6 「惨事の恵方」
「恵方詣りって知ってるよね?」
彼女、クラスメイトの斎岡はそう口にした。
「そんな当然のように言われても、知らんわ」
「じゃあ無知蒙昧でこの世の愚かさを煮詰めた猫路地は何なら知ってるの?」
私の名前は猫路地
「今日は随分と喧嘩腰だな」
「今日はこの斎岡様がズタボロ知能な猫路地に叡智を分け与えようと思ってね」
「そりゃどーも」
「おほん!恵方詣りというのはね!」
「その年の恵方の寺に詣る事、とかじゃないよね?」
「...チガウシ」
「じゃあ何だよ」
「...え〜、恵方詣りというのは、落語の演目ですね......」
「図星かい」
「違います〜。落語の演目ですぅ。斎岡はそっちを解説しようとしました〜。猫路地さんったら〜早とちりな野郎ですね〜チクショ〜」
「悔しさが各所から滲み出てるよ。斎岡」
「そんなことないですしお寿司〜。はい猫路地の負け〜。負け犬〜。猫なのに負け犬〜」
「クソみたいな遠吠えをありがとう。で、その落語が何なの」
「へいへい。えーっとですねえ。恵方詣りというのは、さっきも言った通りに落語の演目なのですよ。山号寺号とも言いますね」
「へー。どんな内容よ?」
「簡単に言うとだね、とある若旦那さんが浅草にある浅草寺に行くんだよ〜っと昔馴染みに話したところ、金龍山浅草寺って別の寺まで行くのかと言われたわけなんですよ。昔馴染みによると、お寺さんには全部〇〇山〇〇寺って名称が付いているんだぜ、と」
「うんうん」
「そいで、どんなとこにでも〇〇山〇〇寺があるなら、言った数だけ金をやるから教えてや、と若旦那は持ちかけるんですね」
「なんとも酔狂な旦那だぁ」
「金がもらえるとあっちゃ、たくさん言ってやろうと意気込む昔馴染み、そんな彼は目につくもの全てに〇〇山〇〇寺と名付けていくのでした〜って話」
「目につくもの全てって?」
「あら、あそこでおばさんが縁側を拭いてますよ若旦那!『おかみさん、拭きそうじ』なんて感じに」
「親父ギャグやないかい!マジでしょーもないな!」
「お、猫路地さん、いい太刀筋!」
「あれ、コレなんか始まってる?斎岡さんのその感じ」
「猫路地さん、いいジャッジ」
「...どちらかが降参して辞するまでの勝負ってことだな、斎岡」
「かかってらっしゃい猫路地さん!斎岡の底意地みせてやるぜ」
「ちょっとタイム」
「なんでしょう、ミスター猫路地」
「どこがミスターじゃ。さっきから猫路地さん、猫路地さん、ばっかりはズルくない?無限にできるじゃん?」
「斎岡にイチャモンつけるなんて、猫路地さん、やな感じ〜」
「それがアカンのジャイ!はい今から、は猫路地さん、〇〇じ、は禁止ね」
「猫路地さんマジ卍〜」
「斎岡に辛酸の文字を送るわ」
「なんと陰惨な死の旅路!でも帰参の希望は特大ラージ」
「斎岡、ラッパーみたいになってね?」
「意外に難しいもんだね 。頭がないから語彙の算段に時刻を巡らすよ。」
「だんだんクオリティが下がっていく姿に、思わず涙だよ」
「いま、さんとじ、ついてた?」
「ついてねえよ」
「あぁ〜ん、斎岡頭使ったらお腹すいたわヨ。猫路地さん、何か持ってたりしない?」
「食べ物はないわ。飲みかけの紙パックコーヒーならある」
「成田山新勝寺!」
「奪い方の掛け声が独特すぎるよ」
「うーん、甘いものはイイぜ。脳に栄養が染み渡る所存。斎岡の海馬も大喝采」
「そりゃよかった」
「ま、斎岡コーヒー嫌いなんだけど」
「そりゃよくなかった」
「でも、いつもよりは飲めちゃうね。猫路地さんの、隠し味?」
「私しゃ何を混入したんだよ」
「若い娘の唾液は美味えぜ...」
「オイおっさん、そんなこと言っちゃ一大事。」
「試してみますかい?ほれ私のいちごミルク」
「飲み物持ってるやん」
「猫路地さんのが飲みたかったの♡」
「コワいコワい」
「試してみる?猫路地さんも、隠し味」
「いらんわい」
「猫路地さん、物怖じ?はい、あーん♡」
「......。」
「あーん♡」
「退散するは猫路地!」
「あ、逃げるな!猫路地さんの意気地なし!!待て!」
こうして今日も、斎岡との放課後は過ぎていく。
6わ おしまい
またどうぞ