2 馬車での過ごし方
王都を出発して直ぐは幌の出入口から見える城壁の外の景色を眺めていた。
だだっ広い荒野は基本的に王都の中で生活していた俺にとっては新鮮だったが、それも直ぐに飽きた。
さて、こうなると馬車で過ごすとてつもなく長い時間が暇になる。
俺は時間潰しのため、鞄から学院で使っていた錬金術のテキストを取り出し、復習がてら読むことにした。
錬金科の首席卒業者とはいえ俺は完璧人間ではない。
地道な勉強の積み重ねというたゆまぬ努力。
そして師匠から受け続けたプレッシャーと中級錬金術師になって1日でも早く師匠から独立したいというちょっとした向上心の産物によって今の俺がある。
だから慢心せずにときどきこうして復習することは大事なことだ。
テキストの一番最初には『錬金術とは』という説明がある。
錬金術の歴史を紐解くと、錬金術のそもそもの起こりは、手に入りやすい安価な物を貴重で高価な物へと変えることができないか、という人間のどす黒い欲望から始まった。
この『錬金』という言葉が示すように、その出発点はそこらの石ころを黄金に変えることができないか、というものだ。
錬金術の黎明期。
多くの先人たちがこの難題に取り組んでいった。
その結果、長い時間を掛けて結論が出た。
石ころはどう転んでも黄金にならない。
これが真理だ。
ただし、この真理には注釈が付く。
――あくまでも『魔力』を使わない場合には、と。
錬金術の研究に閉塞感が蔓延し始めた頃。
魔力という不思議な力が発見され、魔力を使った魔法というものの研究が始まった。
錬金術の世界においても、この新しく発見された『魔力』を使うことで閉塞感を打破できないかと動き始めた。
この頃には既に『石ころを黄金に変える』という当初の目的は諦められており、ある物質と物質を融合させたり反応させたりして何か新しい価値ある物を生み出せないかが研究の主眼となっていた。
そんな中、新たに魔力を使うことで錬金術の世界はその研究内容を飛躍的に進歩させることになる。
その成果として挙げられる代表がポーションだ。
それまでは薬草を煮詰めるなどしてそのエキスを抽出し、それを傷薬にするといったものだった。
製薬は錬金術の分野の一つであり、人の生き死に関わるものでもあったので多くの錬金術師が研究に打ち込んでいた。
そこに魔力を加えて試行錯誤したところ、飲んだり液体を患部にかけるだけで直ぐに傷が回復するというこれまでにないレベルの画期的な物が生み出されることになった。
この劇的な成功体験から以後『錬金術』は『魔力』を使って新たな物を生み出すことを主眼とする探究を指す言葉となった。
この『魔力を使って』とは、AとBに魔力を加えて(魔力をも材料として)Cというものを作ることだけでなく、AとBという本来混ざり合わない2つを魔力を触媒に合成してCを作るということをも意味する。
この魔力を使うことによる錬金術の爆発的な進歩は歴史において『錬金革命』と呼ばれる。
この時期を区切りとしてそれ以前の魔力を使わない当初の錬金術は、今の錬金術と区別するため『初期錬金術』と呼ばれるようになった。
一方で、錬金革命後も魔力を使わない従来の方法で真理を探究し続けるグループも存在する。
この魔力を使わない真理は『化学』と呼ばれ、以後、錬金術とは異なる学問として発展していった。
錬金術と化学とは全く交わらないものではない。
化学によって新たに生み出された物を新たな素材とし、錬金術師が魔力を用いて更に全く新しい物へと昇華させるということも行われている。
その反対に、錬金術師が魔力を使って合理的に行う精製や製錬・精錬といった工程は化学研究の効率を飛躍的に向上させた。
2つの学問は相反するものではなく、それぞれが独自性を持った学問であり研究であり、両者に優劣はないというのが一般的な考えだ。
しかし、それぞれの世界にはどうしても『自分たちの方が上』という考えの者はいる。
口さがない錬金術師は「化学は所詮錬金術の基礎研究に過ぎず社会に与える恩恵は錬金術こそが上である。化学者は、魔力の重要性に目をつぶった縛りプレイ好きのマゾヒスト」と言う。
一方で、ある化学者は「錬金術師は安易に魔力に頼り、物質の極限の可能性への追及を諦め、探究心を捨てた半端者」と言う。
正直、どっちもどっちだし、実務においてはどうでもいいことだ。
今では、それぞれがそれぞれの世界で成果を出し合って社会に貢献しているんだから、俺はそれでいいと思っている。
ふ~、流石に疲れたな。
俺はテキストを閉じ、少し休憩することにした。
【まとめノート】
(昔) ―――――→ (今)
初期錬金術 ―― (現代)錬金術 魔力を使って新たな物を生み出す
∟ 化学