23 大公家
「おお、ようやく戻ってきたか」
思いのほか時間が掛かってしまい、ようやく村に戻った頃にはそろそろ日が暮れるという時間だった。
そんな俺たちを村の入り口で出迎えてくれたのは俺が予想もしていなかった人だった。
「しっ、師匠! どうしてここに!?」
俺を出迎えてくれたのは俺の育ての親にして錬金術のお師匠様だった。
本来ココにいないはずの人物を目の当たりにして思わず大きな声を出してしまう。
トンガリ帽子にローブという師匠のいつもの出で立ちではあったが久しぶりということもあってより一層その黒色が際だって感じた。
「なに、今日はお前にいい話をもってきてやったぞ」
「いい話、ですか?」
首を傾げる俺を後目に師匠は満面の笑みを浮かべた。
「いい話というのは他でもない、ほれ」
師匠はそう言ってすぐ近くを指差した。
その指の先には優雅にお茶を楽しむ姫様の姿があった。
村の入り口にいつの前にかテーブルとイスのセットが用意されていてそこでは姫様、ユーフィリア第二王女殿下がお茶の時間を楽しんでいる。
一体、いつの間に……。
ああ、そうだ!
次から次へと衝撃的な展開続きですっかり忘れていたが姫様が突然この村にやってきたんだった。
俺はまだ姫様に挨拶をしていないことに気付き、師匠に断ってからまずは椅子に座っている姫様に挨拶をしておくことにした。俺は足早に姫様に近づき学院で習った貴族としての礼をとる。
「姫様、ご無沙汰しております。しかし突然、こんな辺境の村に来られるなんて大変驚きました。わたしが実は巡察使だったということと何か関係が?」
だってそうだろう?
王都にいるはずの第二王女殿下がこんな辺境の村にいきなり現れるだなんて俺でなくてもびっくりするはずだ。
しかもいつの間にか俺が巡察使になっていただなんて誰がそんなことを予想できるだろうか。
「あら、なんでも仕事と結びつけるだなんてブランは相変わらず女心がわかっていないのね。それでは減点ですわよ」
「えっ?」
なぜか突然減点されてしまった。
俺の得点はあとどのくらい残っているのだろうか。
いや、それはさて置いて。
「しかし、姫様ともあろうお方が物見遊山でこんなところへお越しになるというわけにはいかないでしょう。何かよほどの理由が?」
「わたくしの夫となる殿方に会うのに特別な理由が必要かしら? むしろ何を置いても優先されることではありませんこと?」
「夫? 誰が誰の?」
「あなたが、わたくしの」
「……えっ?」
姫様はニッコリと花が咲くように笑う。
学院時代に長い間一緒にいたがこんな笑顔は見たことがなく、俺は思わず魅せられてしまった。
一瞬、呆けてしまったが俺は気を取り直して姫様に向かい合う。
「姫様、お戯れを。俺は平民、姫様は王族です。身分がまったく釣り合いません」
この国の王女は、自身が国王となる場合にだけ外から婿を王家に迎えることができる。
しかし、そうではない場合は全て降嫁、つまり他家に嫁に行くというのがしきたりだ。
その場合、嫁ぎ先は貴族の当主か次期当主に限られる。
現状、この国の王家は姫様の兄である優秀な王太子殿下がいらっしゃって次代の国王にほぼ決まっている。
「まさか王太子殿下に反旗を……」
唯一思い当たる可能性に俺の背筋に冷たいものが走った。
俺がどこかの貴族の家の養子となり、国王となる姫様と結婚して王配となる。
俺が貴族の当主や次期当主になるということは不可能であってもそれくらいはなんとかなるだろう。
俺が可能性として思い当たるのはそのくらいだ。
しかし、そうするためには姫様は次期国王である王太子殿下を排除する必要がある。
すみません、お願いですから俺に逆賊の片棒を担がせないで下さい。
「いえいえ、国王だなんてそんなめんどくさ、いえ、大それた地位に興味はありません。わたくしは貴方に嫁ぎに参りましたのよ」
なおさら意味がわからない。
王女が嫁ぐ先はそれなりの格式のある貴族の家の当主もしくは次期当主であるというのが習わしだ。
姫様が俺と結婚したいからといって平民である俺を何の理由もなしに貴族、それも当主か次期当主にするというのは周りの理解を得ることは難しいだろう。
「では駆け落ちですか? 俺はそういったのは……」
「もうっ、さっきから何をおっしゃっているの! お父様の許可は出ておりますわ」
そういって姫様が取り出したのは一枚の紙。
立派な羊皮紙には『婚姻許可状』と書いてある。
「そんなバカな……」
なにがどうめぐりめぐって王女が平民に嫁ぐことが許されたのか。
俺が確認のために目を通すと確かに『第二王女ユーフィリア・ラ・レグナムとサルート大公家嫡男ブラン・ディ・サルートとの婚姻を許可する』と書いてある。
んっ?
サルート大公家ってなんだ?
「ひょっひょっひょっ、それはわたしが説明しようかの~」
俺が首をひねっていると師匠が俺と姫様との会話に入ってきた。
「はあ、それでその、どうやら私はサルート大公家とやらの嫡男らしいのですが、これはいったい……」
「ああ、それはわたしがサルート大公家当主、アルメリヒ・ディ・サルートだからじゃよ」
「はっ? しっ、師匠は平民では?」
「ああ、ついこの間まではな」
「?????」
ああっ、もう何がなんだか訳がわからない!
「では俺は貴族の家の嫡男?」
「そうじゃの」
「嫁が姫様?」
「そうじゃの」
「お断りすることは……」
俺が師匠の顔をチラッと見ると首を横に振られた。
ですよねー。
貴族の結婚は当主が決める。逆らうことができないことは俺でも知っている。
学院時代、俺はそんな連中を数多く見てきた。
「うふふ。王家と大公家、身分の釣り合いはばっちりですわよ」
「はは……、そうですね」
姫様が俺の腕をがっしりと掴んだ。
二の腕に柔らかくて大きなものが当たっているがそんなことを気にするだけの余裕はない。
「まあ、正式な結婚はいずれ行うとして、嫁を迎えることになり一人前になったお前にさっそくじゃが当主の座を譲ろう」
「はっ?」
「何を呆けておる。わたしのような老いぼれが大公家の当主などという激務が務まるわけがなかろう。ああ、腰が痛いわい。老人虐待じゃぞ」
「えっ?」
さっきどころか今までピンピンしていませんでしたか?
「というわけでわたしは隠居の身じゃ。あとはまかせたぞ」
「えっ?」
「あなた、いっしょに頑張りましょうね」
「え~~~~~!」
こうして俺の辺境の村でのスローライフは終わりを迎えることになった。




