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16 魔力結晶

「急にすみません。私、この村に来たばかりでして。今日は、お祈りをさせていただきに参りました」


「そうでしたか、どうりでお見掛けしたことがない方だと思いました」


 司祭さんはそういってようやく表情を緩めた。


 見覚えのない得体の知れない何者かと思われたのだろう。


 辺境の村のさらに外れにある教会だ。


 この教会に他に誰がいるかは知らないが司祭さんが若い女の人である以上、警戒するに越したことはないだろう。


「私は、錬金術師のブランと申します。この度、この村で錬金工房を開くことになりまして」


「そうでしたか。優秀な方なのですね、わたしはソフィアと申します。この教会の司祭を拝命しております。以後お見知りおきを」


 お互い自己紹介を終えて、ソフィアさんに聖堂へ案内すると言われたのでその後ろをついていく。


 正直、教会関係者に錬金術師と名乗ることはちょっと勇気がいった。 


 実は錬金術師は、教会関係者にあまりよく思われていない職業と言われているのだ。


 これは別に、錬金術師が神を冒涜しているとかそういう話ではない。


 いや、中には信仰は迷信であり真理ではないと放言する錬金術師もいないではない。


 しかし、それはごく一部の者に過ぎない。


 理由は誠に遺憾ながら、世俗的な(お金の)事情だ。


 今では生活に幅広く使われるようになった魔道具。


 そしてその動力源となる魔力結晶も今や生活に欠かせないものだ。


 この魔力結晶は元をたどれば魔石である。


 あの魔物や魔獣が身体の中に持っている黒い石のことだ。


 その魔石そのものは、正直ただの石でしかなく、これだけでは何にも使いようがない。


 しかし、これにある処理を施すことで魔石は魔力結晶という有用な資源となる。


 かつてはこの魔石を魔力結晶にすることができる技術は教会が独占していた。


 魔力結晶は、魔石から魔素と呼ばれる不純物を取り除くことで生まれる。


 教会は聖属性魔法で魔石の中の魔素を浄化することで魔石を魔力結晶へと変えていた。


 その頃の教会は、魔力結晶の生産を独占することで栄華を極め、金も権力も持つという絶頂期であったと歴史の授業では教えられている。


 多くの国々が教会に服従し、教会からの破門は死の宣告と同義とされた。


 しかし、その栄華もあるときを境に終わりを迎える。


 それこそが錬金術の勃興であり錬金革命であった。


 錬金術の向上により、錬金術師は魔力により物を純化する技術を磨いていった。


 その技術の一つが錬金術としての『精錬』であり、そしてついには魔石を精錬することで魔石を魔力結晶とそれ以外とに分けることに成功した。


 こういった経緯で教会は魔力結晶を独占的に生産することができなくなり、大きな収入の柱とともにその権威をも失うことになったのだ。


 そんなわけで、教会側からしてみれば、錬金術と錬金術師は自分たちの栄華を奪ったいわばかたきというわけだ。


 まあ、古い話であるので、教会関係者であっても若い人であれば何も思わないかもしれない。


 ただ、お年を召された聖職者の中には錬金術師を毛嫌いする人もいるやに聞いている。


 この魔力結晶は、今では生産から流通に至るまで国によって完全に制御されている。


 魔力結晶の原料となる魔石は冒険者ギルドや商業ギルドで買い取りされると、これらは強制的に領主もしくはその街の為政者の元に集められることになっている。


 そして、集められた魔石は錬金術師、もしくは教会に作業が委託され、魔石は魔力結晶へと変えられる。


 最終的には為政者たちの手によって魔力結晶は市井しせいに流通するといった仕組みになっている。


 錬金術師や教会関係者にとっては魔石を魔力結晶にする作業はその難易度、端的に言えば魔石のランク(サイズ)に応じて決められている委託料をもらってする作業だ。

 

 金額的にそこまでおいしい仕事ではなく、一種の賦役と言えるかもしれない。 

 




 ――ぎ~


「こちらです」


 司祭さんが扉を開くと大きく軋む音がした。


 その部屋の奥にはステンドグラスに祭壇があった。


 小さな村の教会だけあって聖堂はこじんまりとしている。


 20人から30人も入ればそれでいっぱいになりそうだ。


 建物は古く祭壇も長椅子も使いこまれた年季の入ったものだが掃除は行き届いているようでチリや埃はなかった。


 俺は祭壇の前へと進むと跪き、手を組んだままこうべを垂れて祈りを捧げた。


 祈りの作法は孤児院でしっかり教育されたからな。


 俺は時間を掛けてゆっくりとこれまでの感謝と今後の助力を願った。


 しばらくして立ち上がり後ろを振り返るとソフィアさんが口を開いた。


「随分熱心なのですね。それに作法もしっかりとしたものでした」


「ええ、私は教会の孤児院出身なのでその辺りは叩き込まれたといいますか……」


「そうなのですか!?」


 ソフィアさんが驚くのもまあ無理はない。


 錬金術師は基本的には貴族の子弟もしくは平民であっても高等教育を受けることができる裕福な家の者がなる職業だ。


 元孤児である俺がなるということはそれだけイレギュラーということだ。


「育ての親が錬金術師でして」


「なるほど、そうだったのですか。それは良い出会いがありましたね」


 ソフィアさんは微笑んで俺にそう言った。


 ソフィアさんも平民の出身ということで俺も同じ、いや元々はそれ以下だとわかったからか俺への心理的なハードルが随分下がったんじゃないだろうか。


 帰り際にいろいろと話をすることができた。


 ソフィアさんはこの村の出身ではなく、他の街からこの村に来たという。


 それもまだ半年経っていないとのことで、俺と同じこの村では新参者ということだった。


 ソフィアさんのこの村での仕事は、信仰を司るための教会の運営だけではないという。


 この村を含めたこの辺りの土地で、魔素に汚染された地域を浄化することが一番のお役目だそうだ。


 教会は、魔石を魔力結晶に変えるという大きな収益の柱を失って以降は、国から依頼を受けて、魔素に汚染された地域の浄化を請け負うことで報酬をもらうことを一つの事業としている。


 確かに、汚染地域の浄化は錬金術では対応することは難しい。


 教会は教会で自分たちの適性に応じた活路を見出そうとしているというわけだ。


 俺はこうしてこの村で数少ない村の外出身者の知り合いを作ることができた。

【2021.1.23 内容を変更しました】


それもまだ1年経っていないとのことで、俺と同じこの村では新参者ということだった。

それもまだ半年経っていないとのことで、俺と同じこの村では新参者ということだった。

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