表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

いやあ、

カチャ

「いいんですか?女中頭との約束を反故ほごにしちゃって。せっかくモテ期がやってきてるのに、それが全部パァになっちゃいますよ?」

「何、俺は戦の女神にさえモテていれば後は何もいらん。」

マッシュヘアーの言葉に返答をしながら、ヨナスは童顔の《イェルク・バシュ》から剣を受け取った。


「それに一番エラいのはお屋形やかた様だ。そのお屋形やかた様を差し置いて、なんでその嫁御よめごの前でわざわざ剣を外さねばならんのだ。そんな戦法、俺の喧嘩の仕方じゃない。」

喧嘩けんかって。いつ嫁御よめご喧嘩けんかする話になったんだよ。全く、お偉いさんになっても変わる気配がねえな、ヨナスさんは。

長い付き合いのレオンハルトは思った。


「相変わらずですね、ヨナスさんは。無骨というかなんと言うか。」

「まあ、そこが俺のイイところなわけだか。」

「ちったあ貴いお方々の真似事でもしたらどうです?折角せっかく言葉使いと取りつくろえるようになってきたんだし。」

レオンハルトは前を向いたまま清々しい笑みを浮かべるヨナスに向かって言った。

「馬鹿言え。この俺が貴族きぞくなんかの真似事をしてたまるか。俺の居場所はいつでもどこでも路地ろじに吐き捨てられた反吐へどのかたわら。それだからこそ真っ当に剣を握れると言うものだ。」

清々しい顔のまま言ってんじゃねえよ、そんなんだから昔からドブガキだのなんだの言われてきたんじゃねえか。ったく、大将としていただいてきたこっちの身にもなれってんだ。

「相変わらず仲良いですね、お二人さん。」

「仲良くなんてねえよ、こんなドブガキ。」

「さて、そろそろ部屋だ。喧嘩けんかの時間だぞ。武具の確認しっかりしておけよ、ドブネズミ。」


三人の目の前には質素だが堅固そうな扉が見えた。いつものように、真っ先にヨナスがノブに手をつける。


ガシャ









虐殺ぎゃくさつ強姦ごうかん、総じて略奪りゃくだつと言われる類ーーーーー


朝も昼も夜もとめどなく回り続けるこの世の端緒たんしょがそこにあるという、別に見もしなくていい単なる事実に過ぎないものが、私の性根に巣喰い始めたのは、一体いつからだろうか。


最初に浮かび上がるのは7つの時に見た父のあの顔。男爵だんしゃくとは言え、由緒ゆいしょ正しき家の嫡男ちゃくなんとして生まれたあの男の発狂はっきょうと母の殺害。


生気のない目を血まみれの床に向けたまま、して動かなくなった母から目をそらすことが出来ずおびえる私の肩を掴んで覗き込む震えたあの目。


『今お前の肩は母の血でぐっしょりとれている。これが世界の本当の姿じゃないのか?お前があの母の手に抱かれるのに、一体どれだけの暴力が必要だったと思う?あの母も私もお前を守るためなら王の軍団だって敵に回すだろう。だが何の甲斐かいがあってお前を守る?その軍団の兵士にだって、きっとお前のように可愛い娘がいるだろうに。私は何の権利があってその娘から父親を奪わなければならないのだ。私は何の権利があって、娘をその兵士に奪われなければならないのだ。』


後から聞けば好色こうしょくな王がその時私を見初めてて、俗世ぞくせとの関わりが深くなる前に私を後宮こうきゅうに入れて仕舞おうとお考えになられていたそうだ。その時事業に失敗していた父は多額の借金からの救済と引き換えに娘を王のめかけにするか、それとも親子三人路頭(ろとう)に迷い、自分の妻を売女ばいたにするかを迫られていたらしく、結局父は、私の肩を強く握りしめたあと、猛毒もうどくをあおって私の目の前でもだえ苦しみながら死んだ。


当然の如く、不吉ふきつの身となった私に後宮こうきゅうの話はなくなり、それからしばらくは不吉ふきつの身のまま親戚の家にばあやとともに厄介になる日が続いた。そのうち初潮しょちょうをむかえ、齢は16になり、それらしい見た目になった私にまた縁談えんだんの話が舞い込み、見せられた先方からの書状にはどこかで見覚えのあったあの王国の印が押されていたのだった。先日街路(がいろ)を馬車で走っていた時に、たまたま婆やと歩く私の姿を見かけたらしい。調べを出して、身元みもとを確かめると、どうやら私だと気付いたらしく、その不幸な境遇きょうぐうから救い出してあげようとお考えになられもしたらしい。


父と母がいない私には最早守ってくれる存在はなく、持参金の前払いを握りしめた親戚しんせきに勧められるがまま、春の涼しげな晴れの日に国章こくしょう入りの馬車に婆やと共に後宮こうきゅうへと連れられていった。


夜、王の到来とうらいを待つ寝台しんだいの上では、あれ以来ずっと考え続けている父の言葉を思い出していた。


あれはきっと、この王国に軒を連ねる一家の家父としての自分を見失ってしまった父の言葉ではなかったのだろうか?


剣を持ったものが自らに襲いかかるなら殺せばいい。だがそれが法の源泉たる国権に基づいてなければ如何いかにしようか。恐らくはその日から国権から離れねばならず、国権が自らの保障と護身の最終的な守り手であるならば、そこから離れることは自身を襲う暴力に対し、自らの暴力だけで相対しなければならなくなることを意味するだろう。


そこにある本当の恐怖は剣を握ることではなく、剣を握ることをあがなう存在が自分以外にないという呵責かしゃくだ。


例えばこの腐りきった世の中を変えるとして、一体私は何のために剣を握る?


自分のために剣を握ることが結局のところ虚無と倦怠けんたいと原始状態しか招かないとすれば、自らの乙女を我がものとしようとする王のためにだろうか?それとも自身の中に打ち立てた神や正義のためにだろうか?


そんなもののために剣を握ったとして、この国で一体誰が私とともに流れ出る血をあがなってくれる?その存在は、一体誰によってあがなわれている?


結局世間は私のことなど考えてくれないのだ。私は世間の存立のために求められ、だとしたら私が私である必要などどこにも存在しないではないか。


私は意見や意志など持たなくていい。本当はそちらの方が、世間は私にとって無害になってくれるのだから。


というわけで、世間というものは私が私であることを放棄する方がよっぽど楽に生きられるように作られている。ただ一つ言えるのは私は女で、この世の中が腐ったままでは自分の勝手じゃ生きられないということだ。


ならせめて、自分の意見などいらないという私の意見だけは持っていよう。世界に対し口をつぐみ、人形のように生きていくという意志だけは持っていよう。


結局その日王は訪れず、私はあつらえられた屋敷に押し込められ、それからは婆やと女中と、付けられた家庭教師と共に平坦な昼夜を送る日々が続いていた。

そんなある日。


「いやあ、君の出身は男爵家だんしゃくけだそうだね。僕自身は騎士階級の出だけど、今回男爵になったわけだから、君はめぐりめぐって戻ってきたというわけか。」


馬車の向かいの席に座る優しそうな顔の男が言った。この日から、王に変わってこの男が私の夫になることを暫く前に婆やから聞いていて、今日まですっかり忘れていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ