5 魔力酔い
――がさがさっ
茂みをかき分けてくる音が大きくなる。
俺たちは息を殺してその音の主が現れるのを待った。
護衛の4人は既に得物を手に持ち、いつでも現れた瞬間攻撃できる準備を整えている。
そして俺たちの目の前に現れたのは――
「あれっ、みんなこんなところでなにやってんの?」
俺と同い年の女の子、村で実家の農家で手伝いとして働いているキャロルだった。
「それはこっちのセリフだ。キャロル、1人で山に行くなと何度も言われてるだろう?」
「あははっ、ごめんなさい。でも、ここは村からそんなに離れていないし、そこまで強い魔物も出ないから大丈夫だよ」
「いや、しかしだからと言ってな……」
ボルドーさんがキャロルに注意を促す。
ボルドーさんはこの前、地竜に大怪我を負わされているからそりゃ心配するのもわかるというものだ。
「それでキャロルはこんなところで一体何をしていたんだ? 山菜採りか何かか?」
俺がそう声を掛けるとキャロルは話を変えるために俺の振った話題に食いついて来た。
「いや、山菜じゃないよ。今日はこれを採りに来たの」
キャロルは身体を捻って背中に背負った背負子を俺たちに見せた。
キャロルの背負子には肉厚の緑色をした葉っぱが大量に積まれていた。
俺はその葉っぱに見覚えがあった。
「キャロル、それはひょっとして大魔草か?」
「たいまそう? う~ん、名前は知らないよ。元気が出る草だよ」
「元気が出る草?」
キャロルの家では農業だけでなく、馬も飼っているという。
その馬を飼育するのに、普通の餌だけじゃなくて山に生えているこの草を食べさせると馬の生育だったり体調だったりがいいらしい。
(大魔草を馬にだって?)
大魔草は錬金素材となる植物の一つで、魔力をふんだんに含んでいる素材だ。
魔力の少ない錬金術師はレシピに大魔草加えることが多い。
そうすればそれだけ加える魔力が少なくて済むからだ。
大魔草は魔力以外の成分、錬金用語で固有成分と呼ばれるものだが、それを錬金術で必要とすることもあるので、錬金素材として幅広く使われている。
「大魔草はこの山に生えてるのか?」
「えっ、うっ、うん。何? ブランもこの草がいるの?」
「ああ、もらえるのであればもらいたいな」
俺は魔力の量には自信があるので、大量に錬金術を行使するとき以外では魔力の補填目的ではあまり使うことはしない。
しかし、大魔草の固有成分を使って作る錬金レシピはそれなりにあるし、作っておきたいものもそれなりにある。
「別にあたしだけのものじゃないし、知ってる人は知ってるから生えてる場所を教えてあげるよ」
キャロルがそう言って、元来た道を戻って俺たちを案内してくれることになった。
「その場所は遠いのか?」
「ん~、そうでもないかな」
草木をかき分けて進むこと10分。
ちょっとしたアップダウンを経るとちょっと開けた場所へと出た。
「とうちゃ~く、ここだよ」
俺たちの前を進んでいたキャロルがそう言ってこっちを振り向いた。
「おおっ……」
俺は思わず声を上げた。
目の前には多くの大魔草が茂っている。
こんなところにこれほどの群生地があるとは思いもしなかった。
「うえっプ……」
「おい、大丈夫か」
俺の後ろでは護衛役のヘンリーが顔色を悪くしてしゃがみ込んでいる。
それをサイモンさんが心配そうにそう声を掛けた。
ガオンもヘンリーほどではないが体調が悪そうだ。
「まったく、ちょっと山に登ったくらいで若いもんはだらしねーな」
ボルドーさんはそう言って苦笑いした。
確かに俺もこの場所に来たときには一瞬くらっとしたものを感じたが今はそうでもない。
この大魔草があるところはかなり魔力の濃い場所と言われている。
ひょっとすると……。
「ヘンリー、ガオン、ちょっとこれを飲んでみてくれ」
俺は荷物、師匠からもらったマジックバッグの中からポーション瓶を二本取り出した。
「兄貴、これは?」
「まあ、いいから飲んでみてくれ」
ガオンは不思議そうな表情を浮かべたものの特にそれ以上追及せずに俺が差し出したポーションを飲んだ。ヘンリーもガオンに続いてポーションを一気に飲み干した。
「……どうだ?」
「!? 兄貴、気分の悪いのが治りました」
ガオンが驚いたようにそう言うと、フラフラの状態だったヘンリーも驚いたような表情でしゃきっと立ち上がった。
「やっぱりか、2人とも魔力酔いだったんだよ。2人が飲んだのは魔力酔いを緩和するためのポーションだ」
「魔力酔い……」
ヘンリーがそう呟いた。
ポーションは魔法薬なだけあって即効性が強い。
さっきまでヘロヘロだったヘンリーは状態異常がもう完治している。
確かに魔力酔いは一般的にはあまり知られていないかもしれない。
俺は師匠に教わっていたので知っていたし、この魔力酔い用のポーションも師匠直伝のレシピだ。
二人の体調が戻ったのなら問題ない。
俺はガオンたちに大魔草をいくつか採取することを頼むとこの群生地の周辺に他の素材がないかを調べることにした。
山にしば刈りといいますかシダ刈りに行きまして、山道に生えている邪魔な草木を切って通りやすくする作業をしてきました。
別に作品の参考にするためでも何でもない偶然なのですが慣れないことをして大変疲れました。
本物の山は人の手が入らなくなると直ぐに荒れてしまい大変です。