誰も知らない戦い
とある夜。
「…」
Fは、目覚めた。
とても暗い、床も壁も天井もなく、ただ黒い霧が包み込むだけの空間で。
「どうだ?役に立ったろ。それ」
…Fの目の前に、スキンヘッドの男が立っていた。
長袖の黒い服を着ている。その顔は…はっきり言って鬼だ。
笑顔を浮かべてるが、それでも相手を威圧する為だけに形成されたかのような顔である事がよく分かる。
Fも睨み返せない程だ。
しかし、強く聞いた。
「お前、俺に導狼の証を刻んだあの店主だな。感謝はしてるが、こんな所に閉じ込めて何の用だよ?」
男は黙ったまま、Fに話す時間を与えていた。
Fはゆっくりと、適当に歩く。床はないのに、乾いた足音が響く。
そしてその足音は暗い霧へと吸い込まれ、どこかへ走り去る。
「…分かってるぜ。あんた人間じゃないんだろ。魔力を持つ人間とも違う。かと言ってモンスターでも悪魔でもない。…何者だ?」
「格好がつかねえ発言だな」
男は腕を組む。
長袖でも筋肉が分かるほど、屈強な腕だ。
「俺が誰であるかなんてどうでもいいだろ。今回はお前の最終テストをする為に来てやった」
首を傾げるF。
…男は、両手の拳を構えた。
それを見て、Fも右腕を捲り、青い狼の入れ墨…導狼の証を見せた。
男は首を鳴らす。
「喧嘩だよ。分かるだろ?お前の生きようとする意思、確かめさせてもらう」
風もないのに、二人の服が僅かに揺れた。
「何だか知らねえが、ここから出してもらうぞ!」
Fは飛び出し、男の胸目掛けて拳を放つ!
男は跳ね返そうと左手を構えるが、Fは途中で攻撃を中断、空中で回転して蹴りを放つ!
更にそこから拳を叩き込み、おまけとばかりに蹴りをぶちこみ、その勢いでバク中、見事に着地した。
…が。
「ん?今触ったか?」
…男は、無傷だ。
それどころかFの攻撃を攻撃とすら捉えていない。
流石に目を疑うF。
「…!…なら、これならどうだ!?」
導狼の証を光らせ、拳に力を集めつつ男の顔面に拳を打ち込む!
一発、二発、三発…次々に拳をぶつけていくが、微動だにしない男。
それどころかFの腕を掴み、そのまま自身の背後に投げ飛ばす!
何とか空中で体勢を立て直し、もう一度男の背中目掛けて拳を打ち込もうとするが…。
…何と、男は背中を向けたまま、拳や後ろ蹴りを放つ!
背を向けたまま、背後にいる敵と殴りあっているのだ。しかもその力も速さも正確さもFを遥かに上回る。
そのうち男の攻撃が一方的に打ち込まれ、Fの顔面を殴り続ける!
ある程度打ち込むと、男は素早く振り返り、掌低打ちを仕掛けた!
直撃だ。Fは後ろに吹き飛ばされ、顔面から落ちる。
床もないはずなのに、顔に衝撃が走る。見えない床があるようだ。
震えながら立ち上がるF。
「…単純な戦法じゃ無理か。なら」
また導狼の証を光らせ、左手に青い光の槍を形成するF。
男は依然として棒立ちを貫く。
Fは全力を込めて槍を投げ飛ばす!
…男は、その槍も簡単に受け止め、何とへし折ってしまう。
すかさずFは飛びかかって男の顔に蹴りを放とうとするが…。
男は折れた槍を投げ捨て、Fの右足を掴む!
そして…痛々しい音と共に、足をへし折った!
「ぐああっ!!」
流石に苦痛が走った。だが、まだだ。
Fは膝をつくも、拳を崩さない。
男はFの顎を素早く蹴りつけ、またもや吹き飛ばしてしまう。
仰向けに倒れこむF。
「おいおい、俺は一歩も動いてないぞ?」
男はわざとらしく高笑いをしてみせた。
「お前の生きようとする意思を確かめさせてもらうテストだ。お前の力が及ばなければ、ぶっ殺すぞ?」
Fは、諦めなかった。
また、導狼の証が光る。
「…言われなくても、死なねえよ。一時期と違ってな」
顔をあげるF。
「…人間達から迫害された時は、流石に絶望したさ。でも、それがどうした。誰の子とか、どんな血が流れてるとか、関係ねえよ」
「ふん、そうか」
今度は男の方から積極的に突っ込んでくる!
突き出される拳を腕で受け止めていくF。
だが分かる。まだこの男は本気を出していない。
それでも直撃すれば一発で骨や内臓が粉々にされかねない力だ。
導狼の証の力を使っても、直撃すれば命はない。
今のFはかなり導狼の証を使って魔力を消費していた。
相手は全快状態で、かつ体格の時点で相手が有利。
そもそもここがどこなのか、相手が何者なのか分かってない時点でこちらの不利は決まっていた。
…それでも負ける訳にはいかない。
Fは拳を回避し、ほんの僅かな隙を見つけて一気に飛び跳ね、距離をとる。
何か秘策があると見た男は攻撃を中止する。
Fは、導狼の証を今まで以上に光らせながら両手を構える。
全身に残り少ない魔力を行き渡らせ、震える両手から青い光弾を形成した。
「もう分かったぜ…。あんたに俺の攻撃はほとんど通じない。ならこのまま単純に殴り続けても俺の体力が減るだけだ。なら、ここで一気に派手なのをぶちかまして少しでもあんたの体力を削る!」
言い終わると同時に両手の光弾が広がり、やがて太陽のような光の塊へと変貌した。
光の中には、僅かに七色のオーラが混じっている。
…彼の父のオーラと同じ色だ。
「避けようとしても無駄だ!」
「避ける?舐められたな。俺はここでその攻撃を受けてやる」
Fは舌打ちしつつも笑う。
ここまで舐められていると逆にこちらも攻撃しやすいという事だ。
「じゃあ行くぜ!!」
高ぶる感情をぶちまけるような声と共に、Fは光の塊を男に向け、超強力な破壊光線を放つ!
周囲の空間の色が青くなり、とてつもない強風と光が放たれた。
男はそれに呑み込まれ、F自身もあまりの出力に一瞬よろける。
導狼の証とFの魔力が組み合わさった光線だった。
「…」
光が消えていく。
Fは、表情一つ変えずに男の敗北を祈る。
…しかし。
「使いこなしてるじゃねえか。嬉しいもんよ」
…男は、服が焼け落ちて上半身裸になりつつも、平然と立っていた。
まるで岩のような筋肉を露にし、男は笑う。
…何より目を引くのは、その肉体に刻まれた無数の入れ墨。
右腕にオレンジ、左腕に緑、胸は真っ赤な入れ墨を刻んでいる…どれも荒れ狂った恐ろしい入れ墨だ。
「F。お前の判断は正しい。正しいが、皮肉にもそれが自分を苦しめる」
男は右足を踏み出す。
空間全てに足音が響き渡る。
「そう。正しい道を辿る事はすなわち、己の苦しみを辿る事に繋がる」
男は左足を踏み出す。
空間に強風が吹き始め、Fのコートが激しく揺れる。
…空間を覆う霧が、徐々に薄れていく。
男は、腰を深く落とす。
そして、構えをとった。
鬼神のような顔が、Fを威圧する。
「それでも良いのか」
…Fは、額から落ちる冷や汗を拭いた。
そして、答えた。
「むしろ、ドンと来いだ」
…空間の霧が晴れる。
辺りは、夕日が差し込む美しい山頂となっていた。
恐らく、この男が作り上げた空間だ。
一度も来た事のない空間。
ここが自分の墓場になるかもしれない。
それでも…。
…いや。
墓などたたせない。
Fは、胸に手を置く。
「…クラナ」
Fは、一人ではない。
大切な仲間達への、そして妹への思いが大きな後ろ盾だ。
Fは、構えた。
「やろうぜ」




