4 「カンブリア紀に生まれてたらさ」
「カンブリア紀に生まれてたらどうする?」
彼女、クラスメイトの斎岡はそう口にした。
「ハルキゲニア捕まえる」
「なにそれ?」
私の名前は猫路地
「斎岡、ハルキゲニア知らないの?」
「猫路地さんや。そんな常識じゃんみたいに言われても逆に困るよ斎岡は」
「カンブリア紀じゃ常識よ」
「だって斎岡は猫路地さんと違って令和に生きてるし」
「私だって同じだわ」
「で猫路地さんや、ハルキゲニアって何者なの」
「前と後ろと上と下がどこがどこだか分かんない生き物」
「ちょっと斎岡の理解を超えてますわ」
「なんて言ったらいいのか。まず細長い棒状の体なんよ、ハルキゲニア」
「細長い棒状」
「んで下には足っぽいのがモロモロいっぱい生えてる」
「モロモロって擬音なに?猫路地さん」
「背中の部分はトゲトゲしてて、棒状の先端、頭の部分に口がある」
「トゲトゲで口がある」
「そんでもって前と後ろと上と下がわかんない」
「......斎岡が馬鹿なのか猫路地が馬鹿なのかわかんないですわ」
「いやホント。マジでそうとしか言いようがないんだって!見ろ!調べろ!今すぐ検索履歴にハルキゲニアを押し込め」
「ハルキ......。なんだっけ。村上春樹?」
「そんな流行りの文豪じゃねえよ。ハルキしか合ってないよ」
「ハ ル キ ゲ ニ ア......。うわ何これキッモ。猫路地こんなの好きなの?ドン引きだわ〜」
「別に好きじゃあないわい」
「だって捕まえるって言ったじゃん」
「斎岡がカンブリア紀に生まれたらどうするって言うからだろ」
「いやいやいや、いくらカンブリア紀に生まれたからといって、顔面と肛門の区別がつかない生き物は無理でっしゃろ〜。第一捕まえてどうするの?猫路地家で飼うの?」
「そりゃ売るに決まってんじゃん」
「カンブリア紀なのに?誰に?どこに?」
「物好き」
「ほんとは猫路地家で飼うんでしょ?」
「飼わねえよ。どこでどう生かすんだよ、こんなの」
「ほら、猫路地の家の前のドブ板外れてるから、そこで」
「斎岡的にはカンブリア紀の生き物はドブで生きられるんだ」
「猫路地さん、あのドブっていつからあるの?」
「しらんわ」
「ドブさらいしないの?」
「しないわ」
「小さい頃とかドブでザリガニ取ったりしなかった?」
「え?ドブで?ドブにザリガニいる?」
「ハルキゲニアいるくらいだし」
「ハルキゲニアいねえよ。」
「それにしてもなんとも信じがたい。前後も上下も分からないとは謎生物。斎岡的に肛門から飯を食うなんてナンセンス」
「ハルキゲニア自身は口の位置分かってるだろ。肛門は肛門の役割果たしてるだろ。あとあんまり肛門肛門言うな。言わすな」
「う〜ん客観的に見ないとね。猫路地が自分の肛門の位置理解してるのと一緒だもんね」
「なぜ私を例えに出した?」
「...はえ〜、ハルキゲニアって夢見ごこちって言葉が由来らしいよ」
「なんだかシャレオツ」
「肛門の位置は分からなくても夢見る脳はあるんだね」
「なんだか辛辣」
「夢見ごこちのカンブリア。オシャレ小説のタイトルみたいだと斎岡は思うよ。内容はきっと、恋人たちが己が欲望の限りの痴態を晒しまくる」
「私は斎岡にとってのオシャレが理解できませんわ」
「著者、村上春樹」
「う〜ん、オシャレ度上がる魔法の言葉だぁ」
「斎岡もハルキゲニアかも」
「さっきまでキモイとか言ってたくせに?」
「ずっと夢見ごこちなんて素晴らしい、と斎岡は思う」
「上下と肛門がわからないことに関しては?」
「誰かがわかってくれればいいの」
「せめて自分ではわかってくれ」
「あ、ほら、見て。ハルキゲニア、上下も前後も最近は分かってるっぽいよ。猫路地は情報が古いね〜」
「そりゃスミマセンね」
「こうやって、誰かがわかってくれるんだよ。ハルキゲニアもとっても幸せだ」
「そういうもんかな」
「斎岡がハルキゲニアで、猫路地はカンブリア紀に斎岡を捕まえに来るのです!ああ、可哀想な斎岡!」
「捕まえたくねえ〜」
「もし捕まえたら?」
「売る」
「結局かい」
「...斎岡や、そろそろ暗くなってきたし帰る?」
「もうそんな時間かー、せっかくの二人だけのハルキゲニアタイムだったのに」
「どんなタイムじゃい」
「あれあれ、猫路地さんや。雨降ってきてますよ」
「マジで?」
「斎岡ウソつきません」
「そうですか、そうですか」
「あ、斎岡アンブレラないかも」
「じゃあ途中まで一緒に入ってきなよ」
「ありがとうございます、猫路地様」
「よきにはからえ」
「それ意味違ってない?」
「ええからさっさと帰る準備しれ。濡れて帰るか?」
「ささ、どうぞ猫路地様。」
「結局さ、カンブリア紀じゃなくて、ハルキゲニアの話になっちゃったな」
「たしかにそうかも。でも斎岡は大満足よ」
「ならよかった」
「今日は何時もより長めにハルキゲニアですわ」
「斎岡さんは、いつも夢見心地なのですかい?」
「放課後だけね」
「ふ〜ん」
「滑ると危ないから、ゆっくり帰りましょうや。猫路地さん」
「あいよ」
こうして今日も、斎岡との放課後は過ぎていった。
4わ おしまい
またどうぞ