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閑話2 始動

※ 第三者視点です

 

 ――パチパチパチパチ



 とある男爵領の領主館にある執務室。


 その部屋に置かれている執務机には木製のソロバンを弾く一人の女性の姿があった。

 

 彼女の名前はユーフィリア・ラ・レグナム。


 美しいウェーブした金色の髪は今は後ろで一つに括られており、その色白で端正な顔に日頃は身に付けない眼鏡を掛けている。


 部屋の中はパチパチという彼女がその手で弾くソロバンの音しかしない。


 彼女は以前から異国の物や文化が好きで、今彼女がその手に持つソロバンもその一つである。

 遠い東の国で生まれたこの計算道具の使い方を彼女は持ち前の能力で短期間のうちに身に付けてしまった。

 そして今や彼女はこの国のベテランの文官たちよりも早く正確に計算することができるようになった。

 

 

 この王国の第二王女にしてこの度『特別巡察使』なる肩書を得た彼女は突然この男爵領の領主館に押し掛けてきた。


 そして抜き打ち査察という名目で過去5年分の税務資料を始めとする領地経営に関する資料を提出させ、執務机の上には大量の書類が山の様に積み重ねられている。


 執務室の椅子に座る彼女の傍には色白でひょろっとした細身の中年の男が所在なさげに立っている。


 この男爵領の領主その人だ。



 ――パチパチパチン、パチン



「ふうっ……」


 ようやく計算が終わったのかユーフィリアは思わずといった様子で息を吐いた。


「…………」


「メルハ男爵」

「はっ、はいっ!」


 ユーフィリアの呼び掛けに飛び上がるように男爵が声を上げた。


「王家への報告漏れ案件が3件。うち1件は報告が厳重に義務付けられている重要事項の報告漏れでしたので報告事項の無申告の罰金が200万ゼニ―。税務監査の結果、税の過少申告が確認できましたので追徴分と過少申告加算税が合わせて600万ゼニ―。以上合計800万ゼニ―を納めていただきますわ」


「800万ゼニー! そっ、そんな大金……、その、もう少し安くしていただくわけには?」


 男爵が覇気のないその顔をさらに青くする。


「あら、わたくしの直感ではもう少し調査をすればまだまだ何かありそうな予感がするのですが……。この辺りで手打ちにしておいた方がお互いのためではありませんこと?」


「!?」


 男爵は思わず一瞬驚きの表情を浮かべた。


 さすがは生き馬の目を抜く貴族の世界で生きてきた男。


 もう鼻血も出ないと言わんばかりに死んだフリをしようとしたが相手が悪かった。


「……お支払します、800万ゼニ―」


「うふふっ、まいどあり~」


 ユーフィリアは表情を綻ばせると用は済んだとばかりに軽い足取りで執務室を出た。




「終わり?」


 執務室のドアの前でユーフィリアを迎えたのはメイド服を身に纏った一人の少女。


 今回の旅に同行している彼女付きのメイドだ。


 表情は無表情と言って差し支えないほど変化に乏しく、その声色も平坦。


 仕えるあるじに対するものとは思えないほどのそっけない言葉にユーフィリアはまったく気にする素ぶりを見せずに答える。


「ええ。10日で400万ゼニ―、日給換算で40万ゼニ―というとってもいい商売でしたわ」


「あと王国からの基本給。ここでの滞在費もあちら持ち……」


 特別巡察使としてのユーフィリアの待遇は通常の巡察使としての給与の他、貴族たちから徴収した罰金を含む追加の徴収額の半分を報酬として取得するというものだった。


「お父様といいますか国も労せず国庫が潤うのですもの。破格の条件ですわよね」とはユーフィリアの言。


 そんな訳で本日メルハ男爵からせしめた800万ゼニ―のうち半分が彼女の報酬となる。





「殿下、ただ今戻りました」


 ユーフィリアたちが領主館に用意されていた自分の部屋へと戻ってしばらくすると外に出掛けていた彼女の護衛のはずのルークとエレンが帰ってきた。


「あら、お帰りなさい。首尾はどうでした?」


「ええ、今日もそれなりに。さすがは辺境だけあって王都周辺とは比べるべくもありません」


 ルークがそう言って恭しく頭を下げた。


「どうしてわたし、こんなところでこんなことを……」


「エレン、何かおっしゃって?」


「いえっ、何でもありません、殿下!」


 この10日間、ユーフィリアが領主館で査察に励んでいる間、ルークとエレンはユーフィリアからの命で街の様子を調査していた。


 それだけではない。


 ルークとエレンは冒険者ギルドで一冒険者として登録し、この街周辺で魔物退治やちょっとしたクエストまでこなしていた。


「なるほど、ただここが最初の訪問地ということもありますので王都以外の比較対象がありませんわね。ではここでの仕事も終わりましたし明日にでも立ちましょうか?」


「えっ、もう少し休んでいっては……」


「明日、立ちます。いいですね?」


「……はい」


 エレンは多少の抵抗を試みるもユーフィリアに押されてしぶしぶとうなだれるように頷いた。

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