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マギア・ミステリー 魔法少女たちが綴る本格ミステリーデスゲーム  作者: イノリ
Chapter4:棺の中のユズリハ 【問題編①】
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Premonition of Murder

《殺人の予兆》




 香狐さんの存在に溺れていると、やっぱり簡単に時が過ぎる。

 夜を超えて、また朝が来る。ここで過ごす十一日目の朝。


 その日はどういうわけか、食堂に時間通り全員が揃っていた。――もちろん、全員と言うのは、生き残っている全員という意味だけれど。

 それは、この館での生活が始まって以来初めてのことだった。佳凛ちゃんですら、眠そうにしながらも席に着いて食事を取っている。

 なんだか、不思議な日のように思えた。


「~~♪」


 どうしてか空澄ちゃんも機嫌がよさそうで、鼻歌なんて歌っている。

 今日は……なんだろう。どことなく、空気感がいつもと違う気がする。

 そんなことを思いながら、食事を終えた。

 一番早く食事を終えた空澄ちゃんが席を立つ。食堂のドアのところまで歩み、それからクルリと振り返った。


「あっ、そうだ。カナタン、カッコー(*'▽')」

「な、なに……?」

「何かしら?」

「いや、厨房にパンとか置いてある?(。´・ω・)?」

「あるけど……」

「りょ。じゃあそれ、ちょっともらってくね。今日はやることがあるから、あーしの分のご飯はなくていいよ。勝手にパンでも食べてるからさヾ(@⌒ー⌒@)ノ」

「……やること?」


 空澄ちゃんが、単独で何かをしようとしている?

 なんとなく時計を見る。午前七時三十二分。


「また……檻でも作るの?」

「んー、ま、そんなとこかな。そういうわけで!(-ω-)/」


 空澄ちゃんは別れの挨拶のように手を上げると、食堂を出て行った。

 ……空澄ちゃんが一人で、何かをしようとしている。それに少しだけ、不穏な空気を感じ取る。

 空澄ちゃんはこの中でも、一番何をするかわからない人だ。

 ……死者の剣という概念で私が狂ってしまったのは、100%私の責任だけれど。

 空澄ちゃんは単独でも、不可解な行動を数多くしてきている。

 狼花さんを罠にハメるようなことをして。ペテンでワンダーを監禁して。摩由美ちゃんを殺そうとして。魔物が占拠する女子トイレに度々侵入して。

 愉快犯的に、館の内部を掻き乱す。

 ……それら全ての行動の意図が、未だに読み解けていない。

 それとも、意図なんてないのだろうか。空澄ちゃんはただ、本当に愉快犯としてありのままに振る舞っているだけ?

 わからない。全く。――これっぽっちも、理解できない。


 死者の剣を握っていた私は、空澄ちゃんのことを理解できた気になっていた。

 その時の自分と、空澄ちゃんも似たような想いを持っているんだろう、って。

 だけど……。共通していたのは、『死者の剣』という名前の狂気を手にしていることだけだった。私の握っていたそれとは、明らかに性質を異にしている。

 空澄ちゃんは、何を――。


「……っ。彼方さん、少し、痛いわ」

「えっ? あっ――ご、ごめんなさいっ」


 いつの間にか、香狐さんの手を強く握りすぎていた。

 ……でも、そもそも繋いだ覚えもない。流石に食事中までは、いつも手を繋いでいなかったはず。


「いえ。彼方さんが苦しそうで、私が勝手に繋いだだけだから。気にしなくていいわ」

「…………」


 本当に香狐さんは、ずっと私のことを見てくれているらしい。

 ……あの、死者の剣を握っていた時の私のことを考えると、どうしても拒否反応が出る。

 死を死とも思わない自分がいたなんて、思い出したくもないから。

 体が強張って、どこかへ逃げ出したくなる。自分から逃げるなんて、できるはずないのに。


 ――今から、空澄ちゃんを止めることはできるだろうか。

 無理だ。方法がない。今、空澄ちゃんが持っているのは[呪怨之縛]。回数は最低でも二回。私が止めに行っても、拘束されるだけ。香狐さんを連れて行っても、それは同じだ。

 ……そもそも、止める意味があるのかもわからない。

 空澄ちゃんの単独行動というだけで不安になっていたけれど、空澄ちゃんが何もしないという可能性もある。今まで、意味がないとしか思えない行動を多々繰り返してきた空澄ちゃん。今回も、ただの意味のない行動の一環かもしれない。

 でも、そうとは考えられなかった。何か、起きる気がする。

 三つの事件を積み重ねて出来上がった勘が、そう囁いている。


 その勘の存在に、また吐き気がする。

 そんな、殺し合いが生み出した副産物なんて……欲しくはなかった。


 だけど……少なくとも空澄ちゃんが被害者になるようなことは考えられない。私が空澄ちゃんを止められないのと同様の理由で、【犯人】は空澄ちゃんを殺害できない。その前に、空澄ちゃんが[呪怨之縛]で身動きを封じるはずだ。

 空澄ちゃんがそうそう簡単に油断するとは思えない。魔法を上書きされて倒される、なんてこともないはずだ。そうなれば今度は、上書きされた後の魔法で戦えばいいだけなのだから。

 ……みんな、空澄ちゃんの様子に警戒しているはず。空澄ちゃんが殺人に及ぼうとしていても、そう簡単には殺人を実行できないはずだ。

 ……放っておいても、大丈夫、だよね?


 悩んでいるうちに、一人、また一人と席を立つ。

 藍ちゃんが、接理ちゃんが、夢来ちゃんが。ぽつりぽつりと、食堂を出て行く。

 残ったのは、私と、香狐さんと――佳凛ちゃんだった。


「……あら。雪村さん、寝ちゃってるわね」

「そう、ですね……」


 佳凛ちゃんは食堂の席に座って、そのまま寝てしまっていた。

 ご飯は、食べてくれたみたいだけど。食べ終わって、寝ちゃったらしい。

 ……小さい子供みたいだ。本当に。

 起こす? いや、でも、眠いみたいだし……。また部屋に籠らせるわけにもいかない。そうすれば……。第三の事件のようなことが、再び起きるかもしれない。

 とりあえず、このまま寝かせておくより、何かかけてあげた方がいいだろう。


「あの、香狐さん。何かかけるものって、ここにありましたっけ?」

「そうね……。衣装室のパーカーか、脱衣所のタオル辺りなら使えるんじゃないかしら」

「……なら、取りに行きましょうか」


 私たちは衣装室に行って――香狐さんがおかしな衣装を私に着せようとして、それを全力で断って――パーカーを取って戻ってきた。時間にして、十分も経っていないくらいだと思う。

 眠っている佳凛ちゃんに、そっとパーカーをかけた。起こしてしまった気配はない。


「……それじゃあそろそろ、朝食の片付けもしないといけないわね」

「そうですね」


 洗い物も、食事係の私たちがやっている。貧乏くじのようだけれど、香狐さんと一緒にいられるならなんでもいいし……それに、どうせこの館でやることなんてない。何も考えずに洗い物に没頭できる分、気分は楽だ。

 私たちは二十分ほどかけて朝食の後片付けをしてから、食堂に戻った。

 佳凛ちゃんはまだ寝ていた。……いや。私たちの出入りの音で、起きてしまった。


「……んぅ?」


 体を起こした佳凛ちゃんが、辺りを見回す。

 すぐに、食堂に入ってきた私たちと目が合った。

 佳凛ちゃんは次に、自分が羽織っているパーカーに気づく。


「佳凛……寝ちゃってた?」

「あ、うん……。起こしちゃった?」

「ん、起きたよー」


 ふわぁ、と佳凛ちゃんがあくびをする。


「ごめん。起こすつもりじゃなかったんだけど……。昨日、何かしてたの? 随分眠そうだけど……」

「んー? えっと……一人で、愛し合ってた?」


 一人で、愛し合う?

 その不思議な表現に首を捻る。まあ……。あんまり気にする必要もないかな。


「ふゎ……んぅ。まだねむい……」

「えっと、寝ててくれてもいいよ? 私たちはすることもないから、見守っててもいいし……。香狐さん、いいですよね?」

「ええ。構わないわ」

「……んー。じゃあ、もう少し寝るー」


 そう言って、佳凛ちゃんは机に突っ伏した。私たちも、いつもの席に座る。

 程なくして、佳凛ちゃんの寝息が聞こえてきた。気持ちよさそうに、むにゃむにゃと眠っている。

 その傍らで私たちは、小声で話をして過ごした。

 だいたいは、取り留めのない話だった。

 その中でいくつか、私の過去に関する話をした。だけど……香狐さんのことは、未だに何も知ることができていない。それが少し、残念だった。


 ――そういえば。

 話をしている最中に二度ほど、藍ちゃんが食堂へやって来た。なんでも、空澄ちゃんの朝の動きが怪しかったから、見回りをしていたのだそう。

 二度とも藍ちゃんが時間を訊いてきたから、正確な時刻まで覚えている。午前九時三十三分と、午前十時十二分だ。

 あれは……一体何だったのだろうか。


 話をしているうちに、時計の針が午前十一時二分を示しているのに気が付いた。そろそろ昼食の準備をしなくちゃいけない。

 そこでちょうど、佳凛ちゃんが目を覚ました。かけられていたパーカーがずり落ちる。眠気も取れた様子で、「あっ。そういえば、約束してたー」とか呟いてから食堂を出て行った。それを見送ってから、私たちも昼食の準備に取り掛かる。


 昼食が完成する。

 集まったのは、六人。宣言通り、そこに空澄ちゃんはいなかった。

 ……今頃、空澄ちゃんは何をしているのだろうか。

 少なくとも、[呪怨之縛]で危険なことはできないだろうから、放っておいていいと思うけど……。


 ――どうしようもなく不安になるのは、私だけだろうか。

 心臓の震えは、際限なく加速する。

 昼食の美味しそうな臭いに紛れて、死の匂いがした。むせ返るような匂い。理屈を超えた、死に触れ続けたが故に生じる匂い。狂気の匂い。

 そのせいでまた、私の心はグチャグチャに掻き乱された。


 やっぱり、怖い。何かが蠢いているような、そんな予感がする。

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