1−5 DTP
「タカシ……タカシ……」
聞き馴染みのない声がする。
「あれ? 起きないなぁ。日本人にはやっぱこっちの方がいい? ファイトー!!」
「いっぱーつ!!」
身体が反射的に反応してしまった。
くっ、不覚……だが日本人であればこれは仕方のないこと。恥じることなど何もないのだ。
起き上がると宇宙空間のような不思議な場所にいた。今の俺はさながらスペース・タカシか。
目の前には、見覚えのない人物がちょこんと座っていた。
……誰?
綺麗な紅葉色のおかっぱの髪。つり目の瞳はルビーのような見事な煌めき。その上には可愛らしい麻呂眉がちょこんと鎮座している。上下の睫毛はバサバサに長い。
とても整った顔立ちで、どこか品の良い高貴な雰囲気を感じさせる。女にも男にも見える中性的な容姿で、見た目はだいぶ若く見える。中学生くらいだろうか。
胸元にも大きめのルビーが一粒、キラキラと光っている。ブローチかと思ったが、身体から直接生えているように見える。どうーなってるの⁉︎
ゴムとかビニールのようなツヤツヤとしたスケルトン素材のとっくり襟……今風に言えばネックウォーマーというやつだろうか? を着用しており、肩紐のない……なんだこれは、ビスチェ? ビスチェかな? くっ、服装の知識が乏しい……。下半身はかぼちゃパンツにタイツ。こちらは両方に淡く白系のグラデーションがかかっている。ビスチェ部分からふわふわと丸みのあるスカートが生えていて、真ん中で左右に分かれてぽわんと浮かぶ独特のフォルムをしている。
手首には丸みのあるぽわぽわとした浮き輪のような腕輪。靴はぽっくり下駄のような厚底の靴を履いている。
近未来とエキゾチックな雰囲気を兼ね備えた、不思議な服装だ。
「やぁやぁ、初めましてだねぇ、タカシくん! 僕の名はエレクト。名前の意味が気になったら検索エンジンで……あ、調べられないかー! ごめんごめーん! こっちの世界には、スマホないもんねー!」
「は、初めまして……。あのー、君は俺に詳しいようだが、俺は君のことを全く知らないわけなんだけど……」
困り顔でエレクトと名乗った少年のような少女のようなその子供を見れば
「そっか、わかんないか、そうだよねー」
と、ふわふわと無重力にその辺をクロールしながら浮かんでいた。
「僕は君に渡された“力”さ」
真っ直ぐに俺を見つめる、ルビーの双眸が妖しく光る。
「ここは君の夢の中。この姿はタカシが最もイメージしやすい宇宙人の形をとってみたつもりなんだけど〜……どう?」
「すごく……少しふしぎという意味合いのSFです……」
そっかそっか! とエレクトはきゃらきゃらと笑った。
「僕はこの世界に来てから、DTPの高い人間を何人も渡ってきた。僕の正体はね、宇宙から隕石という名の船に乗ってやってきた小さな小さな生物さ。人間の頭の中に寄生して、DTPを食べさせてもらう代わりに君達が呼ぶところの魔法を使えるようにしているんだ」
「え……つまり……この魔法は……エレクトの……うんこ……ってコト⁉︎」
「その考えはやめてくれないかな⁉︎」
エレクトはぷりぷりと怒っていて、愛らしい。
見た目がケモノでないのが残念だ。今からモデルチェンジはできないのだろうか。提案してみようか……いや、しかし、このすこしふしぎスタイルも捨て難い。むしろ、この子に不必要な勃起をしなくていいので、このままの方がありがたいのかもしれない。
「以前の宿主は、どういう風に捉えていたんだろうか」
エレクトはフ! と笑って、
「僕の最初の宿主は僕のことを……賢者……」
ほうほう、かの有名な賢者の石か?
「賢者タイムの石と呼んでいたね」
「なんでそっち行ったーーーーーーー⁉︎」
俺はその場にすっ転んだ。
エレクトはというと、かっこいいだろー! とでも言いたげな顔で胸を張っていたが、俺の反応を見て
「え? なんか変な意味だったの? 今までの宿主は全員、納得の顔してたよ?」
と表情を歪めた。
「まぁわかるが……」
魔法を行使した後のあの倦怠感を体験すれば、そう呼びたくもなる。気持ちは分かる。分かるが……最悪なネーミングセンスだ。
しかし、頭の中に住んでいると言っていたが、知識の共有はされていないのだろうか? 共有されていたならば、この子の性格なら喚き立ててすぐに別の言い方に変えさせたと思うのだが。宇宙人のイメージは引っ張っていかれてるわけだから、何か制限でもあるのだろうか。
「まぁいいや、僕や魔法の力については好きなように呼んでくれたまえよ。僕には性別もないんでね。ちゃんでもくんでも好きな方でいい。それより、君の身体に馴染むまでに少し時間がかかってしまってすまなかったね。ようやっと喋れるようになったから、あいさつに来たってワケ。これからは運命共同体ってやつさ。よろしくね!」
両肩をぽんぽんと叩かれ、満面の笑みを浴びせられた。
「しかし、君は実に面白い。他人を救うために自分の能力を決めた宿主は今まで一人としていなかったよ。みんな自分勝手で……や、なんでもない。君には期待してるからね! タカシくん! 僕を楽しませてくれたまえよ〜!」
なんだかなぁ、といった気持ちで肩を叩かれていると、ぽんぽん、ぽんぽん……あれ? これは現実でも叩かれているのではなかろうか。
「エレクト! 起きる前に一つお願いが!」
「なんだい?」
「その容姿なら、語尾には〇〇なのじゃ! てつけて欲し」
言い終わるか終わらないかのうちに、意識がどんどん浮上していく。
「タカシさん! タカシさん! 起きてください!」
はっきりとミスティアさんの声がして、目を覚ますと、朝焼けの美しさを感じる暇も無く俺たちは敵勢力に囲まれてしまっていた。
しくじった、寝過ぎた。今度はかなり多勢だ。パッと見で人数を把握することができない。
俺の魔法でどこまでやれるだろうか……有効射程や最大補足人数もまだ分からないってのに! さっきの夢の中でエレクトにその辺を確認しておくんだった! タカシのバカ! デュクシ! 今日からお前はデュクシだ!
俺、タルタル、ミスティアさんは3人で背中合わせになり、周囲の敵を警戒し続けた。
だが、どうしたことだろう。敵兵士達は、武器を構えてこそすれ、襲いかかってくる様子はない。しばらく膠着状態が続いている。
なんだ……何かを待っているのか?
どうする、タカシ。攻めるか守るか?
決断するには純度100%一般サラリーマンの俺には経験が足りなさすぎる。判断ができず、冷や汗をかくばかりだ。何かこの状況を打破するものは……。
そう思っていると、敵兵の輪の一角が崩れ、奥から2m110kg……いや、そんなものではない。5mはあろうかという身の丈の、巨大な黒い鱗の竜人が、お供のトカゲと魚を引き連れてこちらに向かってやってくるではないか。彼は右目に眼帯をつけており、その身から伝わってくる圧は息が詰まるほどだ。きっと、歴戦の勇士なのだろう。
「お前か、得体の知れない魔法を使うやつというのは」
大地を揺るがす低音でその竜は喋る。
「そ、そうだ……」
「名は」
「デュク……うゔん! タカシ・タカシだ……」
俺は震える声で答えた。握った拳の手汗がすごくてぬるぬるだ。
竜は低く笑い
「タカシよ、その魔法とやら我の目の前でやってみせよ」
これは……どういった意図だろうか。
上手く吸えない空気を一生懸命に意識して呼吸しながら、竜の金色の瞳を見つめた。