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出会い


 乙女ゲーム『紫雲の空に響く明けの歌』通称『明け歌』のヒロインであるマリエル・オーブは、緩く波打つピンクブロンドヘアに朱色の瞳を持った下町生まれの明るい少女だ。

 14歳の時に希少な光魔法の使い手であることが判明し、翌年、聖女候補として王侯貴族御用達である由緒正しきエリクス魔法学園に入学する。

 そこで五人の守護者と出会い、共に学び、時に恋もしつつ聖女となり、悪しきものを倒すため守護者達と力を合わせるというストーリーである。

 学園を擁するフェンダー国の第二王子、リオン・ブロイルズ・フェンダー。

 現宰相レイクガリア侯爵の長子、ロクシオ・レイクガリア。

 代々騎士団長を排出する武の名門トラスト伯爵家三男、オリバー・トラスト。

 魔術の天才少年と名高い、ネイ・オルフェンス。

 外交の要と呼ばれるプラタナス侯爵家次男、ラセルフィート・プラタナス。

 守護者達はそれぞれ、火、水、土、風、植物の魔法属性を所有している。

 ゲームに登場する悪しきものとは、闇属性を持つもののことだ。

 ただし闇属性をもともと所有している者は少なく、マイナスの感情が強く働いた際、闇に蝕まれ獲得する……いわば闇堕ちすることで闇属性となる。

 最終ボスである公爵令嬢セレナ・フォン・エルランデも元々は光属性であった。

 闇の魔力はマイナス感情の強さと元々の魔力の強さに比例して強くなる。

 また、精神が弱くすぐ飲まれる者はさほどではないが、精神が強い者が抗った後に飲まれてしまうと、更にその力は増してしまう。

 セレナは聖女候補として名を連ねるほどの光魔法の使い手であり、また公爵令嬢に相応しく気高く意志の強い少女だった。

 そのため非常に強力な闇の魔力を獲得し、災害級の悪しきもの『宵闇の魔女』となってしまうのである。

 

 マリエルがマリエルになる前、つまり前世では、彼女は普通の、ちょっと引っ込み思案な女子高生だった。

 容姿に目立ったところのない、勉強もそこそこ、友達もそれなりにいてアプリゲームにハマっている、そんな感じの普通の16歳。

 ゲームキャラに熱を上げるような夢見がちな所はあったけれど、そのゲームの世界に転生したと分かった時、喜びより戸惑いの方が大きかった。

 そもそも死んだ時の記憶がない。寝て起きたらマリエルになっていた。

 自分が本当に死んだのか曖昧な上、明け歌は中々に難易度の高い戦闘が発生するゲームだ。それを自身がリアルに体験する事になると不安しかない。

 また、いくら推しや推しほどじゃなくてもかっこいいと騒いでいたゲームキャラ達と会えるからといって、前世ではまともに男子と話したことがないのだ。マリエルになったからと言って、いきなり上手く話せるようになるとは思えなかった。

 前世の自分が、例えば社会人で、もう少し人生経験を積んでいたら上手く立ち回れたりするのかもしれない。

 けれど自分はあくまで普通の、マリエルと同じ年の少女でしかなかったのだ。

 ひょっとしたらヒロイン補正などあるかもしれないが、ない可能性もある。

 そうなった場合、守護者達と恋愛どころか上手く連携を取り悪しきもの達と戦っていけるのか……

 そんな不安を抱えたまま、マリエルはエリクス魔法学園の門をくぐったのだった。

 

 ゲームのプロローグ、新しい生活に少しの不安を抱きつつも胸を躍らせて学園に足を踏み入れたマリエルは、悪役令嬢セレナの洗礼を受ける。

 曰く、貴女のような庶民が遊び気分で入学できるような学園ではない、身の程を弁えなさいという、よくある悪役令嬢の台詞を浴びせられるのだ。

 そして転生してマリエルとなった少女も、例に漏れずその台詞を浴びたのだ……が。

 言葉は何一つ耳に入っていなかった。

 ただただ両の眼を大きく見開き、息をするのも忘れてセレナの輝く美貌を全身で感じ受け止めていた。

 月の光を依って糸にしたような銀の髪、気高い光を湛えたアイスブルーの瞳。切れ長の目は長いまつ毛に縁取られ、目元の妖艶な泣きぼくろが冷たく人形めいた美貌に仄かな熱を与えている。

 彼女から放たれるオーラはまるでオーロラのようで、マリエルはそっと目を閉じると思わず拝んでしまった──その姿に周囲はドン引きである。

 そして嫌味を言ったのに何故か拝まれてしまったセレナ自身もドン引きである。

 何なんですの!と狼狽え気味のセレナの後ろから、これもゲーム通り……いや本来は婚約者を諫める為に登場するリオン王子が、大きな疑問符を浮かべながら顔を覗かせた。

 なんとも締まらない登場だが、やはり推しは格好良かった。

 月光のようなセレナの銀髪と対なす陽光のような金の髪と、精悍な光を宿すエメラルドグリーンの瞳。

 猫のようなツリ目が生意気さを表していたが、責任感が強く周囲を思いやれる優しさも持ち合わせている、マリエルより一つ年上の少年である。

 だが、もはやマリエルは推しをちらと見ただけですぐにセレナに目を移してしまった。

 いやかっこいいとは思った。もしも登場した順番が逆であったなら、マリエルはリオンに見惚れたのかもしれない。

 しかしこの世界で初めて目にした明け歌のキャラクターはセレナであり、その美しさにすでにマリエルは撃ち抜かれてしまったのである。

 シナリオ通りの出会いは、シナリオを逸した出会いとなってしまったのだった。

 

 

 

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