16 怪しい雲行き
秋も深まったある晴れた日。
俺は村の入り口にある物見櫓で周囲の監視をしていた。
一応俺も自警団の一員なのでローテーションで当番が回ってくるのだ。
とはいえ、この村に来てまだ1年目ということもあって担当する日数は他の団員に比べれば少ない割り当てになっている
天気もよく雲一つない秋空で視界は良好。
荒野の向こうにある森や山々まではっきりと見える。
「ふぁ~あ、眠いな……」
ぽかぽかと温かい秋の日差しを浴びて思わず欠伸が出てしまう。
ついこの間までギラギラとしていた同じ太陽とは思えない。
そんなことを考えながら俺は物見櫓の下で作業をしている村人たちを眺めた。
この前の収穫祭の後も収穫は続き、今日は街のお役人が今年の税を取り立てにくるということでそのための準備をしているようだ。
納税は基本的に貨幣で行うものなのだが、この村のように農業が基本産業の場合、年に一度や二度といった日持ちのする穀物の一斉収穫の場合は例外的に物納とされている。
これは農村から一斉に穀物が売りに出されてしまうと市場価格が大暴落してしまい、社会が混乱してしまうことになるのを防ぐという意味合いもあるらしい。
そんなわけで今日行われるのは収穫したばかりの穀物を物納するということになる。
「おっ、あれがそうかな?」
アムレーの街がある方角を眺めるとはるか彼方から集団が近づいてくるのがわかる。
納める農作物を運ぶのであろう荷台をひいた馬車の長い車列だ。
その車列の周りには大勢の武装した兵士たちの姿が見える。
この辺りは強い魔物が出るので引き取った農作物を安全に街まで運ぶためだろうか?
それにしても兵士の数が多いように思う。
その数は少なくとも百人はいるだろう。
まるでどこかと戦争をするのではないかと思ってしまうほどだった。
その車列が村の入り口に到着する。
すると車列の中ほどに編成されていた一つだけ荷台ではなく客車となっていた馬車から一人の男が下りてきた。
その顔には見覚えがある。
脂ぎったテカテカの顔は最初に会ったときよりもよりひどくなっているように見える。
相変わらずおなかの出ているでっぷりとした体型の中年の男、このユミル村やアムレーの街一帯を治める代官だ。
しかし、ただ税を受け取りにくるだけでわざわざあの代官がこんなところにまでやってくるだろうか?
その違和感にそこはかとない不安を感じる。
俺は物見櫓からその成り行きを眺めることにした。
最初はつつがなく進んでいた。
村の入り口に積まれている穀物を兵士たちが次々と馬車の荷台に積んでいく。
いつものことなのだろう、特にトラブルもなくその作業は進んでいった。
「ふむ、今年は昨年よりも多いな。豊作だったのだろう、結構なことだ」
兵士たちの作業の様子を見ていた代官が立ち会っていた村長に満足そうに声を掛けた。
「ええ、今年は天候にも恵まれまして」
差しさわりのない受け答えをする村長。
この前のダンジョンでのこともあり、村長もこの代官は信用していないのだろう。
早く帰って欲しいという気持ちが透けて見えた。
「そうか、では今年はいつもの倍、いや3倍の税を納めてもらうとしようか」
「えっ、待って下さい! どうして急にそんな話に……、それにそんなに持っていかれてはわたしたちは冬を越すこともできません!」
「冬までにはまだ時間がある。それまでに何とかすればいい」
「そっ、そんな!」
明らかにおかしな流れに俺は思わず物見櫓から下に降りた。
目の前には狼狽する村長にニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる代官。
「そんなことが認められるわけがないでしょう。何を根拠にそんな要求をしているのですか?」
思わず二人の間にそう言って割って入った。
「なんだ貴様はっ!」
「貴様とはご挨拶ですね、この前お会いしたでしょうに」
「下賤な者の顔などいちいち覚えてなどおれんわ! とにかく代官であるわたしが決めたことだ! 根拠はそれだ!」
「話になりませんね。王国法で徴税については税率は決まっていますし、臨時の代官決裁で徴収できる量も上限が決まっていますよ。それ以前に臨時の代官決済ができるその事情というのをお聞かせいただけますか?」
王国法ではこの国の徴税について規則が定められている。
当たり前の話だが代官はその規則に従って徴税することになっている。
急を要する非常事態で王家に判断を仰ぐことができない場合には代官の判断で代官決裁と呼ばれる追加徴税をすることができるとなっているが、それでも税を2倍とか3倍とるということはあり得ない。
「うっ、うるさいっ! ここではわたしの決めたことが絶対なのだっ! ものども、この無礼者をひっ捕らえろ!」
代官が後ろで控えている兵士たちにそう号令をかけると兵士たちの後ろに引っ込んでいってしまった。
これはマズイことになったな。
まさかこの代官がここまでバカなやつだとは思ってもいなかった。
俺を捕らえるために兵たちが4、5人俺のところへと向かってくる。
どうする、どうしたらいい!?
「みんな、俺たちの仲間の危機だ! 助けるぞ!」
「ブランだけの問題じゃねぇ、黙って聞いてれば3倍の税だと! ふざけるのも大概にしやがれ!」
「どのみちそんな税をとられちゃ生活できん、やるかやられるかだ!」
俺たちの代官とのやり取りを近くで黙って見ていた村人たちが一斉に声を上げる。
そして一人は物見櫓に上がると鐘をたたき始めた。
「なっ、なんだっ!」
兵士たちが村人の行動にとまどう。
「ええいっ! 抵抗すると全員死罪だぞ! おとなしく言うことをきけっ!」
兵士のまとめ役なのだろう部隊長と思われる他の兵士たちよりも装いが若干立派な男がそう声を張り上げた。
「うるせぇっ! うちの村には仲間を売って自分たちだけ助かるのを良しとする卑怯者なんて一人もいやしねぇ!」
「そうだっ! この盗賊野郎どもめっ!」
兵士たちは武器をチラつかせれば村人たちはおとなしく抵抗しないだろうという緩みがあったのだろう。
その隙が俺たちにとっては好都合だった。
非常招集の鐘の音を聞きつけた自警団の面々が村中から集まってくる。
「盗賊はどこだ! 血祭にあげてやる!」
「盗賊たちは兵士に扮しているぞ! あいつらだ!」
代官とのやり取りを知らない村人たちは自前の装備を整え次々と村の入り口に集まってくる。
「くっ、仕方ない。抵抗するなら痛めつけてやるだけだ、ものども逆賊を成敗せよ!」
「「「おおー」」」
兵士たちもそうやって気勢をあげる。
こうしてのちに『ユミル動乱』と呼ばれる騒動が始まった。




