15 幼女の名は
お祭りの翌日。
俺はさっそく朝から村外れにある教会へとやってきた。
「あら、ブランさん、おはようございます。昨日はご活躍でしたね」
「おはようございます、ソフィアさん。今日は折り入ってお話がありまして」
俺は昨日のオーク祭りで副賞としてもらった宿泊権についてこの教会の孤児院に預けられている幼女を誘いたいと話してみた。
「村長さんに相談したら保護者のソフィアさんも一緒でいいようなのでもしよかったらと思いまして」
「ホントですか!? 噂には聞いていたんですが宿泊施設ってどんなところなんでしょうか?」
冒険者や旅の商人ならいざ知らず、普通に生活していれば村の外に出るということはなかなかない。
ソフィアさんも教会の仕事で土地の浄化をすることはあっても基本日帰りでそうでなくても野宿が多いらしい。
仕事から離れていわゆるバカンス的なものは上級市民や貴族の世界の話なので俺も含めて庶民には垂涎の的だったりするのだ。
「おでかけするの?」
教会というか孤児院の中から幼女が顔を出した。
「ブランさんと一緒に3人でお出掛けしませんかってお誘いよ」
「おにいちゃんと? いくの!」
幼女がそう言ってソフィアさんに抱き付いた。
さすがにもう随分慣れているようだ。
「キャンキャン」
「あっ、シロ」
どうやら俺の後をついてきていたようだ。
「シロ?」
幼女が首を傾げる。
「ああ、この犬の名前だよ。名前がないと呼びづらいからね」
「なまえ……」
幼女がそう呟いてじーっと俺の方を見つめる。
なんだ?
「ブランさん、彼女もブランさんに名前をつけて欲しいのではないでしょうか?」
「えっ、俺がですか?」
親でもないのに勝手に名前をつけるというのはどうなんだろうか。
さすがにそんな大それたことは躊躇してしまう。
それは孤児院で保護者役をしてくれているソフィアさんも同じようでこれまで不便ではあったが幼女には名前がつけられていなかった。
「彼女はここに来てそれなりに時間が経っていますし、親御さんが現れる様子もありません。なにより彼女がブランさんから名前をつけて欲しそうですよ?」
えー、ホントかな~。
「おじょうちゃん、おじょうちゃんは僕に名前をつけて欲しいのかな?」
「うん、ほしいの」
えっ、ホントに?
どうしよう!?
責任重大なんだけど……
幼女が期待する目で俺をじっと見つめてくる。
う~ん、彼女の特徴はやはりその長い薄緑色のきれいな髪だろう。
とはいえ『ミドリ』はちょっと安直過ぎるしな~。
「じゃあ『ミリー』はどうだろう? 女の子らしい名前ではあるとは思うけど……」
「ミリー! わたし、ミリー!」
「いいのではないでしょうか? 本人も喜んでいますし女の子らしいかわいい名前だと思いますよ」
「よし、じゃあ、きみは今日からミリーだ!」
その瞬間、一陣の風が吹いた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
俺たちは思わず腕で顔を覆った。
それだけ強い風だった。
「いったい何が……」
ソフィアさんに視線を送るとソフィアさんは茫然とした表情を浮かべていた。
「ソフィアさん?」
「結界が……」
「えっ?」
「今、この村に結界が張られました。それもかなり強力なものです」
「結界?」
たしか教会の偉い人が張る魔物や魔獣を避けるためのもののはずだ。
「でもソフィアさんも……」
「いえ、わたしではこれほどの強力な結界を、しかもこんなに広範囲に張ることなんてできません」
今の風は恐らくだが幼女、いやミリーを中心にして吹いたように感じたけど。
「シロ、お手」
「キャンキャン」
ちらりと彼女を見る。
何の変哲もないただの幼女にしか見えないけどミリーにはまだまだわからないことがたくさんありそうだ。
「ソフィアさん、引き続きミリーのこと、よろしくお願いします」
「ええ、それはもう」
この日俺たちは宿泊施設に行く日程の調整と段取りの話をして別れた。




