるものではない。
しかし、マリエルの奇行には天下のエルランデ公爵令嬢も動揺せざるを得ないのだろう。
そんな様子を愉快に思いながらも、アルメリアはマリエルの言葉を捕まえて注意する。
「セリナ様のその呼び方、許可されてないでしょ」
あろうことかマリエルは出会ったその場でセリナにお姉様と呼ばせてくださいと叫び、お断りされていたのだ。
庶民のくせに同じ光属性であり聖女候補でもあるマリエルに格の違いを見せつけようと自ら接近したユリアだったが、当のマリエルは大人しくなるどころか逆に何故か付き纏われるようになった。
あまりの不気味さについ接近禁止を言い渡した程である。自分から近づいたにも関わらず。
マリエルのこの無謀とも言える行動は、しかし彼女なりに考えた末のものなのだ。
このゲームではルートによってライバルキャラは変わるが、一貫してラスボスはセリナだ。
セリナは婚約者であるリオンルート以外でも同じ聖女候補であるマリエルに嫌がらせをしかけ、婚約を破棄されてしまう。
そして聖女の地位もマリエルに奪われてしまい、闇堕ちするのだ。
どうあがいても闇堕ちする彼女を救う手は一つ。
マリエルが誰とも恋愛成就せず、聖女にもなれない『失意の卒業』エンドを迎えればいい。
これは誰のルートにも入らず、ライバルとの特定の戦闘に敗れ続けると発生するエンドで、このエンドではセリナは婚約破棄されることなく、聖女の地位にも着くことになる。
本来ヒロインにとってはバッドエンドだが、セリナを救いたいマリエルにとっては目指すべきエンドだった。
だから攻略対象に必要以上に近づかないどころか、念には念を入れ分かりやすくセリナに好意を示し、どちらかといえばマリエルが彼女に迷惑をかけていることを印象付け、嫌がらせなどあり得ない状況を作り上げた。
まあ、まさか接近禁止をくらうとは思わなかったけれど。
「いいの、私はセリナお姉様が幸せなら」
再びのお姉様呼びにアルメリアは呆れて口を開きかけたが、窓の外を見つめる朱色の瞳が思いの外真剣だったのでやめることにした。