1−1 この世からのBAN
ドン!
いや、バン!
……ズン!
ズン。ズンは違うな…。
バン!
俺の貧弱な語彙力の中では、これが1番近いかもしれない。
俺は全身に強い衝撃を受け、倒れた。
今、目の前は真っ暗で……というか、目蓋が閉じているのかどうかも正直よく分からない。感覚が薄い。とにかく、暗闇にいる。何も見えず、何も聞こえない。
ついに俺も死んだか〜?
と思ったが、死んだことがないので死んだ状態がどういうものなのか分からない。何を当たり前のことを……と思われるかもしれないが、正直それだけ混乱している。
残業が終わって普通に帰ろうとしていただけですよ? なーんも悪いことしてない。なのに、こんなのって理不尽じゃない?
意識がある今のうちに、自分のこれまでを思い返してみることにしよう。セルフ走馬灯とでも呼ぼうか。
俺の名前は高市タカシ。お見合い結婚した両親から生まれた一人息子だ。
兄弟姉妹はいなかった。両親にリクエストしたが、聞いてもらえなかった。
普通に義務教育を終えて、普通に高校、大学へと進学した。
そして普通にそこそこの会社に就職した。俺の生きた時代、大多数がこのような進路を選んだだろう。普通、普通、普通が1番。両親は喜んでいた。
歳は……えーと、40……いや、43くらい……だったと思う。30を過ぎてから歳を数えるのが面倒になり、最近は誕生日だからといって何か特別なことをするわけではなかったし、ソシャゲの特別演出で今日は誕生日だったのかと気がつくような無関心っぷりだった。
顔面は標準的なブサイクで、若い頃は生まれながらについてきたデバフを少しでもマシにしようと食事や身だしなみに気を遣っていたが、今や全身の肉はたるみ、髭剃りをバリカン代わりに襟足を整え、会社の上司に小言を言われなければ良いだろうくらいの気持ちになっていた。理髪店なんてもう何年行っていないか分からないな。
最後に体重計に乗ったのもいつだったろうか……会社の健康診断の結果が悲惨なものだったことは覚えている。おそらく100kgは超えているんじゃなかろうか。
風呂は毎日欠かさず入っていた。当たり前のことだが、大事なことだ。
仕事はしていたが、万年平社員のうだつの上がらない事務系サラリーマン。後輩たちからは陰で馬鹿にされていたのを知っている。正社員の肩書きにかろうじてしがみつけていた感じ。
妬みを買わず、かといって全然使えないという評価も受けないように努めた。周りの空気を悪くせず、和を乱さず、そして俺に大変な仕事が回って来ないように……穏やかに暮らすために立ち回った。
ごく稀にそんな俺を、ガッツが足りない! もっと頑張れよ! と鼓舞の名の下に露骨に攻撃して辞めさせようとしてくるヤツがいたが、耐えていれば数年で出世していなくなった。
そうしているうちにやがて誰も、何も言わなくなった。
リストラされなかったのが不思議なくらいに思う。上司に感謝だ。
なぜ、頑張らなかったのか? 端的に言えば、生きがいがなかったからだ。
若い頃はアニメやゲームなどが好きで追いかけていたが、段々と気力が薄れ、好きなシリーズでさえどうなってるのか分からなくなってしまい、ついていけなくなった。
社会に出て現実を知るごとに、成功してやろう、金持ちになってやろうなどという気持ちは消えていった。
近年は歳のせいもあってか、ぼんやりと死について考えるようにもなっていた。ここまで育ててくれた両親には申し訳なく思う気持ちはあったけども。
有名人に限らず、同年代の旧友、知り合いの中で死んでいくやつの話も……噂というのは恐ろしいもので、友達と呼べる存在がほとんどいない自分のところまでもそういった情報が流れてくることがたびたびあった。自分もいずれは、ある日突然、六畳のアパートで孤独死するのだろうか……。切ないが、そうなったとしても仕方のないことだと思った。自分には妻も子もいない。後に残されたものが悲しみ、苦しむような人生は送ってこなかったのだから、寂しいかもしれないが幾分か気楽にも思う。
いつまで経っても独り身を貫き続けた息子の死に方に、両親も納得してくれることを願う。
だが、いざそのような状態になってみると、やはり慌てるものなんだなと思った。今現在、進行形でその状況だからだ。
もしも……もしも……もう一度生きられるのなら、何をしたいだろうか?
そうだな、もし叶うなら家族を作りたいと思う。俺の理想の家族。モフモフの毛皮を全身に纏った、獣人の優しい女性(犬型希望)と、可愛い子供たちに囲まれて一生を終えたい。
そう、俺は結婚しなかったのではない。結婚できなかったのだ。
なぜなら、俺は、重度のケモナーだった……。
小さい頃の夢は「クマみたいなお父さんになりたい」だった。実際体型はクマになったが。
努力ならした。したんだ、一応。人間の中でも、なるべく毛の多い女性と結婚しようとしたのだ。でも、脱毛至上主義のこんな世の中じゃ……。
「脇毛に溺れて溺死したい……」
口から出た掠れ声を聞き、あぁ! 生きている! と実感を得て俺は目を開けた。