21 内憂外患
「この方向は湖、ダンジョンのある方角ね」
馬車では何度も行き来した道ということもあってそのくらいの地理は俺でもわかる。
代官の乗る馬と少しづつ距離は近づいていくが一気に距離は縮まらない。
そうこうしているうちにダンジョンの傍にある湖についた。
ここに詰めている兵士を頼って逃げてきたんだろうか……。
そう思って馬を降りたとき、俺は今までにない景色を目にした。
「あれは……船か」
湖の桟橋に船が横付けされている。
そこそこ大きな船だ。
船だけではない。
船の船首デッキに見慣れない人物が立っていた。
一見すると商人風の装いながらその生地や仕立ては貴族の着る上等なものだ。
「おお、ルキウス殿、頼む、助けてくれ!」
「これはこれは代官殿、いったい何があったのですかな?」
代官からルキウスと呼ばれた男はそう言って代官に鋭い視線を送った。
「調達は失敗した。あいつは王家の犬、巡察使だ!」
「ほう、こんな辺境にも巡察使が来るとは予想外でしたな」
ルキウスと呼ばれた男がそう言ってこちらに視線を向ける。
しかし、一度俺に向けられた視線はすぐに俺の傍にいた人物へと移動した。
「これはこれは、そちらにいらっしゃるのはマリーゴールド第一皇女殿下ではありませんか。どこをほっつき歩いているかと思えばこんなところで冒険者ごっこですかな」
「ルキウス、どうしてあなたがここに……」
「マーガレット、知り合いか?」
俺の言葉にマーガレット、いや本名はあの男が言うように違うのだろうが敢えて俺はこれまで通りに彼女の名前を呼んだ。
「ええ、彼は帝国の第一皇子の側近よ。彼がいるということは今回の騒動は後ろで第一皇子が糸を引いているということでしょうね」
マーガレットは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。
「くくっ、予定とは違いますが今からすることに違いはありません。どちらにしてもこの辺り一帯は直ぐに我々帝国の領土になるわけですからね」
「なっ、なんだとっ!?」
その驚きの声を上げたのは俺ではない。
ルキウスとかいう男に助けを求めた代官自身のものだった。
「ルキウス殿、いったいどういうことだ! 取引として我が領の作物を秘密裏に輸出するというだけの話だったのではないか!」
「ははは、まだ気付いていないとは……。この取引は我らの船を疑われないようにするための隠れ蓑だとまだ気が付かないのか」
「なっ、なに!?」
「お前の目には沖に並ぶ船影が見えないのか?」
ルキウスと呼ばれた男が自信たっぷりに湖の沖を指し示す。
「あれは……」
「そう、我が帝国の軍船ですよ。その数は100隻」
「100!」
まさに大軍と言える数だ。
1隻に30名の兵士がいたとすればそれだけで3000人の軍勢ということになる。
そんな数の兵士がこんな辺境に上陸してしまえばとてもではないが防ぐことはできない。
「本来の予定では密貿易を装いこの領土の作物をいただいてから侵攻を開始する予定でしたが……、まあいいでしょう。どちらにしても戦争では現地調達は欠かせませんからね」
ルキウスと呼ばれた男はそう言って獰猛な笑みを浮かべる。
くそっ!
恐らくはこの間抜けな代官が美味い汁を餌にされて国境の防備を怠ったのだろう。
このままあの大船団の上陸を許してしまえば村は大変なことになってしまう。
100や200の兵士くらいならかろうじて何とかできるかもしれないがこの数では到底無理な話だ。
俺がそう諦めかけていたとき、突然、頭に何者かの声が響いた。
『我が恩人よ、どうやら困っている様子だな』
誰かと問うまでもない。
この声は湖の底に暮らす海竜リヴァイアサンのものだと直ぐに気付くことができた。
俺がダンジョンの隠し部屋で以前助けた神獣といわれる存在だ。
俺が助けた後、たしか湖に帰っていったはずだが……。
俺は一縷の望みを託して話をしてみることにした。




