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十一協会VS中林寺百手暗殺拳

作者: ガラクタ男

 元々別サイトで公開した短編を弄りました。

 俺の乗った電車は、ゆるいカーブをノンブレーキで駆け抜けている。ちょいとばかし定刻を遅れたせいで、ダイヤの復帰に躍起になって運転していると見える。飛ばすね運ちゃん。

 

 電車はレールに沿って走るから好きだな。横道にそれる事は無い。ただひたすらレールの上を突き進む。時折停車を繰り返しながら。

 

 レールに沿った人生と人は揶揄するが、地図片手の車道に沿った人生じゃ、きっと道に迷うぜ。時として電車の停車よりも長く迷うし、気がついたら違う道に来ていたなんてこともありうる。俺は人が敷いたレールだろうが関係なく走る。敷かれたレールに、無意味な物無し。全てのレールにゃ意味がある。

こんな哲学的な思考を軽々と浮かべてしまう俺の名は鈴木陽一。今を駆け抜ける、青春真っ只中の29歳だ。

 

 29歳の青春というと違和感を持つ奴もいるだろう。一般的に青春とは13~20歳までの間を言うらしいが、そんなの俺には関係ねぇ。俺が今を青春だといえば青春だし、俺が今から降りる駅のホームから足を踏み外し、ちょうど来た特急電車にミンチにされれば今は晩年だ。

 

 さらに学生時代を青春という輩も居るのだ。となれば高校と大学共に浪人と留年を繰り返し、ようやく大学2年生となった俺も間違いなく学生時代を送っている。だから29歳だろうと俺は青春を謳歌している。文句あるか。

 

 電車が目当ての駅に着く。幸いなことに、俺はミンチにされることなく改札を出て、青春続行中。そこから見るからに気がふれているピエロがマスコットキャラクターという狂気の店で、ミンチを焼いてをパンで挟んだ物を食し、肉欲が達成された境地となった。

 

 俺はハンバーガーを発明した人間を尊敬する。あれほど、効率よく大量のカロリーを摂取できる食べ物は無い。ハードな現代社会を生き抜くためには、ファーストフードは必要不可欠だ。

 スローフードなど不要。あれほど食事に時間と金をかけられる人間は、きっと暇を持て余した金持ちか、本当に暇な奴のどちらかだろう。

 

 俺はそんな奴らと違いこれから忙しい。ツタヤで映画を2~3本借りなくてはならないし、そろそろ新しいエロ本も必要となっている。あと、喫茶店でスイーツを補給せねばならない上に、ブラブラと散歩をしなければならない。なんと忙しい一日か。

 

 そう、食事に時間をかけている場合ではない。俺にはカロリーコントロールなど不要で、ロハスな生活も不要だし、癒しも不要。俺は今、青春を生きているのだ。そんなものなど、年をとって食った物も憶えられなくなってからでも十分にできる。

 

 俺は駅前を突き進み、ツタヤへ向けて一心不乱に歩いていた。そんな時だった。

「すみません」


 何者かに声をかけられた。ピーンと来たね。これは俺をハリウッドへ招待するスカウトだと。かのナタリー・ポートマンもバレエ教室の帰りに受けた、スカウトがきっかけで「レオン」という映画とチャイルドポルノのボーダーラインな作品に出演した。


 青春真っ只中の俺がそんなスカウトを受けるのは、地球に巨大隕石が飛来する確率、あるいはラスベガスのスロットでスリーセブンが出る確率、もしくは俺が包丁を持った男に襲われる確率よりは高いだろう。


 こんな時の為に用意した、100万ドルの笑顔で振り返ると、リクルートスーツに身を包んだ爽やかな青年がそこにいた。爽やかさの塊のような青年。いや青年の塊のような爽やかさ。う~ん。いい表現が浮かばないが、とにかく爽やかだった。


「私手相の勉強をしているので、ちょっと見せていただけませんか?」


 青年は俺が想像したように、スカウトでは無かった。そこは残念至極だが、手相というのを見てもらえるらしい。いいだろう。俺の手相を見て驚愕しろ。俺は手相的にもう死んでいる人間なのだ。マジで生命線が短くて、手の中心辺りから消えてなくなっている。


 俺のような手相界のリビングデッドに出会えて君は大変勉強になるだろう。世の中には常識で捉えることの出来ない稀有な存在が居るのだ。それが俺だ。


「いいぜ」

 俺は速攻に返事をした。すると爽やか青年はこれまた爽やかな笑顔で微笑んだ。


「ここではなんなので、喫茶店で」

 よろしい予定は変更だ。とりあえずスイーツを補給しつつ、この爽やか青年に俺の手相を通じ、この世のシステムを教えてやろう。


 とりあえず最寄りの喫茶店へと入った。そこはスターバックスやドトールのようなチェーン展開の喫茶店では無く、ショーケースにほこりの被ったサンプルが置いてある、くたびれた爺様のような店だった。うむ、実にいい。俺はこういう喫茶店の方が好きだ。大人で、アダルトで、成人しているような雰囲気がいい。


 そして何より「きゃらめるふらぺちーの」だの、「かふぇあめりかーの」だの、宇宙食を連想させるような奇怪な名前のメニューが無い。あるのは「ホットコーヒー」とか「オムライス」、そして「チョコパフェ」だ。


 俺はそんな喫茶店で青年と向かい合う形に座り、即座に不味いことに気がついた。チョコパフェにするか、カキ氷にするかという問題だ。


 チョコパフェは好きだ。大好きだ。愛していると言っても語弊が無い。俺の妹をくれてやってもいい。俺に妹はいないが。だが、今は夏だ。カキ氷も捨てがたい。というか夏にチョコパフェはヘビーだ。ここは爽やかに、カキ氷と決め込むのがメンズだ。しかし、ここでチョコパフェ以外の物に、簡単に浮気していいのか?


 俺がメニューを見て迷っている間に、爽やか青年を見て閃いた。

「おい!お前!ちょっと俺の手相見て、『チョコパフェ』と『カキ氷』どっちがいいか決めろ」


 しばらくして机の上にはチョコパフェが置かれた。爽やか青年はそのパフェを見つつ、困惑した表情を見せている。だがこれも勉強なのだよ、勉強。情報化社会であるこの世界では、顧客が求める情報を的確に集めなければならなければ競争に打ち勝てない。新聞にそう書いてあったぜ。お前は既に情報化社会を生きる易者になったのさ。さぁ生き残れ。情報化社会を。


「え~っと、では手相を見ますね」


 いよいよ始まるらしい。俺は3秒後に驚愕するこの爽やか青年を想像し、笑みが顔から爆発していた。それを見て少しビビッている爽やか青年。ふふ、もっとビビルのはこれからだ。


「え~。家族との関係は良好ですね」

 えぇぇぇぇぇぇぇぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。無視かよ。この手相界の生きる屍を前にして、最初にいう台詞がそれかよ。こいつ近視か。いや近くのものが見えないから遠視か。それとも集中力を欠いているのか。修行不足か。


 あぁ、もうどうでもいい。爽やか青年。てめぇは絶対に出世できねぇ。俺が断言してやる。てめぇは手相界の底辺で、一生這い蹲る人生だ。浮上することはねぇ。手相界のワーキングプアーになって、月に一度の松屋以外の昼食を楽しみにしながら死ね。


 しかも、家族関係良好って的外れもいいところだ。いや、兄貴とは仲いいし、親父を尊敬しているが、ブルズアイには程遠い!


 俺が10の頃まで、母親は俺を無視した。腹が減ったといっても、おもちゃが欲しいと言っても無視しやがったんだ!


 何故なら、奴の心はブラック・サバスに向けられていたんだ。俺の泣き叫ぶ声よりも、ヘッドフォンでオジー・オズボーンのシャウトを聞いていたんだぜ。俺はまさに「children of the grave」だったのさ。


 んで、一丁前にグレた俺はマリリン・マンソンに出会った。その日から母親が俺を注意するする声よりも、マリリン・マンソンのシャウトを聞いてたんだぜ。俺にとって母親なんて「The Nobadyes」だったのさ!


 そんな俺達をみて、親父は「二人とも音楽が好き…まさに親子だな」って言っていた。俺が尊敬する親父が言ったんだから間違いねぇ。…あぁ、うん。当たってるな、占い。


 俺はチョコパフェを口に入れ、ホットなハートをクールダウンさせた。生命線を無視され、ついつい熱くなっちまった。まぁホットなハートは必要だが、行き過ぎるとブレインを焦がしちまう。ホットなハートとクールなブレイン。メンズはこれだね。


「あっ!ちょっと待ってください!」


 突然爽やか青年は、声を上げた。


「これは…ちょっと、不味いですね」


 おいおい、何だそりゃ?俺の心臓にガンでも見つかったてな具合だな。なんだ遂に俺もダメなのか?青春真っ只中が、マジで晩年と化すのか。どうなんだ。おい。


「私より偉い先生に診てもらう必要があります」


 そいつはつまり手相界にも、ブラックジャック的な名医ならぬ名易者が存在するのか。それなら、とっととそいつの場所まで行って、悪いところ全部キレイキレイしてもらわねぇとな。


 ついでに顔が悪いのも直してくれ。こいつのお陰で人生苦労してるんだ。苦労忘れの為の、ワンカップ大関が毎晩手放せねぇんだ。




                     2

 俺は後日、爽やか青年が指定した建物を探していた。曰く「偉い先生」がいるらしい。


 俺はてっきり山奥に住んでいるものだと思っていた。だって手相界の偉い先生ってぐらいだから、霞を食って生きているもんと考えるのが普通だ。世俗を離れて、世俗には理解できない生活をしているのが、易者界の重鎮の生き方だと何の疑いも無く思っていた。


 だから、前日までに俺はピッケルやゴーグル、分厚い防寒着を用意しておいた。もちろん家族宛に遺書まで残したぜ。


「拝啓 ママ、パパ、兄ちゃん。先行く不幸をお許し下さい。ですが、私には一切の悔いもございません。どうせ手相学的に後先短い人生です。これが私が私なりに選んだ道なのです。これこそが私のサンダーロードなのです。あの世で狂い咲きます。

PS:パソコンの中身は破壊してください。

PPS:ベットの下のダンボールは、中身を空けずに吉田に返してあげてください。

PPPS:本棚にある女の人の裸が載っている本は兄ちゃんので、決して私のではありません。」



 そんな万全の準備を重ね、完全装備に身を包んだ俺は、どういうわけか今住宅街のど真ん中にいやがる。ちゃんと住所も間違いねぇし、俺が迷うはずがねぇ。


 来るべき道を、クソ張り切った太陽の元、完全防備で歩くのは苦行だぜ。俺はこれが出来るんだから、茨の王冠かぶって、十字架背負って鞭打たれながら、嘲笑の的になりつつ、丘の上まで歩くことなんて屁じゃねぇな。まぁ上った後は、あのお方にお任せするがな。主は偉大なり。


 息切れしつつ、ついた先が「十一教会会館」と書かれた建物だった。ここにいるようだ。そうか、偉い先生ならビルの一つや二つ持っているだろう。畜生。「偉い」のベクトルを履き違えたぜ。この世の中、山篭りしている人間が偉いというわけじゃない。それならノーベル賞受賞者は、みんな修験者になっちまう。


 俺が会館に入ると、炎天下の雪山装備の労をねぎらう様にクーラーの冷機が俺を歓迎してくれた。いや、歓迎してくれたのはそれだけじゃなかった。


「お帰りなさい!」


 その会館にいた老若男女が俺に克目し、歓迎をしてくれたのだ。


「…ただいま」


 俺は暑さと疲労の中で、自己陶酔の極みにいた。軽くだがカウパーも出てたと思う。生きてきて29年、ここまで歓迎をされたのは…あ~…23歳の時に吉田が開いてくれたサプライズパーティ以来だから初めてじゃねぇな。


 あの時は警察オタクの吉田が、あろうことに機動隊の格好で突入して来たおかげで、俺は必死で「ドンシュー、ドンシュー」とハンズアップしていた。サプライズと言われた時は、奴をハグして、そのまま障子に向かってぶん投げた。それくらい嬉しかった。そしてそれはこの歓迎も同じさ。ぶん投げないけど。


 俺は飛び出そうなハートを押さえた。どっかの偉い人も言った「片手に聖典を、もう片手に剣を」んで「剣は抜いたら負け」。だからハートは鞘に収めておいた方がいいんだぜ。アッラーは偉大なり。


「待ってましたよ」


 爽やかな笑顔を携え、例の爽やか青年がやってきた。畜生、爽やかだな。ホットハートとクールブレインなら、俺の足元にもおよばねぇが、その爽やかさだけならお前の勝ち。お前がナンバー1だ。


「では、こちらへ」


 そういって俺はエレベーターに乗り込み、一番高いとこにある応接室に通された。そこにいたのは、おっさんだ。スーツを着たおっさん。油ギトギトのアブラギッシュで、アブラカダブラと唱えそうな若干アラブ的な匂いを漂わせるおっさん。それがニコニコ笑顔で応接室のソファーに腰掛けていた。


「先生、こちらが鈴木陽一さんです」


 お~っと爽やか青年がここで-100ポイント。紹介はまずお客が先なんだぜ。ゲストが先で身内が後。身内が社長だろうと、会長だろうと、神だろうと、悪魔だろうと、まずはゲストを身内に紹介するのがこの世界の常識ってもんだ。これが俺だったら、「鈴木さん、こちらが先生です」ってな具合に、クールブレインのラジエーターをガンガンに回しながら、ゲストへのウェルカムを絶やすことはねぇ。


 ん、先生?こいつがあの「偉い先生」かよ。


 ヘイヘイヘイ、友人よ。こいつが先生だとぉ。こんなアラブギッシュでアブラカダブラなおっさんが幸運のリスペクトを受けて不運をディスする「偉い先生」なのかよ。こいつは驚いたな。


 だが人は見かけによらねぇから、きっと人知を超えたパワーを持っている可能性はゼロじゃねぇ。そこで挨拶がてら、俺は一つ挑戦状を出した。


「どうも鈴木陽一です。空飛べます!」


 これはマジだ。俺はマジで空を飛べる。高校の頃、校舎の3階から飛んでみたのさ。結果、わずか0.002秒だが俺は空中で静止することが出来た。代償は右足複雑骨折と高くついたが。


 だから、修行した先生ならもっと長く飛べるだろ。修行もしていねぇ、俺が「空飛べます!」って言ったんだから、きっと先生は訝しげに俺を見てんだろ。


 それこそ、この道30年のベテラン料理人が「おい新入り、得意料理は?」と聞いたとき「煮物です」なんて答えようものなら鉄拳か、包丁が飛んでくるみたいに。まったくのずぶのど素人の俺が飛べるなんて言ったら、おっさんは超能力で軽々と飛んで見せるはずさ。さぁ俺の挑戦を受けて、飛んでみやがれ。おっさん。


「そうですか…。ではおかけ下さい」


 スルーか。そう来たか。最初は油断させて、後で秘められた力を解放するんだろ?実はその趣味の悪い時計が、制御装置になってて、そいつを外すと体からオーラ駄々漏れ状態なんだろ?


「あの、鈴木さん…あんまり変なこと言わないで下さい」


 あの爽やか青年が俺に耳うった。クソ、声もよく聞くと福山雅治そっくりだな。息だけは福山なんてレベルじゃねぇぞ。


 そんなウットリする俺に、おっさんは俺の手をとって手のひらをマジマジと眺めだした。


「う~ん、コホン。なにやら不吉な相が出ているようだが…」


 そう不吉なのは生命線だ。おい言えよ。「何故っ生まれてきやがったぁぁぁ」ぐらいは言ってくれ、俺の生命線についてそろそろコメントが欲しいんだよ。


「やや!これは良くない」


 そうそう。


「貴方の亡くなった親族で、貴方を恨んでいる人間がいる!!」


 馬鹿かてめぇは。どこでどう履き違えればそうなるんだ。この弟子にして、この師ありだな。なんでドイツもこいつもイタリアも、俺の生命線を無視すんだ。こら。最早俺の生命を無視する勢いだな!


「落ち着け。クールを忘れるな」


 俺のクールブレインがそう囁いたので、俺はホットなハートを落ち着けた。ありがとうクールブレイン。君のお陰で俺は激情に駆られた絞殺魔にならずに済んだよ。んで、おっさんの油で手がベトベトにならずにも済んだ。


「クールと共にあれ」


 そう言って、クールブレインは俺の思考の影に隠れた。俺は心を完全に落ち着け、明鏡止水の境地の1歩手前までに至った。そして俺の思考は俺を恨んでいるくたばった親族を探す。

だとすれば一人だけだった。俺のじいちゃん。


 俺のじいちゃんは御年99才でこの世を去った。晩年は「デイサービスのプレイボーイ」と呼ばれ、ばぁさん連中にモテてモテて仕方が無く、じいちゃんを巡って刀傷沙汰まで起こったと言われた。


 実際はじいちゃんにりんごむいていた、ばぁさんが指切っただけなんだけどな。


 で、その葬式は親族で厳かに行われていたのだ。じいちゃん程の人間だと、当然遺産もたんまりあるわけで、その山分けについて親族で罵りあいをした時だった。俺は親族の罵りあいには慣れてるし、親族も罵る為に生まれてきたような人間ばっかだから誰も気にしていなかった。


 そんな時、俺の親父が口を開いた。親父はぶっちゃけ婿養子で、じいちゃんによく虐められていた。そのせいで俺の親族の中でも、かなり舐められた人間だったわけだ。よく叔父さん連中に、からかわれてた。さらに叔母さん連中からは無視されていた。親戚という氷のカースト制度の最底辺。それが俺の親父だ。


 そんな親父が、初めて親族に意見したわけさ。そりゃもう、見ものだったぜ。下手撃っちまえば、親族からバキュームカーが逆噴射したような地獄の罵声を受け、二度と立ち直れなくなるだろうしな。実際親族方の喉の当たりまで、そんな言葉が何時でもテイクオフできるようにスタンバっていたと思うぜ。

そして親父は言った。


「てめぇら!大事なじいさんが死んだ時ぐらい静かにしねぇか!!」


 親父は泣いていた。


 多分虐められながらも、親父は親父なりに思うところがあったんだろうな。ほらSとMの関係みたいなもんよ。多分。


 で、そのシャウトを聞いた親族一同は黙った。喉に何時でも緊急発進可能だった言葉を、格納庫に収めたのさ。


 俺は親父を尊敬したね。いや、マジで。あそこであんな真っ直ぐな台詞吐けるたぁ、すげぇホットだ。原子力発電所並のホットハートの持ち主だ。


 ここでピピっと来た訳よ。何事にも斜に構えるクールな母ちゃんが、何で親父と結婚したのか。きっとホットハートにクールを溶かされちまったのさ。んで、ホットハートとクールブレインを持つ俺が誕生したわけよ。ん~奇跡だね。


 まぁここまでなら、巷に溢れる泣ける話で終わるんだが、親父は何を思ったか、じいちゃんを棺おけから引っ張り出して、庭にぶん投げた。


「てめぇが!余計な物残すせいだろうが!!」


 投げられたじいちゃんは庭の木に鈍い音を立てて衝突して、そのまま頭から地面にキスしたんだよ。えび反りになって着地するじいちゃんは、雅な感じだったぜ。さすがじいちゃん。


 そして親戚全員が暴走した親父を取り押さえようと立ち上がった。あんだけ必死で何かに立ち向かう親戚一同を見るのは、アレが最初で最後だろうな。親父のキレッぷりは半端なくて、向かい来る親戚を千切っては投げ千切っては投げ。もう天下に轟く無双っぷりだったぜ。


 最後の方は俺も止めに入ったり投げられたりで、よく憶えていねぇけど「みんなでじいちゃんを見送ろう」となった。


 ここで出てきたのが、俺の兄ちゃん。兄ちゃんは夢追い人。今年33歳。今も家の中に潜伏して夢を追い回している。夢を持つ素敵な兄ちゃんだ。その夢が月ごとに変わるのが欠点だけどな。


 そして兄ちゃんの当時の夢が「インドに行ってガンジス川のパワーを受け取る」って物だった。んで、そんな兄ちゃんが提案した「じいちゃんをお見送りする方法」ってのに、投げられまくった影響で、理性まで飛んでしまった俺達は賛同した。


 その方法とは、早く言えば「インドスタイル」。長く言えば「近くの川にじいちゃんを浮かべてそのまま大いなる流れに任せ、自然に返そう」。


 早速、俺達はじいちゃんを多摩川に連れて行って、棺おけの蓋に載せて見送ったんだ。


 昇り行く朝日を受けたじいちゃんの体は、本当に綺麗に見えた。 なんか、この世の束縛から解放されて本当に楽になっているんだと感じた。「俺も最後はあぁなりたいなぁ」なんて思ったほどさ。俺達は俺達なりに、最高の方法でじいちゃんを見送った。


 でも、世間的には最低の方法だったらしく、後日川崎のコンビナートの排水口に引っかかるじいちゃんが発見されて、ちょっとばかし世間を騒がせた。


 ニュースを見た親父は警察に「すみませんうちのじいちゃんが拾われたそうで、引き取りにきました」と出頭し、兄ちゃん共々危うく「死体遺棄」の罪を被るところだった。


 こんな事をじいちゃんにしでかしたんだから、きっとじいちゃんは俺を恨んでいることだろう。

いや、ブルっちまうね。よりにもよって、じいちゃんが俺を恨んでいるなんて。こういう時こそクールだ。クールに物事を分析し、咀嚼し、嚥下し、胃の中に収めないとならねぇ。クールさがキーだ。クール…クール…。


「イヤイヤイヤ!ヤバイなんてもんじゃねぇ!どうすんだよ!あのじいちゃんが俺を恨んでるってか?無理、無理、無理、無理っ!それなら死んで、あの世でごめんなさいするしかねぇ!」


 俺はやっぱり半狂乱になって、ピッケルの先を自分の首元に向けた。すかさず止めに入る爽やか青年。


「落ち着いてください!方法はありますから」


 いや、お前は俺のじいちゃんの恐ろしさを知らないからそう言うんだ。あのじいちゃんを怒らせて見ろ、アルマゲドンと黙示録が一緒に来きてもいいのか。新型インフルエンザ世界的大流行なんてそのオマケみたいなもんだ。


「まぁ落ち着いてください。救われる方法があります」


 そう言ったのは先生だった。そうだ。俺には先生がいるんだぜ。きっとスーパーパワーで、クソったれのじいちゃんなんてイチコロさ。


 あぁ、ごめんなさいお爺様。今のは心にも無いことです。


「さて、この壷を購入して家に置いてみてください」


 そういって、ビッグな壷を先生は俺に差し出した。それを見て俺は察した。つまりこの壷がじいちゃんすら先祖の墓までぶっ飛ばす、最強の武器なのですな。こいつを装備して、振るえば俺は最強になれるのですな。


「あの、剣とかで無いんですか?」


「は?」


 いや、武器が壷ってちょっと冴えないでしょ?つぼ型があるのだから、剣型はもちろんのことハルバート型やブーメラン型も当然あるんですよねぇ、先生。壷武器にしているんなんて、カンフー映画ぐらいですぜ。


 あぁ、そうか。先生は俺がカンフーマスターだと見抜いてお出ででしたか。確かに私は「日本の李小龍」といっても過言ではございません。いや、最早「李大龍」とでもお呼びください。


 俺は壷を片手に、ちょっと振ってみた。怪鳥音と共に。


「ホアタァァァァァァァア!」


 う~ん。腕になじむ、実にいい壷だ。


「これは効きそうですね!」


 俺は先生にそういった。先生は俺をポカンと見上げている。無理も無い。俺はカンフーマスターで、先生はカンフー初心者。俺の技に今頃先生は、溢れるリビドーでパンツがグシャグシャになっているのだろう。


 俺がここまでの極みに達するのに、実に20年もの月日がかかった。


 俺が9歳の頃に兄ちゃんが、突然上半身裸で生活しだしたのがきっかけだった。時期は雪降る、真冬ど真ん中。兄ちゃんが好きだった俺は「風邪引くよ」とTシャツを渡した。


 しかし兄ちゃんは、そのTシャツを手にすると、Tシャツをぶん回し始めたのだ。右へ、左へ、左へ、上へ、下へ、斜めへ。その流れるようなぶん回しっぷりに、俺は興奮した。今思えば、あれはヌンチャクアクションだったのだ。

喜び狂う俺に兄ちゃんは言った。


「Don`think.feel.」

「フィール!フィールってなんだ!?クールとは違うのか!!」


 幼かった俺は、兄ちゃんの一挙一動に驚嘆するしかなかった。


 そのあまりの驚嘆振りのせいか、兄ちゃんは俺を普段は絶対入れない、兄ちゃんの部屋に案内してくれた。そこで見たのは、そこには難しい漢字が沢山書かれた、うず高く積み上げられたビデオの山。


《死亡遊戯》

《少林寺三十六房》

《熟女性愛生活》

《酔拳》

《女子高生盗撮秘話》

《蛇拳》

《蛇鶴八拳》


 兄ちゃんはその中から、一本を俺に貸してくれた。


「陽一のレベルならこれがいいだろう」


 その一本こそが「中林寺百手暗殺拳」だった。


 それは兄を殺された弟が、憎き敵を討つために中林寺に伝わる秘拳百手暗殺拳を武器に西へ東へと戦いに暮れるという、ありがちなストーリー展開。手持ちカメラで撮られた、1回見ただけだと何をしているんだか、さっぱりわからないアクションシーン。「私は敵を倒す」と話せば「ではご飯にしよう」と答える支離滅裂な台詞回し。この映画以外に見たことの無いキャスト。時折、画面に映りこむスタッフと、セットの骨組み。まさに駄目映画の王道を大股で歩くような、キングオブファッキンカンフー映画だった。


 だが当時9歳の俺には革命だった。映画なんてアニメぐらいしか見たことの無い俺にとっては、色々な意味で初めての衝撃。まさにターニングポイントとなった映画だった。何時しか真似ていた。この映画の動きを。主人公の動き。中林寺百手暗殺拳を。


 巻き戻し、スロー再生、早送りを繰り返し、ひたすらその映画に見入り、やがて完璧にトレースするまでになった。だが、そんなもんじゃぁ俺のホットハートは満足しねぇ。それから来る日も来る日も、俺は「中林寺百手暗殺拳」に執念を燃やしていた。やがてトレースだけに飽き足らず、その動きから新たな可能性を感じ、一人黙々と「中林寺百手暗殺拳」の開発に勤しんでいたのだった。


 そして20年目にして俺は感じ取った。文字通りフィールしたんだ。「中林寺百手暗殺拳」が完成したと。無駄の無い無駄な日々が結実した。


 まずその報告は当然兄ちゃんにしたんだ。その時兄ちゃんはリビングで、ブオンブオンと口から発しながら、交通整理なんかで使う光る棒を一心不乱に振るっていた。


「兄ちゃん!俺、中林寺百手暗殺拳極めた!」


 俺がそういうと兄ちゃんはしばらく考え込んでいた。


「え!中林寺?…あっ!あぁ~。そうか遂に極めたか!そうか、そうか」


 と言った後に兄ちゃんは、フォースの習得で忙しいからと言った。


「フォース?フォースってなんだ?フィールと違うのか?」


 だが兄ちゃんはフォースとは何か教えることは無かった。なぜだろうか。

ちなみに兄ちゃんはこの間、黒いロングコートにサングラスで二挺拳銃を撃っていたから、よくわかんないけどきっとフォースの習得を終えたのだろう。


 それからしばらくして、兄ちゃんは飽きもせずに擦り切れて砂嵐しか流れない「中林寺百手暗殺拳」を見ていた俺にこう言った。


「すまん!俺が悪かった!陽一!お前はもう…カンフーマスターだ!」


 初鑑賞から実に20年ぶりの免許皆伝だった。こうして俺は偉大なる兄ちゃんより「中林寺百手暗殺拳」を体得したと認められ、カンフーマスターとなったのさ。

 



                  3

 俺はそんな過去の回想を辞めて、再び現代社会へと舞い戻った。そう、俺が生きるべきこのジャングルに。そして視線の先には先生がいた。


「は…はぁ、それは何よりです」


 先生は相変わらずキョトンとしている。フフフ、そんな顔してても俺のカンフーに下の象さんはグチョグチョなんだろうが、この淫乱先生が。


 俺はクールブレインを起動させ、クールが服着て立ってるってな感じで壷を置いた。


「いただきましょう」


 俺はあくまでもビジネスライクにそう言った。そうした方がクールだからだ。


「で…ではこの壷のお値段ですが、100万円ほどになります」


 俺は即座に100万円という金額を計算した。結果は100円玉で換算すると、1万枚というものだった。それぐらいなら家を傾ければ、出てきそうだ。よく机の中から小銭が出てくるし。


「わかりました!買いましょう」


 即決だった。で、肝心の分割支払いの方だが、月々100円の1万回払いで交渉したら、何故か適用されず、1ヶ月10万の10回払い返済となった。まぁいい。要は1ヶ月に100円玉を1000枚用意すればいいのだから。


「では…ここに判を押してください」


 だが、俺は今をときめく青春真っ只中の大学3年生で、印鑑なんて気の効いた物は持っていない。これは不覚だった。契約に判子がいるのは社会人としての常識。だが俺は大学生だから常識に捉われてはいけない。なんとか印鑑の変わりになる物は無いか、リュックサックを探してみると、非常用食料として入れていたサツマイモが眼に入った。


「ちょっと待っていてください。今彫りますんで」


 俺は先生にそう言うと、サツマイモに「鈴木陽一」と掘り始めた。しかし、そう上手くはいかないもので、どうしても字が歪んでしまい印鑑と言える物は彫れなかった。失敗する都度、サツマイモが短くなっていく。


 落ち着け陽一。クール。クールだ。


 俺は自分の心を落ち着けようと必死だが、そうなればそうなるほど、ホットハートが俺に「燃えろ」と囁くのだ。やがてホットハートは形を成して、俺の前に現れた。そいつは俺が小学校3年のころに、人目を盗んでは縦笛ペロペロしていた、マイスイートハート。北条さつきさん(11)そっくりだった。


 ここであえて言おう、俺にロリータ・コンプレックスは無い。俺のホットなハートが、たまたまそういう形をしていただけであって、俺は断固としてぺドフェリアじゃねぇんだ。


 まぁ「中林寺百手暗殺拳」の習得に費やした時間のせいで、俺の恋愛観が小学校3年生で止まっている事は否定しないがな。ほら、何かを得るってことは何かを失うってことなんだよ。電車の座席が一人分埋まれば、一人分の空席がなくなるように。俺の場合、手に入れたのが「中林寺百手暗殺拳」で、失ったのが健全なる恋愛感情と性嗜好ってだけだ。


「あのさ…なんか変じゃない?」


 さつきタン…もとい、ホットハートは俺に囁いた。俺は印鑑が彫りたいので、あえて無視したが、耳元にかかる吐息があまりにリアルなものなんで、思わずボルケーノしかかった。


 何がボルケーノ?そんな野暮ったいことは聞くんじゃねぇ。


 で、奴の吐息と囁きがかかる度に集中力が切れて、大根には「ゴンザレス」と彫られている。クソ、やり直しだ。


 だが、不思議なことに俺のクールブレインも稼動していた。両方同時に働くなんて事は生まれて始めてだ。


「何か変だろう?」


 ホットハートとクールブレインが同じことを言うもんだから、俺は判を彫る手を止める。おいおい、俺がここで印鑑を彫って、ローン組んで、壷買って、こいつでじいちゃんをぶっ飛ばさないと恐ろしいことになるんだよ。


「でも…変だよ」


「あぁ、変だな」


 クソ、こいつら俺の妄想の産物の癖に、何もわかっちゃいねぇな。じいちゃんが俺を…恨んでいる?


「そう…変ね」


「変だな」


 そうだ。俺はじいちゃんが大好きだったし、じいちゃんも俺が大好きだった。だってじいちゃんに「ばあさんに言うなよ」と、裸の女が沢山いる店につれてってもらったことがあるんだぜ。そこはじいちゃんのサンクチュアリで、そこにつれてこられる俺はきっと特別な存在なのです。


 いや、親戚一同ばあちゃん以外は皆、「あそこで男にしてもらった」っていうぐらいだから、じいちゃんは皆大好きだったんだ。


 それなのに、たかだか死体を川に流して、変死体にグレードアップさせたから怒るじいちゃんかよ。これは明らかに変だ。


 俺がその事に気付くと、ホットハートもクールブレインも居なくなった。そうか!「Don`t think.feel」って事か!わかったぜ俺のハートもブレインも確かに感じ取った。


 一つ賢くなったカンフーマスターの俺は、サツマイモをその場でバリボリ食べ始めた。生は不味いし、健康的にも不味いことになりそうだが構うものか。これがファーストフードってもんよ。俺は10秒を待たずにサツマイモを完全、完璧に、完食した。


「しまった。印鑑を食べてしまったぞ!」


 これに先生も驚くだろう。印鑑消滅契約不能。残念だったな、この鈴木陽一はそう簡単と策略に嵌まる事が無い本能を持っているのさ。


「あの…言いにくかったんですけど…サインでもいいですよ」


 先生は俺に切り替えしてきやがった!なんと、サインだと!?ペン一本で解決って、まさに「ペンは剣よりも強し」だな。だがところがどっこい、俺が使うのは剣じゃなくて…。壷じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!ボケェェェェェェェ!


「悪霊退散!」


 俺は渾身の力で先生の頭に壷を叩きつけた。壷は先生の頭にぶつかり四散する。フン、こんな柔な壷じゃじいちゃんを殺すことなんて不可能だ。いや、元から死んでるけど。


「先生!」


 先生の頭は血が流れているけど、原型を留めていた。なんだ、この壷より先生の頭使った方がいいんじゃないのか。


 そんな事考えているうちに、応接間に色んな人が集まった。ヤバイ、なんかこっち睨んでいるし。あと、入り口当たりでたむろされたんじゃ、俺逃げ道無くね?


 俺は連中の眼を見た。殺気の炎を感じ取ったね。いや、「ここから生きて返すまい」って感情が手に取るようにわかるぜ。わかったところでどうしようもないんだけど。


 俺の後方には窓がある。


「お前!自分がした事がわかっているのか!」


 あの爽やか青年が、爽やかさ50%OFFにしてすげぇ怒っている。いや、まぁ悪かったけどさ。勢いってあるじゃん。それが反射的に出ちまったってわけで、悪いのは俺の反射神経だ。それ置いていくから、他は逃がしてあげて、ね☆。


 そんなことで許されるはずも無く、連中は「原罪うんぬん」「先祖の因果うんぬん」と俺を捲くし立てている。そうか、お前らそういう手で来るのか。


 よし、決めた。


 俺は後ろの窓を開けた。中には広い世界がある。高さ的に6階から見ている感じだ。というかここは6階だ。俺は奴らに振り向いて叫んだ。


「俺は空を飛べる!」


 そう言って飛び出した。俺の体はあの日のように、0.002秒静止して重力に引き込まれた。ここは6階で、あの日とは2倍の高さがある。こりゃ右足どころか、2倍のおまけで左足もバキバキかな?いやへたすりゃ死ぬ。死ぬ?俺が?うわぁぁぁぁ助けてぇぇぇぇぇ。死ぬぅぅぅぅぅぅぅ。


 なんて言うと思ったかぁぁぁぁぁぁ!こっちはとっくに学習済みなんだよぉぉぉぉぉ!


 俺が足を骨折した次の日、親戚の叔父さんが見舞いに来てくれた。見舞いには、たくわんの缶詰をくれた。やった!これ大好物。


 そう、たくわんの缶詰を気前よくくれる叔父さんは自衛隊で働いていた。しかも鍛え上げられた精鋭中の精鋭で構成され、あまりにもいろんな意味で精鋭すぎて「第一狂ってる師団」とまで呼ばれる第一空挺師団所属。そのせいで俺が知らない人生の仕組みをよく知っていた。その中の一つが、「2階から飛び降りても無傷で済む方法」。


 全身の関節を巧みに使って、転がるように重圧を全身に廻すパラシュート降下の際に用いられる秘法だった。それをおじさんは教えてくれた。イラストまで使って。ところであの時、なんで叔父さんは俺をかわいそうな目で見ていたのだろうか。まぁいい。


 さて差し迫ったる問題は、今が6階で、この秘法の有効範囲は2階までという事だ。だが、賞味期限を切れても食べられる食べ物があるように、たとえキャパシティーをオーバーしたってなんとかなるだろう。秘法よ、ここまで来て「ここからは我々の管轄ではない」といって帰るのは無しだ。ちゃんと安全を確保してくれ。そして俺を救いたもう。


 やがて地面が近づく。俺は習ったように、体を使った。


 ほとばしる強い衝撃。それも今まで感じたことの無いような強烈な衝撃だった。普段は1回転で止まるんだが、そのときばかりは2回3回。5回転でようやく止まった。俺は無事。秘法は偉大なり。自衛隊万歳。


 俺は建物を見上げた。遥か頭上の6階の窓から、眼をパチクリとさせている奴らが可笑しくてぶっ飛んじまいそうだ。そして俺は奴らに向かって叫ぶ。


「俺は鈴木陽一だ!俺は逃げも隠れもしない!挑戦は全て受けて立つ!」


 俺は中指おっ立てて奴らに突き出した。最高のファックユーを奴らに拝ませてやったのさ!やがて窓から奴らの顔がすっこんだ。俺みたいなカンフーマスターの見事な空中静止&曲芸着地に恐れ入ったか。うん、わからなくも無いよチミたち。


 で、ちょっとその場で一服していると、なんと出口から奴らが現れた。目にはやっぱり殺気が漂っている。


 おいおい、ここは「大した野朗だぜ」とかのたまって、諦めるのが筋だろう?俺が見てきた映画によると、お前らみたいな執念深い奴は、ラスト間際に酷い目に会うんだぜ。いいのかよ。それで。


 OK。なら、そろそろ「中林寺百手暗殺拳」の出番だな。まぁとりあえず、今は逃げるけど。




                  4

 俺は十一教会ビルから逃げて逃げて、逃げまくって、なんとか奴らと少し離れることに成功した。よしよし、いい塩梅じゃないか。だが、ほっとする時間はねぇ。この住宅街には、俺に復讐せんとする輩がまだまだ沢山居るんだからな。いまだに厳重体制って事だ。


 俺は準備運動を開始する。全身のバネを伸ばし、筋肉をほぐし、緊張を和らげ、あくまでもクールに、ホットなのは拳だけ。俺は手近に会った、カーブミラーを取っ付けた鉄柱に、ちょっと突きを放ってみる。すると鉄柱は、ガコンというか、グオンというか、まぁそんな音を発しながら、ちょっとめり込んだ。うむ、今日は調子が良いみたいだから、全力の70%で相手になってやろう。そうじゃないと奴らの背骨がこの鉄柱みたいにめり込んじまうしな。


 俺が20年もの間「中林寺百手暗殺拳」に捧げた時間は決して無駄じゃねぇ。実際俺はメチャクチャ強えし。なんせ強くなることばっか考えて、体動かしまくってたからな。それを20年だぜ?どんだけ俺に才能がなくたって強くなるぜ。それに、ほらカンフーマスターだしな。


 ふと先を見ると、俺を探している風体の男が2人ほどいた。ここで逃げますか。いや、俺は逃げねぇ。むしろこれを狙ってたんだぜ。


 俺は音もなく、かといって決してスローではない動きで奴らに近づく。奴らが気づいた瞬間には、一人を突きで、もう一人を蹴りで打ち倒した。バタリと奴らが倒れる前に、俺の五感は次の獲物を探す。声がした。距離200メートル。次ぎ行ってみよう。


 ぶっちゃけ多勢に無勢はヤバイ。亜細亜の鷹である俺でもヤバイ。だが、こうして俺が逃げまくっているうちに奴らは足の遅い方からドンドン脱落していく。こうしてメチャクチャに逃げた俺を追いかけていくうちに、奴らは分断された。それを俺がゲリラ戦法でジワジワと、足の速い順に殲滅していってやる。


 これが兵法ってやつよ。スローフードだの、ロハスだの、癒しだの言っている場合じゃねぇんだ。現代社会じゃスピードこそ命。どんなに聡明で、高学歴で、高収入で、顔が良くて、足が長くても、世界最速のウサイン・ボルトの精神には追い付けねぇんだよ。


 だが、俺は違うぜ。俺はウサイン・ボルトを、何時か、何処かで、多分、恐らく、メイビーに、越える男になってやるのさ。だからそれまで、お前らのリンチを受けている時間は無いんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ。


 そんで俺は奴らの右から、左から、上から、下から、前から、背後から、電撃戦を繰り返していった。俺の動きに対処できた奴は独りも居ない。俺がカンフーマスターだからじゃない。奴らが弱すぎる。それだけだ。そして奴らが全部でどれほどの数になるか知らねぇが、もう俺の気が済むまでぶっ倒してきたから、そろそろ帰ろうと思っている。


 家に帰るために最寄り駅はどっち方角か探しているその矢先、爽やかさ78%OFFのバーゲンセール状態の爽やか青年に出会う。その手には包丁がしっかりと握られている。


 あぁ、俺も遂に全国紙デビューか。加害者の名前で載ることは想像してたけども、被害者になるとは考えなかったぜ。いや、生命線短いし、ここいらが晩年?


 んなわけあるか!掛かって来いこの爽やか青年が!俺は前々から貴様の爽やかさが気に食わなかったんだ!この声だけは福山雅治が!お前が福山なら、俺はキムタクじゃ!二大イケメンの豪華競演としゃれ込もうじゃねぇか!


 俺は構え、奴を見据えた。「中林寺百手暗殺拳」に死角なし。映画のように刃物相手ぐらい軽く蹴散らしてくれるわ。え~っと、包丁を持った相手との戦い方は…。


 無い。「中林寺百手暗殺拳」じゃ、槍とか鎖とか剣相手に素手で戦っていたけど、包丁相手はねぇ。なんで身近にあって、殺人道具TOP10に食い込むお手軽キラーアイテム包丁を相手取ったアクションを撮らなかったんだ。あのウスノロ監督共が。


 ちなみに「ウスノロ監督」ではなく「ウスノロ監督共」と呼んだのは、「中林寺百手暗殺拳」が余りに低予算なので3人監督が逃げ出して、4人の監督が取ったものを接ぎ足したチャンポン映画だからさ。


 包丁の対処方法じゃなくて、余計なトリビアが出てくる。もう駄目だ。テキスト無しの俺はケツをまくって逃げることにした。グッバイ爽やか青年。


「待てぇぇぇぇぇ」


 そうだよね。爽やか青年も、当然後を追ってくるよね。うんわかってるさ。フフフ、私を捕まえてご覧。ご褒美に私の中身を、文字通りの意味で見せて、ア ゲ ル ☆。…とか言っている場合じゃない。


 逃げる俺。追う爽やか。そして夕暮れ住宅街。そういえばこのシュチュエーションってホラー映画っぽいな。夕暮れ時の人気の無い住宅地を、包丁持った殺人鬼が迫ってくる。うん、雰囲気ばっちり。とか、考えているうちに袋小路に入っちゃったぜ。この展開。まさにこれ映画だよ。いよいよノリ的にクライマックスだな。


 俺は逃げるのを止めて、やつの方へ向き直った。奴も俺が逃げないと見たのか、走るのを止めて、ゆっくりと進み始めた。


「貴様、自分のやった事がわかったいるのか?」


 その台詞はさっき聞いたぜ。


「俺を陥れようって奴に一撃かましたんだけだぜ」


 あぁ今こんな台詞言っている俺ってかっこいい。ピカレスクなムードすら漂う。クリント・イーストウッドと、松田勇作を足して2を引いたようなタフネスさだな。さすが俺。


「お前は呪われているんだ!」


 あぁそうだね。呪われてるかも知れねぇ。だが、関係ねぇ。呪いなんて気にしているようじゃ、この怨念渦巻く、非情な社会で生きていけねぇんだよ。


「大人しく壷を買っていれば、こんな事にならずに済んだのに!」

「大人しく壷を買った行く末が、人殺しなら死んだ方がマシじゃ!」


 俺は言ってやった。どうせ、俺以外にもこんな具合にしこたま壷を売って来たんだろ。俺はさっき気がついたぜ。お前みたいに人の弱みに付け込んで、壺とか売るのって「カルト」って言うんだろ。そこで働いている奴だって、昔騙された人間だ。騙された人間が、ほかの人間を騙す。こんな事ぐらい新聞にいくらでも書いてあるのさ。まぁ完全に失念してたけど。


 お前もあんな先生の言うこと聞いてねぇで、広い世界に眼を向けろ。この世は、面白いぜ。


 爽やか青年は何も言わずに、俯いていた。おっ!俺の買い言葉が効いたかな?これで平和的解決へと…。


「お前に何がわかる!」


 あぁ、ダメだこりゃ。完全にそっちの方向に走っちまってるよ。参ったな。


「一つ聞こう」


 もう何もかも面倒くさくなった俺は人差し指をピンと奴に向けて指した。そろそろクライマックスらしい展開にしてやろうじゃんかよ。


「十一教会は、お前にとって信じる価値のあるものか?」


 奴は少しの間を置かずに言った。


「ある!現に僕は、先祖の因果から…」

「その先は聞くに及ばず!」


 話が長くなりそうだから、俺は奴の話を一方的に中断させた。


「いいか?『信じる』ってのはなぁ、『賭ける』ことなんだよ!どんな神様であろうと!自分を救ってくれるものと信じるのなら、そいつは神様に自分の人生を『賭けた』ってことだ!負ける事もある!そん時ゃ自分が大損することにもなるんだぜ!」


 俺が言うのもなんだけど、よくもまぁこんな最もな事を、口から出任せに言えるもんだ。


「それでも俺は…俺の信じる物に人生を賭す!お前も信じるものにBETしな!」


 そういって俺は右手の親指で鼻を弾いて、差し出した左手の指をグイグイと俺に向けて曲げてみた。これぞカンフー伝統の挑発方法。この挑発を受けて立ち向かわない者はいない。…はずだ。


 さて、お膳たてはしたぜ。逃げるか戦うか選びな。どっちでも俺は構わないぜ。


 奴は少し静止した後に、息を整えて包丁を両手で握り直した。馬鹿だね。仮にお前が俺を刺して勝ったところで、お前は警察に捕まるんだ。俺を殺しちまった罪でな。だからお前が戦うことを決めた時点で、勝っても負けても人生大損確定なのさ。


 だが、まぁ。男だね。


 俺は出来るだけ構えをコンパクトにした。包丁が内臓へ達するのを防ぐ為に、両腕を盾にして避ける。奴が必殺の武器を持っていたところで、刺せるのは一箇所。それをどっちかの腕で防いで、空いた手で強烈な一発を奴にお見舞いさせてやんよ。勝つためなら腕の一本は惜しくない。だが、痛いのは嫌だ。腕動かなくなるかも。そしたら中林寺百手暗殺拳はそれまでよ。うん、嫌だな。


 そして奴は俺に、一念で向かってくる。どんな理由かは知らんが、十一教会は奴にとって人生を賭けれるほど、信じられる物らしい。いや、信じたい物なんだろう。そんな奴が俺のすぐそこまで突進してくる。


 それを受け止め反撃しようとする俺。だが、俺の信じられる物ってなんだ?神、手相、情報、青春、映画と色々浮かぶが、そんなもんじゃねぇな、俺の信じるものは。


 俺は俺を作ってくれた物を信じる。

 

 母ちゃんは冷たいが毎日俺に飯を作ってくれる。

 

 父ちゃんは葬式の一件以外じゃ、俺にとって優しい父ちゃんだ。

 

 兄ちゃんは変わり者だが、俺は好きだ。

 

 叔父さんは俺に色々教えてくれる。

 

 じいちゃんは死んじゃったけど、俺は今でも思い出せる。

 

 そんなもんが俺を形作った。俺のレールだ。賭けるに値するじゃねぇか。

 

 「中林寺百手暗殺拳」は?

 

 もちろん信じてる。なにせ俺が20年間鍛えてきたカンフーだからな!

 


 そんなことを考えているうちに、全ては終わっていた。体がオートマチックに動いたと思ったら、拳が肉にぶつかる感触がして、俺は無傷だった。腕を犠牲にする気満々だったのだが、全く痛くない。体のほかの場所も痛くない。体もちゃんと動く。良かった、痛いのは凄く嫌なんだよな。いや、痛くないのはおかしいな。ちょっと待てよ。俺、死んでるかもしれない。生命線短いし。


 そこでほっぺたを抓ってみた。やっほーい凄く痛いぞ!いや、せっかく痛いのを避けられたのに、なんか損した気分だ。


 そういえばアイツは?振り返ってみると、奴は包丁を手放して、地面に臥していた。俺の一撃が決まっていたらしい。拳に残る感触がそれを物語っていた。

これを俺がやったのか。


 感じ取ったよ。「アレ」を確信したね。これが2度目で、2番煎じかもしれないがこの確信はリアルだ。頭の中でそれがでバッチっと浮かんだ瞬間に、俺の口は1フレーズをつぶやいた。


「中林寺百手暗殺拳…完成」


 Don`think.feel。俺の中のホットハートもクールブレインも、この確信に拍手で賛同してくれた。5年前のあの日に完成したはずの中林寺百手暗殺拳がまた一つ思わぬ形で完成された。この拳は、まだまだ成長する。きっと俺がまだ出会ったことの無いような、シュチュエーションと信念、そして強敵が現れるたびに中林寺百手暗殺拳は完成する。


 その気づきの嬉しさのあまりに、地面に転がっている爽やか青年に抱きついてしまった。一応言っておくが俺は異性愛者で、BLには走らねぇ。これは歓喜のあまりの抱擁であって、各自誤解の無いように。俺は健全な恋愛感情と性嗜好を失ってはいるが、前についているもんの判断はまだつくんだぜ。


「く、苦しい」


 奴がなんか言ったが俺はお構い無しだ。強く抱きしめ、キスをして、軽く服を脱がせにかかる。あぁ、こういうのも悪くないなと思い立っちまう。


「離せ!お前は勝利以外に何を望んでんだよ!」


 奴が俺を引き剥がした。そりゃもう必死の形相で。さっきより必死だったかも。でもまぁ、ありがとう。危うく危険な花園へ、俺まっしぐらになるところだったぜ。


「気がついたか」


 なに「目を覚まさせる為の緊急措置でした」的な雰囲気を醸し出しているんだ。俺は。


「とっくに気がついている!というかなんだアレは?全く見えなかった」

「中林寺百手暗殺拳だ」

「は?」

「…中林寺…百手…暗殺…拳…」


 聞き返すな!これ言うのなんか恥ずかしいんだぞ!あ、俺がこの名前付けたわけじゃねぇ。どっかの中国人のせいだ。


「わけわかんねぇよ」


 俺もだ。


 爽やか青年は、既に爽やかさを取り戻している。もう拳は必要ないだろう。決着はついた。それでも俺たちは敵同士だが、危ない抱擁のおかげでその辺が有耶無耶になってくれて助かった。また戦うの疲れる。


「行けよ」

「え?」

「逃げろっていってんだよ。まだお前を追っかけている奴らがいるんだぞ」


 「行けよ」とか「逃げろ」って勝った俺が言う台詞じゃないか。だが、これ以上相手にしていくのもなんだから、俺は奴の言うとおりにそそくさと帰る算段を考えていた。まずやるべき事は…。


「駅どっち?」

「あっち」


 そして次にするべきことは。


「ごめん。500円貸して」

「…ほら」


 俺の財布はリュックの中で、リュックは会館の中。俺は奴が投げやりに投げた500円玉を、大切に拾って、いそいそとポケットに仕舞う。クソ、勝ったのは俺だ。


 俺は500円を借りた爽やか青年にありがとうと、何度も頭を下げた。不本意だ。勝利者は俺で、勝利者は全てを手に入れるのが常だ。なんで、負けた人から小銭借りにゃならんのだ。


 あとリュックサックも返してもらいに行かなければ…。また、あそこ6階まで昇るのか。今度はきっと死亡遊戯の五重塔と化しているんだろうなぁ。各階に腕利きが待ち構えていたり…きっとめんどくせぇ。


「ありがとう…か」


 爽やか青年が口を開いた。いや、もう喋らんでいいよチミ。俺はクタクタなんだ。


「久しぶりに言われたよ」


 そうかい、そりゃ良かったね。俺は帰るよ~。


「なぁ」


 あ~。あ~。聞こえない。聞こえない。


「俺が元の生活に戻れると思うか?」


 そりゃ、お前さん次第だ。ぶっちゃけ俺にお前を救う手段も、やる気も、意思も無い。お前さん次第だよ。ずっとそこにいてもいいし、抜け出したいなら自分で何とかしてくれ。


 でも、「助かりたい」ともがいていれば、思わぬところで救われることだって十分にあるんだぜ。

それは巨大隕石が地球に飛来する確立よりも。ラスベガスのスロットでスリーセブンが出る確率よりも。俺がスカウトされてハリウッドへ行く確立よりも。ずっとずっと高い。


 でも俺が包丁を持った男に襲われる確立よりは低いな。


 俺はしょぼくれる奴に対し、忠告をして帰ることにした。


「…俺は今日、空を飛んだ」

「あぁ」

「6階から見事に着地した」

「…そうだな」

「さらに、数十人まとめてノシて。包丁相手に目に止まらぬ動きで倒した」

「言いたいことは、つまり…人間に不可能は無いとでも?どんな状況でも立ち直れるっていうのかよ」

「いや…真似すんなよ」

「出来ねぇよ」


 よし。それでいい。お前の事を俺に聞くな。お前はお前のレールを勝手に行ってろ。俺は俺のレールを勝手に進むぜ。とりあえず今乗るべきレールは、家の最寄駅に至るレールだ。


 俺の名は鈴木陽一。カンフーマスター。青春真っ只中の29歳。たった今中林寺百手暗殺拳を完成させた男。そして生命線が短く、手相学的に死んでいる男。しかし切れた生命線の先は、俺自身がレールを敷ける余地と見たり。未知の道が満ち溢れているのだ。


 さて、エンディングテーマが欲しいな。思いっきり調子のいいやつが。


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