9 救援信号
2つの冒険者パーティーがダンジョンに向かった日の翌々日。
ダンジョン攻略自体のツアー日程は2泊3日となっているので今日はダンジョンに潜った冒険者たちが村に戻って来る日だ。
この日は村長さんが馬車で冒険者たちを迎えに行くことになっていて村の入口では村長さんが馬の世話をしていた。
今の時刻は昼過ぎだが、あと2時間後に出発して夕方日が暮れるまでにはこの村に戻って来る予定らしい。
「相変わらず立派な馬ですね」
「そうだろう、そうだろう。うちの村で育てた馬はみんないい体格をしているからね」
たしかキャロルのところで馬を飼っていたはずだ。
以前に大魔草を餌にしてるとか言ってたしそれが原因じゃないのかな~。
実証実験をしたわけでもないし、そもそもあんな大量の大魔草を馬に食べさせる実験なんか普通はお金がかかり過ぎて誰もできない。
つまり、因果関係は永遠に闇の中ということにはなるが他に原因が思い浮かばない。
「ぶるるっ……」
村長さんが馬の頭を撫でると馬がそういなないた。
いや、ホントいつ見てもこの村の馬は本当にただの馬なのかと思ってしまう。
今日は急ぎの仕事もないし、俺は村長さんとたわいもない話をしながら、村長さんが馬の世話をするのを見ていた。
「閃光弾だっ!」
俺たちがいる村の入口の傍にある物見やぐらの上で、今日の警備を担当している自警団員の叫ぶ声がした。
「色はなんだっ?」
すぐさま村長さんが物見やぐらの上に向かって叫んだ。
「黄色だっ、黄色の光、煙もだっ!」
俺が作って納めた閃光弾は種類ごとに違う色の光と煙が出るようになっている。
今回、閃光弾に使う色ごとにそれぞれ意味を決めて、間違いなくその意味が伝わるようにという運用になっている。
一番重大な情報は赤色の光と煙で伝えられることになっている。
意味はダンジョンから魔物が発生、要はスタンピード発生の合図だ。。
そして今回の黄色にも重要な意味が決められていた。
「助けを求める救援信号だっ、直ぐに出発するぞ。ありったけのポーションと直ぐに出られる他の自警団の連中を呼んで来いっ!」
村長さんがそう叫ぶと物見やぐらから鐘が鳴らされる。
自警団招集の鐘だ。
俺はその間に村長さんに指示されて自警団の倉庫に保管されていたポーションの入った籠を馬車に積み込む。
これは村の外で非常事態が起こったときに持ち出していい自警団の備品だ。
ちなみに物見やぐらの1階部分が倉庫になっているので何かあっときでも直ぐに対応できるようになっている。
「ブランくん、武器と防具も馬車に積んでおいてくれ」
「分かりましたっ!」
今回の様な非常招集の場合、自警団員は着の身着のままで集まることも多い。
その場合は当然、武器や防具を持っていないので、ここにはいつでも誰でも使える武具が用意されている。
俺が馬車に武器と防具を積み終わり準備が整ったちょうどそのとき、非番だった20歳前後の自警団員3人がやって来た。
いつもは農作業や木工業などの家業をしている人たちだ。
「直ぐに出発する、みんな馬車に乗れっ!」
「「「おうっ!」」」
既に御者台に座っていた村長さんの言葉に集まった3人は次々に馬車へと乗り込んだ。
それを確認した村長さんは、直ぐに馬車を出発させた。
「……どうして俺はここにいるんだろうか」
ダンジョンに向かう馬車の中には俺を含めて4人の姿があった。
馬車に荷物を積み終わったところでみんなが馬車に乗り込んできたので、馬車から出る機会を失ったまま馬車が出発してしまったというわけだ。
今や馬車は物凄いスピードを出して走っている。
この緊急事態に馬車を止めてくれと言える訳がないし、この馬車から飛び降りたら多分そっちの方がただではすまないだろう。
「そりゃあ、お前も自警団の一員だろ?」
「そうそう、しかも夏祭りの優勝者じゃないか」
「もうエースだな、期待してるぜ」
自警団の主力と言われている先輩諸氏に口々にそう言われて俺としても苦笑いする他ない。
いや、あれはうちの犬が勝手にやったことでして。
そんな言い訳をすることもできず俺は半ば強制的に危険が待ち構えているであろうダンジョンに向かう羽目になった。




