謎の青年 F
テクニカルシティは今日も運動日和。
明るく輝く太陽が大地を照らし、立ち並ぶビルの窓が太陽光を反射して輝いている。
働く社会人に安息の時などなく、今日もデスクに縛られ、荷物を運び、車を走らせ、書類に顔を寄せ…。
そんななか、れなは一人、ブラブラと町の隣森を散歩していた。
そのすぐ隣には紫色の長い髪に紫色の鋭い目の少女が。
れなの仲間、ラオンだ。彼女もまた、れな姉妹と同じくアンドロイド。
彼女を一言で説明すると、最高に荒い。
「おいこんな場所に連れてきて何の用だよ」
不機嫌そうな口調で、ラオンは紫のスカートのポケットに入れたナイフを握りしめる。
れなは胸を張ったまま、悠々と草の道を進む。まるで期待していてくれとでも言うように。
「さあラオン、よく見てて」
れなは突然止まり、足元の物を拾い上げる。
それは何の変哲もない石だった。アンバランスに角ばっており、見た所変わった形をしている訳でもない。
「見て。何とこの石…苔が生えてるのさ!!!」
かつてないドヤ顔で石を突き出してくるれな。
…確かに、うっすらと緑の苔が生えていた。
「…それを見せる為だけに呼び出したのか!?」
ナイフをれなの首に突きつけるラオン。折角苔が生えた石を見せてあげたと言うのになぜ怒るのかとれなは困惑するしかない。
軽く切りさばいてやろうとラオンはナイフを持ち直そうとした。壮絶な仲間割れだ。
…しかし、二人は同時に何かを感じ取った。
何か鋭い物が、全身をすり抜けていくような感覚に陥る。
…危険な感触。これは殺気だ。
二人は左を見る。
そこには、森の木々の間にその身を潜ませる、青い目の少年が立っていた。
黒い髪はサラサラと清潔感に溢れ、青色のコートと青のズボンを身につけている。
見た事もない青年だが、その目から放たれる殺気は、間違いなくれなたちを刺していた。
「あ?何見てんだよ…」
ナイフを向けて近づくラオン。青年はそれに応えるように、より目をつり上げた。
「お前ら、この辺に桃色の服を着た少女はいなかったか」
桃色の服…少なくともれなたちの仲間にはいない。
れなが首を横に振るのを見て、青年はため息をつく。
そして、無言のまま立ち去ろうと背中を向けた。
だがこんなにガンを飛ばしておきながら去っていくなど、変なところで礼儀あるラオンが許さない。
「おいてめえ、どこ行くんだよ!」
青年の肩を掴むラオン。
青年は振り替える。
その目は…まるで獣のようだった。
…こいつは只者ではない。
ラオンは、戦いに発展する事を悟り、ナイフを構えたまま後ずさった。
風も吹いてないのに、青年のコートが揺れる。
「喧嘩なら買うぞ」
喧嘩する意味もないが…まあ戦い続きの生活のれなたちにはもう慣れっこだ。
「…いくぞ!!」
先手をとるラオン。いつにない素早さで飛行し、一気に間合いをとり、ナイフを彼に振り下ろす!
軽く顔でも切りつけてやろうかと考えた攻撃だったが、青年は左手を振り上げてその攻撃に対抗した!
実に器用な対抗だった。ナイフの刃に振れないように左手を動かしつつ、ナイフを持つラオンの指に自分の指を引っかけ、一気に手を引く事で彼女の手をナイフから離させたのだ。
あまりに予想外の対抗に、さすがのラオンも手を離す。落としそうになったナイフを奪おうと、手を伸ばす青年。
「させるか!!」
それでも、ラオンが動転したのは一瞬だけ。直ぐ様状況を理解し、彼の体に鋭い蹴りをお見舞いする!
息を吐いて後ずさる青年に、更なる追撃を放つラオン。飛び回し蹴りだ。
灰色の靴が青年の頬に叩きつけられる音が響き渡り、彼は吹き飛ばされる。
風圧で長い草が続く道に一時的に草のアーチができあがり、青年はその中に投げ込まれるように飛ばされていった。
太い大木に激突し、ようやく彼は止まる。後頭部を軽く撫でつつも、大したダメージは受けてないようだ。
それよりも、青いコートが土でうっすら茶色くなっているのに気づいた瞬間に、拳を構えて本格的な攻撃姿勢を見せてきた。
「何だ?殴りあいか?」
「ずるいラオン。私にもやらせて!」
もはや喧嘩を楽しんでいくスタイル。れなが、ラオンを押し退けて青年の前に立った。
選手交代だ。青年は軽く鼻で笑うと、次の敵であるれな目掛けて疾走する!
拳を突きだす青年に対し、れなは両手の平でそれを受け止めた。
かなりの力だ。だが、対抗できない事もない。
れなは受け止めた両手を振り上げる事で青年の拳を払い、彼をよろめかせる。
その隙に逆に拳を振り上げて、青年の腹部に命中させた!
全力を込めた一撃に、青年の顔から余裕の笑みが消える。
しかし、負けっぱなしな彼ではない。逆に全く同じ攻撃を、れなの体にお見舞いしてきた!
「ぐ!!」
全身を駆け抜ける衝撃に、れなは膝をつく。青年も膝をつき、互いに息を切らしあう。
「…貴様、人間ではないな。人工物であるにも関わらずそこまでの力を持つとは、不思議だ」
立ち上がる青年の、れなを見る目は先程とは違っていた。
一勝負交えて落ち着いたのか、比較的温厚な目になっている。…比較的と言うだけだが。
「もう一度聞こう。この辺に桃色の服を着た少女はいなかったか」
れなは、今度は知らないという意思は示さなかった。
「…人探しなら、協力するよ」
青年はそれを聞くと、どこか照れ臭そうな様子でれなに手を突き出した。
手をとり、立ち上がるれな。
喧嘩を通じて、互いの力を知り合った。両者とも、お互い興味が湧いていた。
「名前はなんていうの?」
「…Fとでも呼んでくれ」
何か意味深なようだ。
れなたちは、仕方なく彼をFと呼ぶ事にした。