19 正体
「「「かんぱ~い」」」
エールの入ったジョッキをぶつけ合うと一際ガチャンという大きな音が鳴った。
昼間に工房に来たマーガレットたちから久しぶりに会ったことだし夕食を一緒に食べないかと誘われた。夕方になって店を閉めるとレナちゃんちの食堂へとやって来てこうして杯を重ねているというわけだ。
「そういえばこうして一緒に飲むのは初めてじゃないか?」
「そうね、この前はちょっとそういう気分でもなかったし……」
「最初からこの村の皆さんには醜態を晒してしまいましたしね。そんなわたしたちが呑気にお酒を飲むというのも憚られたと言いますか……」
そう、この二人がこの村に来たのは『茨の王』に大怪我を負わされて助けを求めてきたというのが最初だった。
リセルさんが血まみれで倒れていたときはどうなることかと思ったが今はこうして何事もなかったかのように元気になって本当に良かった。
「なっ、なんでしょうか?」
リセルさんの顔をじっと見ているとリセルさんが慌てた様子であたふたとし始めた。
「なに? ブランったらリセルのことじっと見つめちゃって。リセルのこと気になる? 惚れた?」
「なっ、お嬢様、急に何を!」
う~ん、別にそういうつもりではなかったんだけどリセルさんか~。
そう言えば二人が村から出て行くときにもそんな話があったような気がするけどリセルさんはやっぱり美人なのは間違いない。
これで凄腕の冒険者というのだから天はこの人に一物も二物も与えているということなのだろう。
あたふたとしているリセルさんを見ながら俺も手に持っていたジョッキに口をつける。
うん、やっぱり真夏の仕事終わりの一杯は格別だな。
意識せず俺の頬が緩む。
「ほらほら、ブランだってまんざらでもなさそうだし」
マーガレットはそう言うとニヤニヤしながら手に持ったジョッキを一気に飲み干すと給仕をしていたレナちゃんにエールのお代わりを注文した。
「おっ、お嬢様っ、そっ、そうだ。ブランさんは聞いたところではあの『茨の王』を倒されたとか! 是非、そのときのお話を!」
「あっ、そうそう、それよそれ! ブランっ、その話ってホントなの?」
二人は街からこの村に来るときの馬車で御者の村長さんから『茨の王』が討伐されたこと、そしてそれをしたのが俺たちであることを聞いたそうだ。
「えーっと、まあ、一応ホントかな?」
マーガレットからは「何でどうしてどうやって?」と矢継ぎ早に聞かれたが、森狩りで傷が癒えておらず弱っていたところをたまたま見つけた俺たちが複数人で戦って何とか倒したということで一応納得してもらった。
「それならもう村の周りは安全ですね」
「その代わりにダンジョンができちゃったけどね」
ホッとした表情のリセルさんに上機嫌で2杯目のエールに口を付けるマーガレット。
リセルさんは茨の王と遭遇して死にかけたわけなので安心するのはわかる。
それにしてもマーガレットはかなり早いペースでお酒を飲んでいるけど大丈夫だろうか……。
「ぐ~、すやすやぁ~」
1時間後。
やはりというかお約束というかマーガレットはハイペースで飲んでいると直ぐに目がトロンとしてしまい、うつらうつらとし始めたかと思えばとうとうテーブルに突っ伏して寝てしまった。
そんなマーガレットを後目に俺はリセルさんとサシで話をする。
「マーガレットはいつもこうなんですか?」
「いえ、そんなことはありませんよ。ふふっ、お嬢様もこの村に来て気が緩んでしまったんでしょう」
「口調も以前とは随分違いますからね」
「ええ、この前は随分と猫を被っていましたから。こちらが本当のお嬢様ですよ」
いいところのお嬢様としてはどうなのだろうかと思わなくもないがリセルさんがそれを咎める様子はない。
他の街では若い女性の二人旅だと気を緩めることもできないらしく、外で飲むときにも十分周囲を警戒するという。
しかし、良くも悪くもこの村は長閑でこの前の滞在を経てそんな警戒は必要ないという結論に至ったのだとか。
「ぐ~、すやすやぁ~~~」
寝息を立てるマーガレットをを見るリセルさんの眼差しは穏やかだ。
リセルさんの口ぶりからこの二人の関係はいいところのお嬢さんであるマーガレットに従者のリセルさんがつき従っているという関係なのだろう。
しかし、この二人にはそれだけに留まらない、単なる主従を超えたつながりがあるように見える。
「マーガレットはいいところのお嬢様なんですよね?」
「ええ、この国のではありませんが。具体的なことは言えませんがそこそこ名の知れた家の御令嬢なんですよ」
リセルさんが誇らしげな表情で胸を張ってそう言った。
マーガレットのことをお嬢様呼びしている以上、ここまでは想定の範囲内の回答だ。
「なるほど。それにしてもマーガレットはなんだかんだ言って所作は洗練されていますよね。それでどこかの国のお姫様かと思いましたよ」
そう。
俺が気になったのは冒険者という身分やここに来ての荒い口調とは不釣り合いなその所作である。
俺が知っている中で誰に一番近いかといえば学院で短くない時間を一緒に過ごした姫様のものに一番近いように思えた。
「そっ、そうですか? まあ、お嬢様の生家も躾けには厳しい家でしたから。しかし、だからといってお姫様という発想は飛躍し過ぎではないでしょうか?」
そう言うリセルさんだがその目は泳いでいる。
あれっ?
ということはもしかすると本当にもしかするのか?
俺はいつかリセルさんがうわ言のように口にした『姫様』という言葉がずっと気になっていた。
「う~ん、ひょっとしてお隣の帝国の王女様かも、と思ったのですがやっぱり違いましたか」
そんな可能性もあるのではと思いながら『そんなことあるわけないですよね~?』という空気でリセルさんにカマを掛けてみた。
チラッとリセルさんの顔を見るとリセルさんはおろおろしていて明らかに動揺している。
「なっ、なななななななにを言ってるんですかブランさんっ! そっ、そそそそそそそんなわけっ、そんなわけないじゃないですかっ、はっ、ははっ、あはははははっ!」
「そっ、そうですよね~。あはっ、あははははは……」
変な空気の中で笑い合う俺とリセルさん。
リセルさんは動揺を通り越して挙動が明らかに不審過ぎる。
このあまりにもあんまりなリセルさんの狼狽えぶりを見て俺は確信することになった。
(ヤバイ……、めっちゃビンゴだった……)
こうして図らずも俺はマーガレットの正体を知ることになってしまった。




