9「おいしいみかん」
「こたつにみかんを置くのはなんでか知ってる?」
クラスメイトの斎岡はそう言った。
「...謎掛け?」
「猫路地さんや。それは流石に警戒し過ぎだと思うよ」
「誰のせいだよ」
「斎岡以外の悪い女のせい」
「おめえだよ」
私の名前は猫路地
「単純に豆知識の話でしてよ。猫路地公爵」
「私いつ爵位賜ったんだろ」
「いまあげたの。斎岡が」
「よし。じゃあ公爵権限でいますぐ君を磔刑に処そう」
「へっへっへ、冗談でゲスよお公爵様〜。こりゃあ江戸っ子による江戸っ子ジョークってもんでゲスよ〜」
「世界観がわかんねえよ。それに爵位につかせる権限あるのにお前は爵位ねえのかよ」
「たしかに。設定の不足だわ。斎岡《ときおか、》、一生の不覚だわ」
「軽い一生だな」
「いや、二生の不覚かも」
「生き返るな」
「んで、なんでこたつにみかんか知ってる?常温保存できて皮も手で向けるし、ビタミン補給もできるし水分量が多い果実だから乾燥しがちな冬にピッタリ。見た目も可愛くて心も体もポカポカになるからだよ」
「急にめっちゃまともになるなよ」
「こたつと掛けましてみかんと解く。はい、その心は。どちらも投げつけられたら痛いでしょうねえ...病院送り不可避ですよ。当たりどころによっては大変だ。どうしてくれようこの無礼!勘弁してくれお代官様。そうは問屋が卸さない。良いではないか、良いではないか。御形、繁縷、仏の座。菘、蘿蔔、ベシャメルソース」
「急に全力でおかしくなるなよ」
「そうかな」
「そうかな?そうかなって、今私聞き返されてるのこれ?」
「酸っぱいみかんと甘いみかんどっちが好き?」
「知ってたけどさ、改めて思った。お前怖いよ」
「そうかな」
「そうかなって何なんだよ」
「んで、どっち好きNow?」
「あ〜、甘いのが良いな私は」
「へー。猫路地は甘々が好きなんですな」
「そういう狂人はどちらがお好みで」
「斎岡は酸味が好きなのです」
「ほーん。そっか」
「酸いも甘いもって言うじゃない」
「言うね」
「あれってどういう意味なんだろうね」
「やっぱ怖いわお前。変人としての芯が一本通ってるのが怖い」
「斎岡はいくら否定されようとも思った瞬間に思ったことをしないと気がすまない。それが例え法で裁かれようとも」
「芯がふってぇ〜んじゃ」
「猫路地さんは甘いのが良いんだよね?食べるみかん。甘いよ」
「この時期にみかんあるのか。どこにあるの?」
「実は放課後になってからずっと一房しゃぶってて」
「怖いな〜。怖いよ〜」
「ガムは延々噛まれてても文句言われないのに、それ以外には文句垂れられるの、斎岡的に不満かも」
「ガムは延々噛まれるように製造されてんだよ。みかんは延々しゃぶられるように設計されてねえんだよ」
「人間のエゴだよそれは。みかんの気持ち考えたことあるの猫路地。斎岡はないよ!」
「帰りて〜」
「...ふう。スッキリした〜。今日一日のストレス発散できたよ斎岡は。やっぱし何でもいいからマシンガントークすればさっぱりするぜ」
「私のストレスはマッハだよ」
「すまないね猫路地くん。それはそれとしてみかんいる?」
「そこは発狂モードに含まれてなかったんだ。通常形態なんだ」
「...いや流石に斎岡も新品出すけど...。猫路地さん、デリカシーなくない?」
「帰りて〜」
「はいよ。たぶん甘いみかんだよ」
「なしてわかると?」
「芯が細いと甘いのだよ」
「へー」
「斎岡物知りだから」
「自分の制御は出来ないのにね」
「どう、甘い?」
「まあ、甘めかな」
「よかったよ。斎岡嬉しみ」
「うまいうまい。で、斎岡様はなぜ酸っぱみが好きなの」
「甘いだけじゃなくて色々な表情が見たいから」
「詩人〜」
「笑うのもすこだけど、それ以外も見たい。でも中々表情が硬いお茶目ガールは隙を見せぬのよ。困り顔や呆れ顔、なんだったら泣き顔だって。だから斎岡、道化を演ず」
「あ〜?」
「酸いも甘いも噛み分けてぇものなのだじぇ」
「意味は?」
「...素敵なアナタを全部噛み締めたいって事だな!」
「...残念でした」
「ほ〜...じゃあ猫路地さんや、どういう意味か斎岡に教えてよ〜」
「さあ。私だって酸いも甘いも噛み始めたばかりだから」
「ほほ〜」
「近い近い」
「......なるほど。酸い甘はガムの一種か」
「...そうねぶるものではないと思うが」
「でも斎岡にとって新しい味だった」
「...そりゃよかった」
「猫路地も舐める?」
「舐めない!」
今日もまだ、梅雨。
明日も梅雨。
変わらないように見えても、少しずつ変わっていっている。気がした。