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1 旅立ち


「師匠、長い間お世話になりましたっ!」



 王立高等学院の卒業式の日から二日。


 俺は自宅の前で見送りをしてくれた師匠にそう言って頭を下げた。


 王都の外れにある師匠の自宅兼工房。


 俺が師匠に引き取られてから今日まで俺の自宅でもあった。


 今日は俺が錬金術師として活動することになるユミル村へと出発する日。


 この日のための荷造りは既に済んでいる。


 というか師匠から空間収納ができるマジックバッグを譲ってもらい、俺の私物や錬金道具なんかは全てその中に入っている。


 その他にもこの中にはこれまでに俺が作ったポーションなんかの製品在庫や錬金術の素材なんかもいくつか入っている。


 これは俺がユミル村に行っても直ぐに活動ができるようにという師匠からの配慮だ。


 このマジックバッグ。


 容量は4畳半一間くらいらしいのと、時間停止機能はないという。


 しかし、この世界がいくら剣と魔法のファンタジー世界であるとはいえ、空間魔法は高度な魔法で使い手は滅多にいない。


 アイテムとしてのマジックバッグは高ランクダンジョンで極稀ごくまれに入手できる程度の超貴重品だ。


 俺がもらったものも相当価値のある代物であることは間違いない。


 そういうわけで、俺はマジックバッグとともに、ダミーとなる旅行鞄も持って移動することにしている。


 流石に旅人が手ぶら同然の移動をしているとなると違和感からマジックバッグの存在を気取られかねない。


 そうなるとよからぬ輩に狙われてしまうかもしれないという配慮からだ。


 旅の途中に使うような物で軽い荷物はダミーの鞄に詰めている。



「ああ、そうじゃ。こいつを渡しとくのを忘れておった」


 俺は師匠から何かが入った封筒を手渡された。


 何か追加の餞別かと思い封を開けて俺は固まった。


「……請求書?」


 俺が手にした紙にはこれまで師匠が俺を錬金術師として育てるのに費やした費用の明細がずらっと記載されていた。


 孤児である俺が師匠の子どもとして引き取られたのはあくまでも師匠自身の判断だからその費用は一切含まれていない。


 あくまでも俺が師匠の弟子である錬金術師の卵としてここまで成長するのにかかった費用だけだ。


 もっとも、学院の学費はあくまでも師匠が『親』として『子』の教育費を出しただけという理由で含まれてはいないようだ。


「わたしももう歳じゃし、そろそろ工房を閉めようと思っておっての。ほれ、そうしたらオマンマが食べられないじゃろう。ということで毎月10万ゼニー、仕送り代わりに送ってくれんかの?」


 夫婦と子ども2人の標準的な家庭の1か月の生活費が20万から30万ゼニーと言われている。


 師匠の自宅兼工房は持ち家なので師匠1人が食べるだけなら10万ゼニーもあればそこそこの暮らしができるだろう。


「わっ、わかりました。不肖の弟子ですが精いっぱいご恩返しをさせていただきます!」


「おおっ、よくぞ言った! さすがは我が子にして我が弟子ということじゃ。期待しておるぞっ!」


「では行って参ります!」


 毎月10万ゼニーはなかなかの金額だがまあ何とかなるだろう。


 師匠に見送られて俺は馬車乗り場を目指した。




 王都の城門近く。


 馬車乗り場は流石に混んでいた。


 この時期、特に各地方からこの王都を目指してくる者は多い。


 各地方から王都に到着した馬車便が次々とターミナルに入って来る。


 馬車から出てくる人たちはその恰好から行商人や冒険者の姿が真っ先に目に付いた。


 そうでもない普通の格好をした人たちは若者が多いようだ。


 田舎からこの王都に出てきて一旗揚げようというギラギラとした熱意を感じる。


 その一方で当然のことながら王都から出て行く者もいる。


 こちらも行商人や冒険者が多く目につくが、中年以降の年齢の者たちもちらほらといるようだ。


 会話の内容から王都で開かれた何かの業種の会合に参加していた各地方の代表者のようで、それが終わってそれぞれの地元に戻る人たちのようだ。



(俺のように王都から地方に赴任のために移動する人は少なそうだな……)



 王都に着いた馬車から出てくる若者たちに大手工場こうばの担当者が声を張り上げて就職予定者を誘導している。


 その姿を眺めながら俺は切符売り場に行くとそこで切符を買った。


 王都からユミル村への直通馬車というものはない。


 俺が事前に調べたところ、まずは隣の公爵領の領都行きの馬車に乗ってそこで乗り換え、次に男爵領の領都へ行ってまた乗り換え、そして辺境伯領の領都へ行ってさらにそこからユミル村近くの街行きの馬車に乗って、その街からようやくユミル村へ向かえるという予定だ。


 俺が買った切符の乗合馬車は、荷台に幌がついているだけの簡素な馬車だ。


 乗客は荷台に思い思いにそれぞれが座ることになる。


 貴族が乗る馬車のように客車の中に長椅子が2つあって、乗客が向かい合って座るスタイルというものではない。乗合馬車でもそういうものも無くはないが、ハイクラスの乗合馬車で運賃が跳ね上がるのでさすがに俺には手が出ない。


 俺は客車となる馬車の荷台に乗り込むとその奥に陣取る。荷物を置くと鞄からクッションを取り出してそれを敷いて床に座った。


 師匠から馬車の旅の一番の敵は揺れと教えてもらっていたのでその対策だ。


 最近は街道の整備もされているし、馬車の性能も昔に比べれば上がっているので以前よりはマシになったとは聞いている。


 しかし、それでも揺れるものは揺れるので長旅に慣れていないのであれば準備をしてもし過ぎることはないだろう。


 馬車の出発の時間までに行商人風の男が1人と冒険者風の若い4人組が乗り込んできていよいよ馬車の旅の始まりだ。


 馬車がゆっくりと動き出し、幌の出入口から王都の街並みが過ぎ去っていく。


 そして城門を出ると王都の城壁が、徐々に徐々に遠ざかっていった。


 こうして俺は長年過ごしてきた王都に別れを告げた。

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