16 バカンスへ
「お待たせしました」
村の入口にある馬車乗り場。
朝早くここで待っているとソフィアさんがミリーと手を繋いでやってきた。
ソフィアさんはいつもの司祭服ではなく涼しげな薄水色の半袖のワンピース姿。
それに合わせたようにミリーも同じ装いだ。
「いえ、今来たところですから」
「キャンキャン」
宿泊施設では1泊2日で滞在の予定だ。
泊まりなので俺もソフィアさんも着替えなどが入った荷物を持ってきている。
今日は功労者であるシロも一緒だ。
「よし、じゃあ出発するか」
御者をしてくれる村長さんに促されて俺たちは馬車へと乗り込んだ。
――かっぽかっぽかっぽ
村が持っている宿泊施設は村から馬車で1時間のところにあるそうだ。
大きな湖があってそのほとりにあるらしい。
「バカンスなんて初めてです」
ソフィアさんがそういって顔をほころばせた。
バカンスともなれば移動も含めて1か月近くかかるということもある。
そんなに長い時間、庶民が仕事をせずに遊ぶということなんてできない。
それができるのは貴族や裕福な商人くらいだろう。
ソフィアさんは街出身の平民という話だったのでバカンスが初めてというのも頷ける。
ちなみに俺は学院時代の長期休みに姫様やエレナに連れていってもらって経験したことがある。
何というかあれぞ正に持つ者とそうではない者との間にある厳然とした格差だった。
楽しかったし、いい体験になったのは間違いなかったもののあの生活に慣れてしまってはダメだ。
何というか日常生活に戻れなくなってしまう。
それだけ庶民にとってはバカンスというのは遠い世界の話なのだが、それは基本的には街の人たちにとってであり、あくまでも一般論だ。
俺たちが住んでいるユミル村は場所自体がバカンス先といえばそう言えなくもない場所だし、今俺たちが向かっている場所も村人たちが気軽にそういう体験をできるようにということで整備されたという話だ。
これも村から外に人が出ないようにするための政策らしい。
「たのしみなの」
「キャンキャン」
馬車に揺られながら俺たちは目的地へと向かった。
「着いたの!」
道中、魔物に遭遇することもなくだいたい1時間で目的地に到着した。
馬車が止まって村長さんから声を掛けられると最初にミリーが勢いよく馬車から飛び出し、次いで俺とシロが降りた。
「ソフィアさん、お手をどうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
馬車から降りようとするソフィアさんに手を貸してソフィアさんは俺の手を取りゆっくりと馬車から降りた。
「ブランさんはこういったことに慣れていらっしゃるのですね」
ソフィアさんがわずかに頬を赤らめて言った。
まあ、元孤児で平民に過ぎない俺がそんなことをすれば意外に思われるのも仕方ないだろう。
「学院では周りは貴族ばかりでしたから」
俺は苦笑しながらそう返した。
姫様に引っ張り回されて一緒に馬車で移動することも結構あった。そのときにきちんと姫様をエスコートしないと姫様の機嫌が悪くなったのでつい条件反射的に身に付いてしまったというのが本当のところだ。
「ではブランくん、明日の昼過ぎにまた迎えるに来るから」
村長さんは食材を宿泊施設の冷蔵庫に入れ終えるとそう言って俺に鍵を渡してくれた。
俺が御礼を言って鍵を受け取ると村長さんが俺の耳元で耳打ちした。
『しっかり励んでくれよ』
村長さんは一言そう言うと俺の腰をパンパンと叩いた。
『えっ、一体何をですか?』
『そりゃあ、ナニに決まってるだろ? これで我が村の人口が増えるな、はっはっは』
男二人でボソボソと言葉を交わし、村長さんは満足そうな表情を浮かべながら馬車に乗り込むとさっさと元来た道を戻っていってしまった。
(完全に勘違いされてるな~)
幸いソフィアさんはちょっと離れたところでミリーと一緒に湖を眺めていたので俺たちのやり取りは聞こえていないだろう。
そんなソフィアさんの顔を遠目に眺める。
湖から涼しい風が吹いてきてソフィアさんのピンク色の髪と長いワンピースの裾がパタパタとはためいていた。
それを押さえようと悪戦苦闘しているソフィアさんと目が合うとソフィアさんは俺に対してニコリと微笑んだ。
「まっ、まずは中に荷物を置きましょうか」
ちょっと声が上ずってしまったが、みんなにそう声を掛けてから揃って宿泊施設の中へと入った。




