【解決編】I write stories in Wonderland.
《私はワンダーランドで物語を描く。》
「動機……」
「ええ。あなたはまた、動機の部分だけは間違えているわ。前もそうして、ワンダーにいいように言われていたわよね?」
「…………」
香狐さんはそれを、ただの思い出であるかのように語る。
私が人を破滅に追いやって殺したことをまるで、楽しい遠足のワンシーンのように語る香狐さんは今や完全に、魔王に相応しい存在に見えた。
いつの間にか玉座に座り、高みから私たちを見下ろす香狐さん。
「私が本当に追い詰められていて、何が何でも状況を脱したいとなれば、館スライムに皆殺しを命じてゲームを終わらせるわよ。[確率操作]は範囲攻撃に弱いし、持続時間も短い。[存在分離]も[存在融合]も防衛には向かない。[外傷治癒]はそのうち魔力が切れて傷を庇いきれなくなる。[刹那回帰]だけは少し厄介だけれど、内側から脳味噌をかき混ぜでもしたら、流石に死ぬでしょう?」
香狐さんは、ゾッとするような悍ましいことをサラリと言ってのける。
その上で、更に異常な言葉を重ねる。
「だけど私は、そんな展開、ちっとも面白いとは思わないわ。だからね、こういうシナリオにしたの。こっそり生き延びようとしていたワンダーにはちゃんと処刑されるように命じて、ついでに真の裏切り者イベントも発生させるの。だけどその真の裏切り者は、数日後、何者かに殺されているのを発見される。――それで、そこからはルート分岐ね。【真相】に至れず、失意のどん底で魔王の正体を明かされるか。魔王の正体を暴いて、ハッピーエンドに至るか。どちらのルートも、皆殺しなんて最低の結末より、ずっと面白いと思わないかしら? ふふっ」
「え……? そ、そんな――そんな理由で……?」
「あら、心外ね」
香狐さんは嘆息する。
「ここは私の物語の国。ここでは物語が何より尊ばれるのよ? 実際、面白い物語だったでしょう? 仲間の死を嘆いて、あるいは【犯人】を恨んで――希望を抱けど絶望に落とされ、それでもどうにか前に進んで、遂に魔王と対面する。私がただの傍観者だったなら、悪趣味を理解しつつもさぞ楽しんだことでしょうね」
「それが悪趣味だってわかってるなら、どうして――」
「物語に悪趣味は付き物でしょう? そんなこと気にしていたら、大抵の物語は読めなくなってしまうわ。だいたい、悪趣味な物語を作るなら、自らの悪趣味は理解して然るべきものよ。それでこそ、物語の黒い輝きは最大限引き出される」
「…………」
言葉が全く通じていないような感覚。
確かに受け答えは噛み合っているのに、根本的なところで何かが間違っている。
魔王の理論は、全くもって受け入れがたい。
「そもそも、物語って――私たちは」
「物語の登場人物じゃない、って言いたいのかしら? いいえ。私たちは高次元存在に作られた作中人物なのかもしれない――なんて仮説を持ち出すまでもなく、あなたたちは物語の登場人物でしかないのよ」
香狐さんは玉座から立ち上がって、何度も手を打ち鳴らす。
そのたびに、景色が切り替わった。
私たちは草原にいた。私たちは湖畔にいた。私たちは大都市にいた。私たちは牢獄にいた。私たちは火山にいた。私たちは海底にいた。私たちは――。
そして最後に、魔法の部屋へと戻ってくる。
「あなたたちは魔王について詳しくないようだから、教えてあげるわ。噂級の魔物は個人を、怪談級の魔物は地域を、都市伝説級の魔物は都市を、空想級の魔物は国を、大陸を支配する。そして魔王は――世界を支配する」
「魔王は、あなたたちの住む世界とは別の世界を有している。いえ、世界そのものと言ってもいいわ。だからここは物語の国で、だから私は物語の魔王。二つは不可分の存在なのよ。――ここまで言えばわかるでしょう? あなたたちが今いる世界は、私の物語の世界。あなたたちは今や、私の物語の登場人物そのものなのよ?」
「物語には、不思議と驚嘆と奇跡が求められる。魔法少女が織り成すミステリー風味のデスゲームなんて、まさにピッタリでしょう? 次々と提示される謎、驚くべき【真相】、そして魔法が起こす奇跡。迷い悩み傷つきやすい女の子たちっていうのも、デスゲームには望ましいわ。感情を震わせる物語というのは得てして、まず登場人物が揺れ惑うものだもの」
「私はそんな物語が見たかった。だから私は、物語の国の主であるが故の本能に従って、このゲームを開いた。それだけのことよ?」
一切の理解を拒む、常識の埒外の論理が展開される。
たった、それだけのために……米子ちゃんが、初さんが、狼花さんが、忍くんが、摩由美ちゃんが、空澄ちゃんが、夢来ちゃんが殺されたの?
ただ……そういう物語が見たかったから? 創作物じみた妄想を現実にしたいが為だけに、私たちは殺し合いなんてさせられたの?
女神のような笑みを浮かべる魔王は、どこまでも美しく、どこまでも異常だった。
その魔王が、更に笑みを深めながら言う。
「そして私は、栄光ある主人公に彼方さんを選んだ。デスゲームの主人公は、誰よりも純粋無垢な存在だって決まっているもの。死を憎み、理不尽を呪い、無垢な価値観に殉じる。あのサキュバスの話を聞いたときから、私、彼方さんを主人公にしようって決めていたのよ」
「……え?」
「あのサキュバスは、私がこのゲームの準備をしているときに偶然出会ったのだけれど。あの子、あなたの素晴らしさをこれでもかってほどに語ってくれてね? おかげで私も、これで心置きなくデスゲームの準備を進められるって、喜んだものよ。いい主人公が見つからなければ、デスゲームも諦めようと思っていたのだけれど……。ふふっ。――ありがとう、彼方さん。おかげで面白い物語になったわ」
「え、ぁ……」
衝撃に、打ちのめされる。
……私の、せい?
私がいたから……私がいたから、魔王はこんな狂ったデスゲームなんてものを始めたの?
私が魔王に見つかっていなければ――夢来ちゃんと仲良くなったりしていなければ、このデスゲームは途中で頓挫していた? 誰も理不尽に殺されることなんてなく、魔王は諦めて――。
……私が。また、私なの?
私が、【犯人】たちを追い詰めて殺した。私が、中心となって。私が……私が、主人公に選ばれたから。
私がいけないの? 私は――どうだったらよかったの?
魔法少女らしくいようとするほどに、魔王は私を逃がさなくなる。魔法少女らしさを失うほどに、私は過ちを犯していく。
それじゃあ、私は……私なんか……。
死にたくなんてない。死ぬのは怖い。誰だってそうだ。
だけど私の存在は、周りに死を振りまいていく。私だけが生き残る形で。
なら、私は……。
「……ふざけるな」
接理ちゃんが、煮えたぎるマグマのように熱のこもった声で吐き捨てる。
「何が――何がデスゲームだ!! 何が物語だ!! そんなもののために、忍は殺されたのか!?」
「ふふっ。ええ、そうよ? ――ああ、そうそう。あなたが怒ってくれたおかげで、あの処刑も盛り上がったわ、神園さん。実に悲劇的な――」
「いい加減にしろ!! クズが!! お前の、お前のせいで、忍は――」
「私たちが強いた殺し合いのルールと、彼の不幸のせいで、よ。彼の不幸で、彼は他の人の命を奪ったの。だから処刑された。あんなに味のある展開を忘れてはダメでしょう?」
「うるさいッ!! 結局のところ、全部お前のせいだろうが!!」
そうして接理ちゃんは、ずっと押し止めていたその言葉を口にする。
「――死ねよ、魔王!!」
「……ふふっ。あははっ」
その言葉に、香狐さんはどこまでも楽しそうに笑って、そして。
「ええ、死ぬわ。もちろん。それがここのルール。そうでしょう?」
心の底から自らの処刑を歓迎するように、恍惚の表情で頬を撫でた。




