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賢者タイムの石  作者: 千日月
1章 俺とお前らと股間のルビー
8/21

1–8 素敵かもね

「酒だ酒だ〜!酒持ってこぉ〜い!」

 夜になり、共同戦線を祝う宴がズリさんの任されている基地で催された。

 酒と何かの生物の肉、野菜や果物も豊富だ。

 地球の物とはかなり見た目が違うが、味は決して不味くはなかった。この世界の住人と味覚が近くて助かった。

 ズリさんのような竜種をはじめ、カツオ、トカゲ、タルタルも並べられた食材をなんでも口に運んでいた。ベースになっている動物が肉食とか草食とかは関係なく、皆雑食なのだろうか。気持ちの良い食べっぷりだった。好き嫌いしていた種族は生き残れなかったとか、そんな感じだろうか。めちゃくちゃ食ってるな。


 そういえば不思議なことに、卓の上には各種調味料が置かれていた。塩、ソース、醤油、ケチャップ……ひと通りつけて食べてみたが、食べ慣れた味がした。ここに召喚された俺のような誰かが持ち込んだ、あるいは開発したのだろうか。

「見て見てタルタル殿〜! この眼帯ね、実は……じゃーん! ただのストレス性ものもらい〜!」

「現魔王にやられた傷とかじゃ、なかったんかーい!」

 タルタルとズリさんは酒の力も手伝って、すっかり意気投合しているようだった。肩を組んで笑いあっている。

 タルタルもズリさんも長生きしているようだったけど、一体何歳くらいなんだろうか。案外、歳が近かったりするのだろうか。

 ふと気がついたが、先ほどからミスティアさんの姿が見えない気がする。最初はちびちびと酒を飲んでいたはずだが、酔い覚ましにでも行ったのだろうか。

 俺は水の入った杯を持って、彼女を探すことにした。


 しばらく歩き回っていると、基地内の泉の近くに一人で座っているミスティアさんを見つけることができた。

 水面に浮かぶ月を眺めて、物憂げな表情を浮かべた横顔が美しかった。

「ミスティアさん! 隣、座ってもいいですか?」

「タカシさん、お疲れさまです。ええ、構いませんよ。どうぞ」

 明るい声で迎えてくれた彼女の隣に腰を下ろし、お水ですと杯を渡した。

「気が進みませんか」

 2〜3口傾けた杯を握りしめ、ミスティアさんは俯いてしまった。

「何年も戦争していた種族と、いきなり仲良しごっこなんて誰もがそう簡単にできることではないと思いますよ。タルタルさんが大人すぎるだけじゃないかな」

 彼女は伏せた瞳を潤ませながら

「いえ、あの、実は……そうじゃないんです。えーと、こんなこと、昨日今日会った人に言う事じゃないのかなって自分でも思うんですけど……」

「聞き役になることしかできないかもしれませんが、話してみて楽になりそうなら、俺で良ければ使ってやってください」

 俺はニコッと笑った。つもり。気持ち悪い顔になってませんように!

「実は私、死ぬ予定で旅に出たんです」

 夜でも相変わらず蒸し暑さを感じる気温であるというのに、身体の中の血液が冷えた感覚に襲われた。

「え、それはどういう……」

 彼女は困ったような笑顔を浮かべて続けた。

「私、生贄として村を出てきたんです。私の一族は代々巫女の家系で、魔王を鎮めるために捧げられてきました。タルタルさんは水先案内人というか……まぁ、そんな感じで」

 タルタルがまさかそんな……とちょっとショックを受けてしまった。俺はタルタルは意外とできる奴なんじゃないかと今のところ思っていて、その彼……いや、彼女なのか、そういえば性別不明だったな……いやもう彼にしておこう。その彼がみすみす彼女を死ににいかせるようなことはしないと思うのだが……。

「産まれた時からそのように育てられてきましたし、姉様(ねえさま)達がタルタルさんと旅立って……戻って来なかったことも知っています。覚悟はできていましたし、この旅だってどうせ死ぬなら最後に魔王にワンパン入れてから死んでやろうくらいに思っていて……でも……」

「でも?」

「タカシさんが現れて、すごい魔法を使っちゃって……私、少し希望を持ってしまったんです。あぁ、もしかして、死ななくても済むんじゃないかなーって」

 ミスティアさんは、膝を抱えて泣き出してしまった。

 はわわわわわあわあわわわわ、こ、こんな時どうすればいいんだ。クソ童貞の俺には分からない。

 俺があわあわしていると、彼女はズッ! と鼻をすすって、顔を上げた。

「ごめんなさい、もう覚悟は決まっていたのに、死ななくて良いかもって思ってしまったら、嬉しいような悲しいような、ずっと変な気分で、私、困ってしまって。明日には元気になっていると思いますから、今だけ許してもらえないでしょうか。お酒のせいにして。ね?」

 精一杯の笑顔を作った彼女は小首を傾げて微笑んで見せた。

 俺は思わず彼女の両手を握りしめていた。

「俺が……俺があなたを、守っ、救っ、いや、戦っ……あぁ、もう!」

 上手く言葉が出ず、首をぶんぶんと振っていると彼女がたまらず笑い出した。

「すみません、かっこいいこと言えなくて」

「ふふっ……いえ、気持ちは十分に伝わりました。ありがとう、タカシさん。私、頑張ってみます! 簡単に生贄になんか、なってやりませんよ!」

 両目の涙を指で拭って、今度はしっかりとした笑顔を見せてくれた。

 ふわ〜っと温かくてほわほわした気持ちが俺の胸の中に広がったように感じた。あぁ……これが恋……って、コト?

「無毛種と一緒が嫌でないのなら、みんなのところへ戻りませんか? 美味しいもの、たくさん食べましょうよ!」

「ええ! たくさん食べて、元気でいなくちゃね!」

 俺はモフモフの毛とぷにぷにの肉球の彼女の手を握り、昇天しそうになるのを堪えながら宴の輪の中に二人で戻った。

 後でタイミングを見計らって、タルタルには先ほどのことについて聞かねばならないだろう。だが、今はこの一時の狂宴を楽しもうではないか。

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