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決断

 翌日、朝、私とオットー、ズーデハーフェンシュタットから付いている衛兵は、城の中庭に集合した。


 昨夜の宴会は、後半は酔っ払ったイェブツシェンコの昔話と愚痴を聞かされる場のような様相だった。彼も首都でイワノフが言っていた、中央から疎まれてモルデンの駐留軍の司令官となったクチらしい。モルデンの復興の為の予算が思うように降りてこないだとか、そもそも復興のための人員が少ないだとかしきりに愚痴を言っていた。

 イェブツシェンコは、酒が入ったせいもあり、だいぶ口が軽くなっていた。彼の部下であろう他の士官たちは終始苦笑いを浮かべていた。

 そんな宴会が終わり、何とか解放されて、かなり遅くなってようやく自室で休むことができた。


 我々は馬屋に出向き、馬を引いて出発の準備を始めた。そこにイェブツシェンコがやって来て話しかけてきた。

「帰りもまた宴を開きますから、楽しみにしていてください」。

 私達は敬礼して、「昨夜は、歓迎ありがとうございました。では、首都に向けて出発します」と答えた。

 少し進んでからオットーは「参りますね」と、私に話しかけてきた。

 私も「全くその通り」と、苦笑して小さくつぶやいた。


 今日の目的地は、旧国境を越えた先にある宿場町のヤチメゴロドだ。

 旧国境のズードヴァイフェル川の付近では、以前、共和国軍の残党と会ったが、今回は帝国軍の衛兵が付いているので、接触しない方がいいだろう。宿舎の焼け跡には近づかないようにする。


 旧国境の川を何事もなく通り抜け、夕方には最後の宿場町、ヤチメゴロドに到着した。ここでは静かに街に入ることができた。派手な歓迎がないほうが落ち着く。こちらでは、帝国が手配してくれた街で一番良さそうな宿屋に宿泊するため、衛兵達が先導してくれる。


 私は部屋に入って、荷物、剣やナイフをテーブルの上に置き、椅子に座ってしばらくすると、部屋をノックする音が聞こえた。オットーか?と思い部屋の扉を開けた。扉の前には、女性が立っていたが、私は一瞬彼女が誰か分らなかった。

「アクーニナさん?」

 首都の親衛隊隊長のアクーニナだ。私がすぐにはわからなかった理由は、今日の彼女の姿は以前会った時と全く違っていたからだ、普段はまとめている長い金髪を下ろして、服装は制服でなく、街のどこにでもいるような女性が着ている質素な服だった。しかし、腰からはしっかりと剣をぶら下げている。

「クリーガーさん。お久しぶりです」。アクーニナは微笑んでそういうと、一歩前に歩み寄って来た。「よろしいですか?」。

「どうぞ」。

 私はアクーニナを部屋に招き入れた。そして、椅子に座るように案内した。彼女は部屋の中にある椅子に座る。

 私は、テーブルをはさんで反対側の椅子に座った。彼女が、わざわざ首都から離れて、この小さな宿場町まで来るとは、何かの用だろうか?


 アクーニナは、まずは私が調査隊の任務から無事生還したことを歓迎してくれた。

「良く生きて戻って来られました。とても嬉しいです」。彼女は嬉しそうに言った。「このような困難な任務を達成できる者は、他にはいないでしょう」。

「ありがとうございます。部隊の者達が良くやってくれました」。

 私は、本当に嬉しそうにしてくれる彼女を見て、素直に礼を言った。

「ところで」。アクーニナは急に真顔になって、話題を変えた。「ルツコイから極秘の伝令が来ました。あなたが島で見た魔術師についてです」。

 ルツコイから極秘の伝令? そういえば、首都を出発する前日、ルツコイと話をしたとき『首都で一番信用できる人物は?』と聞かれたのを思い出した。その後、彼女宛の伝令を飛ばしたのだろうか。


 アクーニナは続けた。

「“敵”がチューリンだったと聞きました」。

「その通りです。島で倒した“敵”はチューリンでした。しかも傀儡魔術で作られたもので、倒した後、土になりました」。

 私は島であった戦いを、見た通りのことを話した。

「あなたが遺体から持ち帰った魔石のペンダントのデッサンも、伝令から渡されていました」。そう言うとアクーニナは、肩から掛けていた袋から、ペンダントのデッサンが描かれた紙を取り出し、私に見せて言った。「これは間違いなくチューリンの物です。私も何度もチューリンに会う機会があるので、この魔石を見ているので分かります」。


 アクーニナは、絵を自分の袋に戻して続けた。

「しかし、今、チューリンは首都にいて、いつも通りに皇帝のそばにいます」。

 アクーニナは腕組をして話を進める。

「島には傀儡魔術で作られた偽物のチューリンがいた。そこで考えられるのは、チューリンを貶めようとしている何者かによる陰謀だということです」。

「チューリンを貶めるため、翼竜で首都を襲っていた、ということですか?」私は訊き返した。「確かにチューリンを快くなく思っている人物は多いようですから、可能性はありそうですが…」。私はアクーニナに言うことは何かが違うと感じた。しかし、アクーニナは断定的に話してくる。


 私は少し考えてから、思っていることを話した。

「もっと単純な方法でもチューリンを貶めることは可能だと思います。わざわざ島にまで調査隊をおびき寄せる必要があったのでしょうか? それで、二回も調査隊を壊滅させた。私も七十名という部下を亡くしました。単にチューリンを貶めるだけなら、調査隊をおびき寄せる必要はないし、あのような手間を掛けずに、すぐに首都ででも、翼竜と一緒に偽物が姿を現せば良かっただけだと思います」。

 私は続けた。

「それに、帝国内で傀儡魔術を使える者がいると聞いたこともありません。ヴィット王国の者なら別ですが、帝国内にいるヴィット王国の者が関係ないというのは帝国の調査でもわかっているということを聞きました」。

 これに対して、アクーニナは毅然として言った。

「帝国内でも軍に属していない魔術師が数多くいます。私達も彼らをすべて把握している訳でありません」。

「しかし…」と、私が言いかけるも、アクーニナは強く言葉を被せてきた。

「それが誰でも構いません。私達はこれを良い機会だと思って、チューリンの排除に動きます。あの島のチューリンは、首都のチューリンが操っていた、ということにします」。

 私は驚いてアクーニナを見つめた。ありもしない罪をチューリンに被せるということか。


 アクーニナは前のめりになって話を続ける。

「あなたにも是非、協力いただきたい」。

「協力?」

 私は思わず訊き返した。

「チューリンの身柄を拘束するため、私達、親衛隊でチューリンのところに行きます。しかし、チューリンは魔術などで抵抗するかもしれません。親衛隊には魔術が使える者がおりません。ですので、魔術が使えるあなたにも協力してほしいのです」。

「私の魔術は、魔術師が使うものほど強力ではありません」。

「あなたの島での戦いの報告書も読みました。“敵”すなわち、チューリンの偽物も強力な魔術を使っていたと、そして、あなたはそれを倒した」。

「奴を倒せたのは、隊員達もいたからです。私一人の力ではありません。特にソフィアは、私より様々な魔術を使えます。彼女の働きは大きかった」。

 そうなのだ、ソフィアの魔術には戦いの途中、幾度となく助けられた。そのソフィアは、この旅には同行していない。


「もし、失敗したら?」、私は、続ける。「そして、仮にうまくいっても、陛下はチューリンを側近として重用しているではないですか。もし、チューリンを拘束したとすると、陛下は我々をタダでは済ませないのではないでしょうか?」

 そうなのだ、これは“反逆”とされてしまう可能性がある。当然、反逆罪は死刑だろう。あまりにもリスクが大きい。


 アクーニナは、私の質問に答える。

「チューリンを拘束しようとすると、もちろん、彼は抵抗するでしょう。あなたの島での戦いの報告によると、命懸けの戦いとなるのは間違いありません。戦いに負けてしまえば、仮に生き残れたとしても、チューリンは私達を処罰するでしょう。もし、私達が勝った場合は、反逆罪にならないように陛下の説得をイリア様にお願いします。イリア様もチューリンのことを快く思っていません」。

 なるほど、皇女イリアなら皇帝の説得はできるかもしれない。私は、考え込んでしまった。しばらく無言の時間が流れる。


 アクーニナは急に立ち上がり、厳しい表情で話す。

「私たちは、もう決めてしまったのです。帝国の為にチューリンは、一刻も早く排除しなければなりません」。

 アクーニナは、剣の鞘に手を置いた。

 これは、私が賛同しなければ、ここで斬るという意思表示か。私は、少し目を見開いた。私の剣は壁際のテーブルの上だ。彼女の腕なら、私が剣を取りに向かおうとした素振りをしたり、魔術の呪文を読み上げるだけで、瞬時に一刀両断にされてしまうだろう。

「決断してください」。

 アクーニナは静かに言う。

「わかりました」。

 私も静かに言った。

「ありがとうございます。安心しました」。

 アクーニナは安堵の表情をし、剣の鞘から手を離した。

「決行は、あなたが首都に到着してすぐです」。彼女は少し笑顔になって言う。「ですので、いつでも対応できる心積もりで居てください。私は早速、イリア様の説得をしておきます」。

 アクーニナは、そう言い終わると敬礼し部屋を出て行った。制服でない彼女が敬礼をするのは、何か似合わない。

 私は深いため息をついて、椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見つめた。


 とんでもないことになった。

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