12 接収
「ブランくん、大変なことになった!」
暑い夏もそろそろ終わり、朝夕には秋の風が吹き始めたある日、村長さんが血相を変えてうちの工房に駆け込んできた。
少し前にも同じようなことがあったので思わず苦笑いをしてしまう。
「今度はいったいなにがあったんですか?」
「それが先ほど代官様から連絡がきたんだ。2週間以内にダンジョンとその周りの施設を接収するから準備をしておけと言ってきた!」
「なんですって!?」
今やあのダンジョンはこの村の収入源の一つになっている。
アムレーの街で俺の工房のポーションの流通がストップしてからは街を拠点に活動していた冒険者たちがダンジョンで活動をするようになった。
その理由を冒険者たちに聞いたわけではないがポーションのことが一つの鍵になっているのだろうと思う。
というのもアムレーの街では粗悪品のポーションしか買えないのでそんなポーションをお供に危険な冒険者活動はできないのだと思う。
「しかし、ダンジョンは正式にこの村の管理になっているはずです。代官からも書面をもらっていますし……」
「そうは言ってもあの人のことだ。それもなかったことにしようとしているのだろう……」
どうやら代官はこの村の収益がこれまでに比べて上がっていることに気付いてその原因を探ったらしい。
そしてダンジョンがその収益源だと考えたのだろう。
今や多くの冒険者たちがダンジョンに潜り、その入場料収入はそれなりの金額になっている。
ただ、この村はそれでそこまで大儲けをしているということはないはずだ。
入場料収入でダンジョンからの情報を冒険者たちから買ったり、ダンジョンの周りに新しい建物を整備したりしているので収支的にはこれからのはずだ。
この村で以前との違いで考えられることは今年に入ってうちの工房ができたのでその分税収があがっているはずなのでそれを勘違いしたのかもしれない。
しかし、そんなことを言っても何にもならないだろう。
「あの代官に何を言っても無駄でしょう。ただ、せっかくのミスリル鉱石を奪われてしまうのは腹が立ちますね」
「それならあの部屋に細工をしておくか。ダンジョンの壁に板を張り付けて採掘の跡を隠してあの部屋はただの休憩室として使っていたようにように見せよう」
村長さんはそう言うと準備のため足早に工房から出ていった。
それにしてもあの代官はどうにもならない奴だな。
あまり使いたくない手段だが姫様とのコネを使ってぎゃふんと言わせてやりたいと思わなくもない。
しかし、件の姫様はどうやら王都にはいないようだし、今どこにいるのかもわからないので連絡のしようもない。
ここは目を付けられることがないようやり過ごすのが賢明だろうか。
そんな話があってから2週間。
今度は工房にマーガレットが飛び込んできた。
「ちょっと、ブラン、聞いてよ!」
血相を変えたマーガレットは興奮冷めやらぬ様子で鼻息が荒い。
「いったいどうした、そんなに興奮して。ああ、水でも飲むか?」
「そうね、いただくわ」
俺は水の入ったコップを用意してマーガレットに渡した。
勢いよく水を一気飲みしたマーガレットは飲み干したコップをカウンターに置くと「ぷは~」と一息吐き出した。
「ふ~、落ち着いたわ、ありがとうブラン」
「いや、構わないさ。それよりもどうしたんだ? そんなに興奮して」
マーガレットの話ではダンジョンの入場料が突然これまでの10倍に引き上げられたという話だった。
今やダンジョンの入り口では代官の部下の兵士たちが詰めている。
多くの冒険者たちが抗議をしたが代官の指示だからという理由の一点張りだという。
「いきなり10倍か、それはひどいな」
「それだけじゃないわ。あそこで売っているポーションも粗悪品の何とか工房のものしか置いていないし、ダンジョンに入るときもその工房のポーションしか持ち込めないようになっているの」
「なんだって!」
ダンジョンができた初期の頃ならまだ初回報酬目当てに高い入場料を払ってもという冒険者もいたかもしれないが今ではもうそんな冒険者はまずいないだろう。
「せっかくもうすぐ10階層というところまで行ってたのに、これじゃあもうあのダンジョンには潜れないわ」
「それだけ深い階層だと出てくる魔物もそれなりに強いだろう。そんな場所を粗悪品のポーション限定で攻略するのは危険だからな」
それにしても代官の部下の兵士たちはそんな粗悪品のポーション頼りでダンジョンの管理なんかできるのだろうか。
他人事ながら少し心配になってくる。
その矛先が再びこっちに来ないといいのだが……。




