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5 契約

「今、妻は留守にしていてね。直ぐにお茶も出せなくて大変申し訳ない。それにしても、誠実そうな若者でよかった。これまでも錬金術師の募集をしていたんだけどなかなか来てくれる方がいなくてね」


 村長のカールさんは俺にそう言って破顔した。


 そう、この国では錬金術師はいわゆるエリートだ。


 そのため、基本、就職先に困るということはない。


 それに加えて、特に若者は、刺激があり活気の溢れる都会に行きたがる。


 王都出身者はそのまま王都に留まるし、地方出身者は自分の地元近くの大きな街か、それよりも大きな他の街や王都に行って働くというのが一般的だ。


 そのため地方の、しかも村レベルの辺境に錬金術師が来ることは珍しい。


 ときどき第一線を退いた高齢の錬金術師が移住することがあると聞くくらいだ。


「それにしてもどうしてこの村は錬金術師を募集していたのですか?」


 錬金術師が作る物で最も需要のある物がポーションだ。


 このポーション、王都や大きな街で作られるが基本的には有効期限というものがある。


 ポーションが流通に乗って辺境の村々に来るころには残りの有効期限がわずかであったり、下手をすれば期限切れだったということもあるらしい。


 しかも、運ぶ途中で瓶が破損することもあるようだ。


 その一方で辺境には騎士団や冒険者があまり足を運ばず魔物や魔獣が討伐されにくい。


 そのため辺境での魔物や魔獣による被害は都市部に比べればどうしても多くなる。


 魔物や魔獣の被害で怪我をした場合に重宝するのがやはりポーションで需要と供給のミスマッチが起きているという。


 勿論、有効期限が長かったり無期限のポーションもないことはないが、そういったものはそれだけ値段も割高であるため、おいそれと手が出せないらしい。


 利に聡い商人が辺境でポーションを高く売り歩くということもあるそうなのだが、いつ使うかわからない有効期限のあるものを多く備蓄するということはしづらいということもある。


 それならばということで、村全体で多少のコストを払ってでも錬金術師を勧誘してポーションの現地生産ができないかということがそもそもの求人の発端ということだ。


「そういう経緯であればこの村以外からも求人はありそうなものですけどね」


「いや、恐らく他の村もできれば来て欲しいのだと思うよ。しかし、条件が厳しい上にやっても無駄だと思うんだろうね」


 俺がユミル村の募集を知ったのは学院の就職情報に掲載されていたのを見たことがきっかけだ。


 学院には学科ごとに求人情報が寄せられていて学院生は自由に求人情報を見ることができる。


 そんな中で、いつまでも応募がなくてずっと残っていたのだろう。


 すすけた色の紙が目について興味本位で手に取ったところ、それがユミル村からの求人票だった。


 恐らく、これまでの錬金科の卒業生たちは、この求人には見向きもしなかったのだろう。


 他の村からの求人票も以前はあったのかもしれないがいつまで経っても応募がないことから段々取り下げられていったのかもしれない。

 

「しかし本当にあの条件でやってくれるのかい?」


「ええ、求人票にあった内容で問題ありません」


 あまりにも古そうな求人票だったため、今でもその条件で募集をしているのかを確認すると、まだ募集中とのことだったので求人に応募したら即招聘が決まった。



 それにしても他の村々が錬金術師の求人を諦めた理由はやはり待遇面コストがネックなのだと思う。


 エリートと言われる錬金術師を呼ぶにはかなりのコストがかかる。


 錬金術師たちの認識では、田舎で錬金工房を開くとなってもお客がそれほどつくとは思っていないし、高額なアイテムが右から左に売れるとも思っていない。


 要は『儲からない』という認識なのだ。


 だから田舎の村々が錬金術師を招聘するとなった場合は、その村で雇うという直接雇用型か、その村で錬金工房を営むにあたって最低限度の収入を保障するという収入保障型かの契約を取り交わし、一定の収入が約束されることが求められる。


 しかし、エリートとして扱われる錬金術師が求める収入の水準はどうしても高額となってしまう。


 結局、錬金術師を呼ぶ利益とそのコストを考えるとどっちもどっちという結論に至ったところも少なくないだろう。


 街で作られるポーションを定期的に仕入れた方が結果的には安上がりと判断しても不思議ではない。


 俺は元孤児の平民だからそれなりの収入が得られればそれでいいと思っているので、この村からの提示条件でも特に不満はなかった。



「では、改めて条件の確認をしよう。

 うちの村からはきみの自宅兼工房となる建物を無償で貸与する。

 内装・設備の工事はきみの希望を聞いてこれから始めるけど標準的な内装・設備に関してはこちらで費用を負担する。

 自宅に入居できるまではこの村の宿屋で生活してもらうがその宿泊費もこちらが負担する。

 あと開業日までの生活費として10万ゼニーを援助する。

 そのうえで、開業後のきみの収入を1年間は保障する。具体的には、売上から実際に掛かった経費を引いた金額が1年間で240万ゼニー未満となる場合には240万ゼニーとの差額を補填する。

 反対にきみの義務は、1年間、ポーションなどを定期的に決められた数この村に納品することだ。素材については必要があれば可能な限り村側で用意し、相場の価格で提供する。

 契約期間の延長は改めて協議する。

 きみが義務を果たせない場合は違約金として初期投資の概算費用分として50万ゼニーを支払ってもらう。この内容で間違いないかな?」


「ええ、間違いありません」


「では、契約書を取り交わすよ」


 村長さんはそう言って棚に置かれていた書類ケースから書面を一枚取り出し、ローテーブルに置いた。

 

 俺は書面をざっと一読し、今確認した内容と相違がないことを確認した。


 ちなみに工房は一人で切り盛りするという前提なのでこの経費には人件費は含まれない。


 その他脱法的なことはできないよう細かい規定も定められているがここでは割愛する。


 文面を確認して特に俺にとって不当に不利益となる文言が入っていないことをきちんと確認した。


「では」


 俺とユミル村の村長であるカールさんがそれぞれ署名し、俺は正式にユミル村に拠点を置く錬金術師となった。

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